1 魔法使いの責任
『魔法使いの才能は血ではなく運だ。その中で精霊に選ばれ、この私に拾われた幸運をお前は一生誇りに思え』
それが、お師匠様の口癖だった。
ドガン、と。
冗談みたいな爆発音の直後、竈門を大爆発させた私は壁に後頭部をぶつけ倒れた。
頬や身体のあちこちに破片があたって激痛だった。防御魔法を使ったものの、竈門ごと防御魔法に囲ってしまい無意味だった。
ドタドタと足音を聞きながら、自分よりも竈の修繕魔法を優先すべきだったと後悔した時にはもう遅い。扉が勢い良く開かれ、パン屋の店主が飛び込んできた。
「?!なんだこの惨状!!」
生きてるか?!と、店主の声と直後には悲鳴に近い叫び声を聞く。
やってしまった、見られてしまったと、台無しになったパンの残骸を見なくても焦げ臭い匂いでわかった。これ以上怒られる前に修繕魔法をと、頭では思うのにそれよりも夥しい記憶の波に襲われて意識がまとまらない。昔お師匠様のもとでヤバい魔導書を開いてしまった時に似ている。自分の知らない知識が頭になだれ込んでくる感覚に酔う。ああ多分これ、前世の記憶というやつだ。
とても普通の名前で、魔法も精霊もいない地味だけど便利な世界で、死んだのは今と同じ十八歳で、広告をきっかけに乙女ゲームにハマっていたところだった。……なんてことだろう。
バッドエンドから一年経って、自分が乙女ゲーム主人公だったと思い出すなんて。
「おい!スロース!!お前パンの見張りだけでなんでこうなる?!!」
「すみません……竈は直しますからクビにしないでください……」
私を起こしながら、血管を浮き立たせて怒る店主の顔で我に返る。
床から上体だけ起こしたまま修繕魔法をかければ大破したキッチンは元通りになったけれど、黒焦げのパンは飛び散ったままだった。営業時間まですぐなのにこの残骸はやっぱりクビだろうと頭の隅では諦める。もう仕方ない、火がちょっと弱いと魔法で火力を上げようとしたのが大間違いだった。
乙女ゲーム「精霊継承伝説」
精霊と魔法が存在する世界で、王子様と恋をする物語ゲームだ。
この世界の王族は十五歳の誕生日に儀式で精霊を授かり、特別な魔法を使うことができるようになる。そしてこの国には五人の王子がいた。
魔法使いの血を正妃に迎えるという意向のもと、国王は国一番の魔法使いを次期王妃として城に呼び、王位を継承する者は彼女と結婚するのだと宣言した。
その、国一番の魔法使い……と輿入れ直前に身代わりになったのが主人公であり、この私だ。……うん、こんなふざけた人間は世界中探しても私しかいない。
『貴方も魔法使い?ちょうど良いわ!私と代わってお城に輿入りしてちょうだい!』
そう、行き倒れていたところを助けてくれた魔法使いスピカさんに言われて、選択肢なんてあってないようなもんだった。あまりにも強引過ぎる展開だと当時も思ったけれど、乙女ゲームの設定ならまぁまぁ納得できる。
国王の命令で輿入れすることになったけれど、自分はまだ自由も恋愛も楽しみたい。どうせ魔法使いの良し悪しなんて一般人にはわからないんだから貴方でもなんとかなるわ一生贅沢三昧よガンバッテ、と。新しい服まで魔法で与えてもらい、あっという間に国一番の魔法使いスピカとして馬車に乗せられてしまった。
この世界に魔法は存在するけれど、使えるのは王族を除きほんの一握りの才能がある魔法使いだけだ。本来、魔法を使うには努力では得られない才能と、そして才能だけでは賄えない厳しい修行が必要で、かくいう私もお師匠様に拾われてから山奥で何年も大変な修行を受けた。
身代わりにされた私は流されるままに国一番の魔法使いとして振る舞いつつ、王子達と公務や日々の生活を共にして関わり合い、そして少しずつ彼らと親密になりつつ自分の失っていた自信を取り戻していく……筈だったんだけど。
王子四名同時バッドエンド。
「最、悪……!!!」
うああああぁ……と、頭を抱え私は芝生に倒れ込む。パン屋をクビになり、もう何もない丘へと一人逃げ込んだところだった。
バッドエンド、バッドエンドだ。最悪最悪最悪過ぎる!!!!だれ一人とも私はハッピーエンドどころか恋愛関係になることもなくハーレムエンドならぬ同時バッドエンドを決めてしまった!!乙女ゲームに四人同時バッドエンドなんかある!?そこまでやりこんでないからわからない!!
まさか、この世界が乙女ゲームの世界だったなんて!
偽物魔法使いだった私には王子達と恋愛なんかより、本物との溝を埋める為の魔法修行となるわけで!!そんな王子様に国とか政治とか人生相談されたって、親身にどころか「ソウデスネ」「イイトオモイマス」くらいしか言えない!!乙女ゲームの選択肢みたいに気の利いたセリフや提案が頭に浮かぶことはあろうとも、言葉や行動にできるような度胸も自信もなかった。
その結果がバッドエンド。ハッピーエンドなら自分が選んだ王子と結婚して、二人で国王と王妃で幸せになりました。ノーマルエンドだって王子は国王になれないけど、他の王子が国王になって二人は幸せに暮らしましただ。なのによりにもよって
四人全員闇堕ちして王子としての立場も失うなんて!!!!
闇落ち。正確には〝精霊堕ち〟と呼ばれてる。
全部、私が悪い。もともと私のせいだとは思っていたけど、只今をもって完全に私の所為だと確定した。
私が王子達の誰ともその場凌ぎの関係ばっか続けて魔法の練習にかまけていたせいで、結果として四人の王子が全員闇堕ちした。王子達は闇堕ち後に王族としての権利も剥奪され失踪し、私も偽物でしたと自白したのが一年前の出来事だ。
王子が庇ってくれたお陰もあって、私は城から追い出されるだけで済んだから良いけれど、王子達にもっと力になってあげられたらと何度も思った。けれどもう私にできるのはこれ以上王子達に関わらないことだと結論づけた。
だからこうして一年経った今も王子達に会うことはなく、城下で細々と魔法使いとしてではなく一般人として生活していたんだけど……まさか主人公だった私が不甲斐ないせいで……!!!
ハッピーエンドだったらどのルートも幸せいっぱいだったことを知った今だと余計に罪悪感が辛い。しかも私も私でお師匠様の正体を今知った。
本来ならハッピーエンドルートで知る筈だったお師匠様の秘密と自分の魔法をまさかのゲーム設定で!!!
こうしてはいられない。
「行かないと……」
両足に力を込め、立ち上がる。
自分で唱えながら、ちょっと目眩がした。まだ前世の知らなかった世界の記憶だけでも頭がガンガンするけど、今度こそ動くしかない。爆破の衝撃か、前世の自分を思い出したからか、この世界の主人公だと知ったからか、それともゲームの自分の設定を知ったからか。今は竈でパンの焼き加減を見ていた時のように下を向いてばっかではいられない。
どんな理屈でも理由でも、私のせいで王子達が精霊堕ちになってしまった。本当なら立派な国王になっていた王子が今は精霊に侵され、王子の立場を奪われ、バッドエンドの延長線上で生きている。
この記憶通り私が主人公なら、彼らの運命を動かす力が本当にあるのなら、今度こそちゃんと諸悪の根源である私が責任をとらないといけない。
私が何もしなかったせいで不幸にされた人の責任を、私自身が。
攻略対象者を救える魔法が自分にあったと知れた今。
覚悟を胸に、私は急ぎ国王の元へと走った。
明日朝の9時30分、更新致します。よろしくお願い致します。




