15 魔法使いの面接
「で、だ。セシル。この私に改めて言うことは??」
「すまっ………大変ご迷惑をかけ、申し訳ありませんでした……」
椅子に深く掛けるハリー公爵からカッと靴の踵を鳴らす音が鳴り響いた直後のやり取りだった。
ハリー公爵の隣では、ひと目でセシル王子だとわかる綺麗な男性が起立の体勢から深々と頭を下げていた。
セシル王子が無事精霊堕ちに戻ることなく落ち着いたと使用人から伝言と呼び出しを受けた私とエリアスは、案内されるままハリー公爵の応接室に訪れた。従者の人が許可を貰っていたのだろう、ノックを鳴らした後に返事も待たず扉を開ければちょうどセシル王子へのお説教現場を目撃してしまった。
静かに扉を開けて入室する私達にハリー公爵は一瞥だけくれると、また見なかったかのようにセシル王子へ目を向ける。セシル王子の横顔は、ハリー公爵へ真っ直ぐへと集中していてまだこちらに気付いていない様子だった。
「ハリー公爵、我が弟に何をやらせている??」
「客人は黙って頂こう」
ズン、とそこでエリアスが前に出た。また口角を上げただけの笑顔で目が見事に笑っていない。そして今はわかる、これは間違いなく怒っている。
私の前世で言えば土下座に近いくらいの低頭をさせられている弟を見て良い気分になる兄はいないだろう。そんなエリアスに、もう遠慮なんてしないぞと言わんばかりにふんぞり返るハリー公爵は凄い。
エリアスの声かけにそこでセシル王子も気付いたようにハッと顔を上げてこちらに振り返った。「兄上」と声が溢れたけれど、目を見張ったセシル王子にまたハリー公爵がガン!!と靴の踵を床に叩きつけ打ち鳴らす。途端にまたセシル王子の背筋がハリー公爵へと伸びた。
「お、ま、え、は。昔からなんでもかんでも背負い過ぎだと私は何度も言ったな?それを頼れ頼れとこの私が何回何百回言っても聞かずその末路がこの体たらくだ」
「あ、ああ……本当に、本当に申し訳ない……。だがハリー……兄上の前でだけは、説教をやめてくれないか……?」
「私が!!!何度声を荒げても響かなかったお前が悪いッ!!!ちょっとは痛い目に遭え!!!」
むしろ痛い目ならこの一年間で充分ではないでしょうか。
そう胸の中で唱えつつ、飲み込んだ。完全に小さくなっているセシル王子もそこでまた首が垂れた。そしてようやくこの状況を理解する。私達の存在も含めてハリー公爵からのお仕置きということだ。
スピカとしては、ハリー公爵はちょっと怖い厳しくて威圧的に見えてしまう人だったけれど、ゲームでセシルルートに進むと結構セシル王子の情報とか教えてくれたり仲を取り持ってくれる人だった。そこのイベントでは確かにちょこちょこセシル王子に「無理するな」とか「気にするな」とか怒っていた場面はあったけれど、どうやら前からそういったやり取りは多かったらしい。……にしても、まさかここまでお説教する人とされる人の関係性だったとは思いもしなかった。
今まで何度ハリー公爵がこの怖い剣幕や威圧的に怒ってもセシル王子が背負ってしまう性格は全く変わらなかったとなれば、確かに次の手痛いお仕置きはエリアスの目の前の説教なのはまぁわかる。
「スロース。ここは私らしく止めに入っても良いと思うか??」
「我慢も人間の美点よ」
口角の笑みのまま、見開かれた目がやや殺気を帯びて見えるエリアスへ待てを返す。
王の中の王と言えば聞こえは良いけれど、つまりは傍若無人の俺様と考えるとこの人は我慢をしたこともあまりないのではないかと言葉にしてみれば、エリアスから「ぐゥッ」と呻き声が薄く聞こえた。
セシル王子の目の前でハリー公爵とまた取っ組み合いなんてすればそれこそセシル王子を精霊堕ちにするかもしれない。今もセシル王子の傍らで大人しく弧を描いている精霊を二度とあのサイズで脅威にしたくない。少なくともエリアスの存在を目視しても狼狽までする様子はないセシル王子は、本当に落ち着いたように見える。
「私では頼れないと?!」「私をさしおいて魔法使いに頼る時点で!」「こんな厄介な兄を目指すなど!」「人類として生まれた以上無理だ!」「同じ種族と思うな!」「無礼極まりない男だぞ!!」と、途中からは遠回しの苦情と暴言で説教を続けるハリー公爵に、エリアスの裾を掴みながらその場で立ち止まり待つ。腰を低くするセシル王子を見れば、本当に見違える姿だった。
精霊堕ちの影響を受けていた肌や髪の色が戻ってるだけじゃない。表情や佇まいから違う。衣装と髪を整えただけでこうも人は変わるものなのかと思い知る。少しブカついているから、私達と同じく洗濯の為に着替え、身体付きがしっかりしたハリー公爵の服を今は借りているのだろう。けれど皺一つない上等な衣装を着て、一年間延び散らかっていただろう髪も本来の綺麗な銀髪が輝くように今は以前の通りに散髪で整えられていた。
まだ血色は完全には良くないけれど、それ以外は一年前のセシル王子そのものだ。
「話が長くなったな。スロース、エリアス王子殿下。どうぞこちらに」
お前も座れ、と。そこでハリー公爵が促すままセシル王子がその隣の椅子に腰を降ろす。私とエリアスもようやく扉の前から足を動かし、彼らのテーブルを隔てて正面に腰掛けた。
私がハリー公爵の正面に、そしてエリアスがセシル王子の正面に座ればそれだけでセシル王子はまた緊張するように喉を鳴らした。真正面からエリアスを見られないように、青の瞳を伏し目がちにテーブルに落とした。
それも構わないように、エリアスの方は二色の目を真っ直ぐにセシル王子へと注いでいる。もうこの時点でお二人の関係が手に取るようにわかった。正直、さっきのやり取りを見ていると、やっぱりハリー公爵との方がセシル王子と兄弟に見えてくる。……確か、ハリー公爵はセシル王子と近い年だった気がするけど。
ハリー公爵が使用人にお茶と軽食を命じる間、誰一人口を動かさなかった。再び扉が閉ざされてから、ハリー公爵が咳払いをしてこちらにむき直す。
「……では、先ず私から双方に状況説明をさせてもらう。セシルはこの通り正気に戻ったものの、精霊堕ちとここが私の屋敷であること以外まだ説明していない。本人もここ一年の記憶はなく前後の記憶も混濁している」
バンバンと、やや雑にセシル王子の前のテーブル面を叩きながら説明するハリー公爵に私まで緊張で肩が上がる。
セシル王子は精霊堕ちの記憶前後も朧気で、さっきの経緯すら途切れ途切れにしか覚えてはいない。そしてハリー公爵も正しい情報を聞いたのはエリアスと一緒で私の口からついさっき。エリアスに至っては八年前以降の事情も知らない。情報の共有と統一をする為にも、ここで全員で話した方が良いという判断だろう。
なら、最初に話すべきは私だと。緊張で口の中を飲み込んでから私は「セシル王子」と恐る恐るも声を張る。さっきまでの記憶にない可能性も鑑みて、今度こそご挨拶する。
「改めましてご無沙汰しております。以前はスピカと名乗っておりました。私のことは覚えておられますか……?」
「ああ……。さっきの、ことも一応は……。…………その、君はスピカで合っていたな……?」
思ったよりすんなりと目を合わせてくれたセシル王子は、少ししどろもどろとした口ぶりだった。
この言い方からして、さっきいたことも覚えてはくださっているらしいセシル王子に「そうです」と頷いてから改めて自己紹介する。本名はスロースで、正体がバレて城を追い出されてからはそちらを名乗っている。今後もそう呼んで欲しいと説明すれば、頷きながらもセシル王子の目が僅かに泳いだ。「知られてしまったのか……」とぼそりと呟く声の後、額を押さえたセシル王子から今度はその頭を下げられた。
「すまない。秘密秘匿に協力すると約束したのに、このような体たらくで結局君のことも……」
「?!いっいいえ!そんな!私の至らぬ嘘にセシル王子殿下を巻き込んでしまい、こちらこそ謝罪のしようがございません……!!」
まさかの責められるどころか謝られ、私も慌てて負けないように頭を下げる。途端にガンッ!と勢いあまって額がテーブルにぶつかった。
激痛に額を両手で押さえ、歯を食い縛る。もう、本当に恰好がつかない。こんな事態でも「大丈夫か?!」と誰より先に心配してくれるセシル王子に、そうだこういうお人だったとちょっと込み上げた。この人は常に自分を責めてしまう人で、だからこそあんな心ない言葉で精霊堕ちになってしまった。
痛みを堪えながら「話を戻しましょう」となんとか紡ぐ。今は私のことなんかどうでも良い。「覚えておられますか」と最初に私が尋ねたのは、そもそもの発端の同盟交渉だった。言葉にすればすぐ思い出したように顔の色を蒼ざめさせたセシル王子は、一瞬口を片手で押さえた。続けて腹部を反対の手で押さえ背中を丸める様子に、また痛んでいるのだとわかった。
休みますかと尋ねたけれど首を横に振られ「思い出した」と息に近い音が返される。
「同盟交渉で、私は醜態を晒した。すぐに国へ送り返されることになった。馬車の、……それからは、……」
「その後、セシル王子は精霊堕ちに。私がお傍にいながら、力及ばなかった責任です。本当に申し訳ありませんでした」
不必要な記憶まで思い出す必要はない。記憶を巡らせようとするセシル王子にここは前のめりに続きを省略して謝罪した。
頭を下げた瞬間に「そんなことは」と言ってくれるハリー公爵もこちらの意図を読んでくれたように「精霊堕ちになった王子の処分は知っているな?」と更に別の情報を注ぐ。
当然、精霊堕ちの王籍除名を知っているセシル王子もこれには重々しく頷いた。苦しげに眉を寄せながら、額を押さえていた手で今度は頭をわし掴むように押さえる。「だが精霊堕ちになったならどうして私は」と呟いたけれど、そこはハリー公爵が「あとで説明する」と今は流れを優先した。
「王籍から排除されて何日後かは知らない。だが、私の屋敷周辺で徘徊していたお前を衛兵が見つけて私が回収した。まぁ、あの時は私へ攻撃もしなかったからな」
「ちょっと待て!その言い方だと攻撃したのか私は?!お前ッに……ッぃだだっ……!」
「順を追って説明してやるから待て落ち着け座れもしくは横になれ」
胃が。
不機嫌そうに話すハリー公爵の言葉に、ガタッと思わずといった様子で立ち上がったものの本格的に胃が痛んだのかお腹を押さえて背中を丸めてしまう。
もう慣れたご様子で落ち着かせるハリー公爵に反し、エリアスの方がこれには少し動揺していた。さっきもお腹を押さえていたセシル王子だけど、こうして苦しむのを見るのはもしかするとエリアスは初めてなのかもしれない。少し腰が浮いたと思えば、セシル王子に向けて二色の目が揺れながら凝視している。
怪我を疑うようにセシル王子の押さえる腹を見つめるエリアスに、私から「胃を痛めてるっていったでしょ」とその耳に囁く。
「セシル王子はストレスで胃を弱めてしまって、それから精神的に負荷がかかると慢性的に痛むの」
「医学は専門外だ。お前の魔法でなんとかできんのか??」
私に合わせてヒソヒソ声では返してくれたエリアスだけど、まさかの質問に今度は首を捻ってしまう。
確かにまだ魔法が効くか試したことがない。精霊魔法だって万能というわけじゃない。それに回復魔法さえ失敗して悪化させるのが怖くて王子へなんてなかなか使えなかった。
というか多分セシル王子の病気って前世の言葉で言えば十中八九、胃潰瘍なんだけどこの世界では胃が溶けているとしか言われてないから判断しにくい。ゲームでも胃潰瘍を魔法で治したシーンなんてなかった。
そう考えている間にもハリー公爵は簡略的に、この一年間のセシル王子の状況を説明してくれた。半年過ぎてからは会話も不可能になり、仕方なく物置に突っ込んだと最後は大分誤解を招く言い方だけど、それで怒るセシル王子でもない。本当に迷惑をかけたと、改めてハリー公爵にお腹を押さえながら頭を下げた。…………もしかして、セシル王子が胃を痛める回数を減らす為の一度の説明だったのだろうかと、今更気付く。
「私側からは以上だ。それで、一年間で城側の説明をスロース、君に頼もう」
「!はッはい。その後、実は精霊堕ちになったのはセシル王子だけではなく……」
エリアスにもハリー公爵にも説明したことをもう一度。弟達全員が精霊堕ちになり消息不明、私は正体がバレて追い出されたと。話せば簡単だけど、今度はセシル王子も胃を痛める暇もなかった。目を大きく見開いたまま「全員が……?!」と信じられないように唖然としてしまった。……それも全て私が攻略を抜かったからとは言えない。
今弟達はどこに、無事なのか、と再びテーブルに手を付き立ち上がったセシル王子だけど、また胃を痛めてすぐ丸まった。エリアスが「ソファーに移すか?」ととうとう立ち上がったものの、セシル王子から断られた。「慣れていますのでっ……」と言うけれど、一年ぶりの傷みは堪えるのだろう。精霊堕ちと胃潰瘍が平行しなかったことだけは不幸中の幸いだった。精霊堕ち浄化直後も痛む様子がなかったのも、胃潰瘍が治ったわけでもなく痛覚そのものがマヒしていたと考える方がきっと正しい。
「ここまでが経緯です。そして一年経ち、つい最近のお話になります。私の魔法は精霊魔法だと判明しました。精霊魔法なら精霊堕ちを浄化することもできると思い至り、今度こそ王子殿下のお力になるべく国王陛下に閲見しました」
「そういえば父上と母上は元気だったか?」
「後にしろエリアス王子」
本当に今思い出したように呑気な投げかけをするエリアス王子に、またハリー公爵の鋭い言葉で斬り捨てられる。
けれど二人の会話が耳にも入らないように、セシル王子の驚愕は凄まじかった。精霊魔法、という言葉を唱えた後も口が瞼が見開いたまま痙攣していた。…………そう、これが本当に正しい反応だ。さらには国王陛下に閲見したのも信じられないのだろう。少なくとも一年前のスピカだった私にはとてもできることじゃなかった。
驚愕の中、更に頭が追いつかないだろうと思いつつも更に私は、国王陛下からの許可と条件を話す。王子達全員を精霊堕ちから浄化し連れ帰れば、王子達の王籍除名も撤回してくれる。そう続けたところで、セシル王子の目が瞬きを思い出した。
何度も繰り返し瞬きをするセシル王子へ、戸惑われることは当然ですと続けながら私はようやく手で隣に座る第一王子を紹介するように示す。
「そこで過去の過ちにより信用のない私は、第一王子であるエリアス王子殿下を捜索し、協力依頼を申し出て今に至ります」
一体どうやって、と。何より捜索方法を尋ねるセシル王子の声に、今度はハリー公爵の声まで重なった。
そればかりは秘密で通すしかない私を横に、真正面に座るセシル王子へここぞとばかりに友好的に笑いかけるエリアスはなかなかにちゃんとした笑顔だった。




