14 魔法使いの理解
「ほんっと大活躍だったぞスロース。お陰で私もハリー公爵も命拾いした」
「いや、まぁ、力になれたなら、何よりです……」
お褒めの言葉をエリアスから受けながらも、素直に受け止められず曖昧に返してしまう。
今度こそセシル王子を刺激する前にとエリアスを部屋から押し出し、そこから未だに目を合わせられない。
騒ぎに駆けつけた使用人の配慮で着替えと部屋が用意され、服が乾くまでと客間に案内されてひと息吐いたもののこちらとしては彼と二人きりは非常に気まずい。二人掛けのソファーに堂々と私の隣に座ってきた距離の近さに、逃げ場もない。
セシル王子の解除魔法を行う前。つい、第一王子相手に吐き捨ててしまった。相変わらずエリアスが怒っていないことは唯一の幸いだ。むしろ褒めちぎってくれる。
だけど今回はハリー公爵にも目撃されたし、やっぱり社交辞令でも謝った方が自分の身の為だろう。
「エリアス王子殿下」と、正しい呼び方と共にきちんと向き直り、椅子から一度立ち上がり頭を下げる。
「……先ほどは、言い過ぎました。無礼な発言の数々、どうかお許しください」
「なんのことだ?話し方まで改まってどうした?」
「いえ、……本当に色々と極刑ものだったなと反省しました。手も上げちゃったり……」
「私に攻撃魔法をぶつけておいて何を今更」
ぐう、と。エリアスから痛恨の一撃を喰らう。確かにその通りだ。
あの時はまぁ目撃者も藻屑となるし良いかと思った部分はある。我ながら我が身可愛さの部分は前世を思い出す前から変わってない。全くエリアスからは嫌味感がないのがまた一段と効く。
「それに、お前の言ったことは事実だ。嘘ならまだしも事実を突きつけられて怒るほど器は小さくない」
えっっ。
さらりと、あまりに当然のように言い流す言葉に思わず一音が溢れた。今、事実と言った?
耳を疑う。確かに私にとっては事実しか言ってないけれど、なかなか暴言ばかりだったというのにそれを全て認めて良いのだろうか。……わりと優しく掻い摘んでもエリアスを含めた誰かしら王子達の悪口の羅列が多かった気がする。
思わず返す言葉に悩んで棒立ちになる私に、エリアスは瞬きをすると丸い二色の目で「事実なのだろう?」と確認してきた。そりゃもう事実だけどもと恐る恐る頷けば、怒るどころかテーブルに頬杖をついたエリアスは小さく笑った。
「私は城を去ってから弟達のことを知らない。セシルのこともな。だからお前が教えてくれて良かった」
「教えたも何もバリバリ主観だらけのほぼ悪口だったけど。良いのアレで」
「事実ならば良い。それに人から聞く弟達の話は好きだ。良いことでも悪いことでも興味深い」
本当にこの人は、事実なら全てに於いて気にしないんだなと改めて思い知る。良くも悪くもセシル王子への冷たく聞こえたこの人の発言も、他意はなかったのだろう。本当に掴みどころがない。飄々としている、いや雲を掴むような感覚に近い。
セシル王子には最後に言い捨てるように褒めていたけれど、あれも嘘偽りはないんだろう。ただその代わりどこまで心がこもっているのかはわからない。何せこの人は
「私は情緒が欠落しているからな」
そう、平然と笑みのまま続けるエリアスに、口が開いたまま言葉が出なかった。……自覚が、あった。
人の心がないと。山賊の一件で気付いてからは何度も喉から出かかっては堪えた指摘なのに。流石に一国の王子に対しまだ知り合って日も経っていない小娘が言って良い発言じゃないのは、山育ちでもわかる。そしてエリアスは良くも悪くも事実しか言わない。冗談はおろか自分のことを謙りもしないこの人が言う言葉は、少なくとも本人にとっては事実だ。
何も言えない私に軽く目の動きだけで見やったエリアスは、そこで視線を一方向に向ける。セシル王子のいた部屋の方向だ。それから椅子の上で足を組み直すと「魔法も好きだが」とついでのような口調でこちらに振り返る。その間ずっと、あの口角をあげただけの笑みはなかった。
「お前は直接的な物言いでわかりやすいから助かる」
なんてことないように続けるエリアスは、それが異常であることにも気付いているんだろうか。
他の王子達が間違いなく生きた人間であるのと同じようにエリアスのこの性格も、この世界がゲームだから機械的なのではなく、ただただ彼自身の問題だ。
けど、一つだけわかったこともある。多分、エリアスには遠回しの言い方が致命的に伝わらない。その言葉をそのまま受け止める。それをエリアスも自覚がある。
城での生活じゃ第一王子相手に誰もはっきり否定なんて言えなかったんだろう。ただでさえ、王子としての能力は恐ろしく満点ばかりを叩き出す王子がちょっとくらいずれたことを言ったところで、失言覚悟で指摘する家臣なんているわけがない。そういう意味でも、あの村での生活の方がエリアスには人と関わりやすかったのかもしれない。
断言する。ゲームの主人公である私が特別響いた言葉を言ったわけじゃない。ただ、エリアスにとってわかりやすかったそれだけだ。
「セシルが何を怒っているかも代弁されるまで私はわからなかった」
それはなんとなくあの時もわかった。
セシル王子を追い詰めたいならまだしも助けに来たにも関わらず、平然とザクザクとナイフで刺すような発言もそうじゃないと説明がつかない。本来ならセシル王子の発言を聞けばそれこそ事情を細かく知らない第三者でもセシル王子に言っちゃいけないことがわかるはずだ。
「お前の言葉のお陰で、かけるべき言葉も初めてわかった気がする。……相変わらず難しいな、人の心というものは」
あんな暴言で、ようやくと。
エリアスの言葉が今度は私に鋭角に刺さる。初めて苦笑に一番近い表情まで向けられた。
あれだけの乱暴な言い方をしないと伝わらないのなら、確かに今までのお優しい城の家臣達からもセシル王子達からも伝わらない筈だ。今ならまだしも、当時は皆もっと子どもで、周りから神格化されていたエリアスにそんな言葉浮かびもしなかっただろう。
どうしてこの人だけそんな風になってしまったのか。私じゃまだ理解もできない。そういう性質と言い切るならいっそ全て仕方ないで納得してしまえるけれど、……エリアスの場合は色々と違和感がある。
「お陰で法ならまだしも、人道的に何が正しいのかもさっぱりだ。人の思考や戦法を読むのはわりと得意なつもりなんだがな」
だからどうしても効率や結果ばかり重視してしまうと、両手を上げて溜め息を吐くエリアスに改めて山賊討伐を思い出す。
山賊皆殺しにして村の関係者じゃなければどうでも良いという構えだったアレも、そういうことだ。
そう考えると普段見せるあの口角だけの笑顔も意味深に思えてくる。それこそまるで、魔獣とか精霊みたいな人外が人に扮する時みたいな擬態だ。
ふと、疑問が頭に浮かぶ。ここまで着々と話してくれるエリアスに横槍しちゃいけないと言葉を飲んだ直後、ばちりと二色の瞳と目が合った。「どうした?」と今度は口角をあげただけの笑みで尋ねられ、私も覚悟を決めて質問を言葉にする。
「エリアスの、その……欠点を。国王陛下やセシル王子達は知ってる?」
「さぁ?隠してはないが。父上達は気付いてなさそうだ。セシルにはこの後聞いてみよう」
ハハハッと軽く笑い飛ばすエリアスが、小首を傾げながらも今度は素だろう笑顔だ。
現時点で私の記憶では、ゲームでも現実でもエリアスを「心がない」と評したのは一部の王子だ。セシル王子だって浄化魔法が効いたものの、このあとは結局私でもエリアスでもなくハリー公爵に任せるしかなくなったし、まだそう安心できない。
それなのにエリアスが明るく言ってしまえるところがますます人間味が薄く感じてしまう。セシル王子の為にここまできた筈なのに、全く心配してる気配がない。今ここにハリー公爵がいたらまた「簡単に言うな!」と怒らせてしまったかもしれない。
「セシル王子に一人で会いに行ったのは?」
「?話しに行っただけだ。だが、私の言い分の前にセシルに怒られたからまともに話せなかった」
視線を宙に浮かべ、人ごとのように話すエリアスに両手で頭を抱えてしまう。
つまりセシル王子には未だに気持ちが伝わってないということではないだろうか。何を話しに行ったのかと内容も尋ねようかと思ったけれど、今はそれよりも言うべき言葉を選ぶ。
「……貴方に心がないと、私も最初思った」
「おぉ、流石魔法使い」
魔法使いは関係ない、と首も振りが断り再び目を合わせる。
自分でも酷いことを言ったと自覚しながら、平然と笑いかけてくるこの人に同情は覚えない。多分エリアスは自分の欠点を受け入れた上で道を決めたのだから。それを村からどういう理由でも引っ張り出した私が今更同情するのも無責任だ。
近距離で見つめ合いながら、私は呼吸を一度深く整えてから口を開く。
「だけど訂正する。貴方に心はある」
トン、と手のひらでエリアスの胸を叩いて示す。硬い胸板の感触がまるで鎧そのものようだった。だけどそのまま触れていれば、ちゃんと人の温度がある。
エリアスの目が見開かれていくのを見つめ返しながら「本当だよ」と聞かれる前に念押す。
慰めなんかじゃない。彼に心がないと思ったのも事実だけど、ただ、エリアスの言葉を聞いてからだと私の思ったものとエリアスの思っている「心がない」の感覚は少し違う。
「情緒も心もなかったらまず弟達の為に動いたりなんかしない」
「それは……兄として当然だろう?兄ならば弟達の危機には駆けつけるものだ」
「弟達の前から八年も消えておいて何言ってるの」
ふはっ、と思わず笑い混じりに言ってしまう。途端にエリアスからも「確かに」とあっさり肯定が返されれば余計におかしくて短くだけど笑い声を溢した。
兄の義務なんて、それだけが突き動かす理由な方が不自然過ぎる。兄の義務で動くなら、まず弟を置いてあっさり消えたりもしない。間違いなくエリアスをここまで突き動かしたのは義務ではなく感情だ。
一度笑いが落ち着いてから、口の中を飲み込む。呼吸を整え、改めてエリアスをみやる。
「貴方は弟達が心配で、助けたい一心で今も動いてる。ただ、その上手いやり方を知らないだけ」
「?私がか?どうだろうなしっくりこない。心配というのは相手を信頼してないから覚えることだ。生憎、私は弟達を信頼している。それはそう、私よりずっと良い王になるという全服の信頼だ」
笑い混じりに言う私に返すように、一度は首を捻ったエリアスから挑戦的な笑みが返された。口角をあげるだけじゃない、声色から表情筋の細かなところまで意思の宿る笑顔だ。更に前のめりに顔を近づけられ、お互いに息がかかる距離になる。
瞬きひとつしない二色の瞳は揺るがない。ここにきて一つわかった、エリアスは多分嘘は言わない。自分が嘘を吐く必要がないと思っている。
「なるほど?」と言いながら笑顔のまま一度私は視線を外す。自分より良い王になる。……その一言だけでもセシル王子にさっき言えたら、また変わったんじゃないだろうか。
それとも言おうとした言葉がまさにそれだったのか。交渉も社交も凄まじかったと聞いていたけれど、本当かと疑いたくなる。
もう一度視線を戻し、目を合わせる。
「でも、こうして王子殿下全員が精霊堕ちになったなら、貴方が国王に名乗り出れば解決した問題だよね?」
「いいや私では相応しくない。相応しければ城から出ず今頃もう王になってる。私では駄目だからこうして重い腰を上げたのだ」
「じゃあセシル王子がこのまま王子に戻ったら、あとは全員放っておく??」
ン、と。そこで初めてエリアスが言葉に詰まった。
一瞬だけ私に向けて鋭い目になった気がしたけれど、こちらから口角を上げたまま表情を変えずに見返していれば大きな瞬きだけが返ってきた。何かを言おうとしたのか一度口を開いたけれど、途中で止まりまた閉じた。エリアスは子どもみたいなところはあっても頭は子どもじゃない。むしろ恐ろしく聡明な計略家とも聞いていた、そんな人が自分の言葉の矛盾に気付かないわけもない。
今度はエリアスの方が私から目を一度背け、眉まで寄せて頬を指で摘まむ仕草は今までで一番考えているようだった。
「…………それは、……困るな……」
「どうして?セシル王子が王位を継げばあとはもう解決でしょ?」
「いや、……他の弟達も良い王になる」
「セシル王子とギルバート王子以外は最後に会った時まだ子どもだったのにわかるの?」
「……………………………………………………、……確かに?」
首を九十度捻りながら困惑顔のエリアスに、ちょっと吹き出した。
本当にご自分でも言い訳というより自覚がないらしい。いや、でも当然だ。心の有無なんてそもそも自覚無自覚とかそういう感覚ではっきりわかるもんじゃない。殆どの人には当然備わっているようなものだ。
「エリアス。〝心配〟は信用の有無だけじゃない、愛情だよ」
セシル王子以外も助けたいと考えている時点で、この人には少なくとも兄弟への情はある。…………若干、常軌を逸していると軽く言えるくらいの。
振り返ってみれば今までエリアスが豹変したような態度を見せるのは全部王子達関係だった。城には帰らないと言い張ったのに弟達の精霊堕ちを聞いたらすぐに同行を快諾したり、山賊に襲われた罪もない被害者に対しては情の欠片も見せないのに今もセシル王子以外の王子達を見捨てることには難色を示している。
私も他の王子達も助けたい気持ちは変わらないからその方がありがたいけれど。
エリアスと王子達の相性が最悪なのは判明したけれど、既にここまでエリアスに大分助けられている。気難しいハリー公爵のお屋敷も顔パスだったし、ついでに小回りの利かない私の魔法に、エリアスの物理的に最強かつ強固さはいろいろ助かる。
だから少しでも、彼を理解したい。
「エリアス、貴方にも心はちゃんとある。ただちょっと……ちょっと、ものすごく未熟で、わかりにくいだけで」
「〝未熟〟など久々に言われたな……」
おぉ……と、まるで感心するように漏らすエリアスは、目を見開くと顎を摘まむ手で今は口を覆った。天才児らしい言い分だ。
〝王の中の王〟と呼ばれたエリアスは、多分全てが早熟過ぎた。知も技術も力も、風格からカリスマ性もその全てが大人を凌駕し規格外過ぎて、人であることを疑う域だけど生きた年数はたった二十年ちょっとだ。
城から去った時はもっと子どもだった。情緒の発達なんて、育む暇もなく早々に王子としての育成へと周りが移ってしまった。いっそエリアスには「未熟」よりも「無い」や「欠落」という言葉の方が自分に向けるのにしっくりきたのだろう。未熟だった経験が殆どないに違いない。
他の王子達にコンプレックスを叩き込むくらいに若くして伝説的記録を各種で打ち立てたような猛者だ。
「未熟……未熟か……」と、エリアスが少しずつ飲み込むように繰り返し一人呟く。その様子を見つめながら今度は私の方が彼の俯く顔を覗きこんだ。
「弟達の為に手段も選ばない貴方は、それはもう人間らしかったけど?」
「!それは良いな!!」
わははっ!!と笑い飛ばしたエリアスが、最初は愛想ぐらいの笑い声だったけれど、言い切った後の笑いは腹を抱えての爆笑だった。思ったよりも感情が遅れてやってくるタイプなのかもしれない。
揶揄い半分だった言葉は、エリアスには大分ツボにはいったらしい。背もたれに大きく身体を預けてもまだ笑い続けるエリアスが、子どもから今度は快活に笑う老人のようにも見えてくる。天井に向けてひとしきり笑ってから、ゆっくりと首の覚悟をこちらに戻す。
「……なら、今後もそうさせてもらうか」
「私も、その方が助かる」
二色の眼差しを見つめ返しながら、その足へ軽く手を置くように叩いた。まだ、握手するような仲でもないし、王子に肩を叩くほど私は偉くない。
それでも強く開かれたエリアスの目が、ゆっくりと細められた。淡く笑んでいるようにも見えるエリアスは、口角を上げているだけの笑みとは比べものにならない。エリアルの目を見つめ続けながら、そっと先に手を引いた。…………途端に、今度は私の手の方が掴まれた。
ぱしりと軽い音で掴まって、驚いて手に目を向ければそのまま掴んだ形から握手のように握り直された。
「どうかした?」
「……。……いや。……今度も、よろしくという意味か?と……恐らく」
「うん……よろしく??」
何故そこで自分のことに疑問形なのか。
小首を傾げてしまう私に、エリアスまで握手を交わしながら握手する手に向けて何故か怪訝な表情になっていった。自分が握手したんでしょうがと思いつつ、私からも握手を握り返す。
まさかここにきて二重人格とか言わないよね?と冗談交じりに言ってみればそこは短い否定だった。乙女ゲーム隠しキャラでここまで最強設定ならそれくらいあってもおかしくない。
私が手を緩めてもエリアスの握手は離れず、結局お茶を用意してくれた使用人が戻ってくるまで手は結ばれたままだった。
ハリー公爵からの労いらしい茶菓子も添えられ、……セシル王子が一時間後に話したいという伝言を従者から告げられた。
精霊堕ちの王子は残り三人。
彼らを救い終えるまで、もう少しこの規格外王子のことも理解できるように頑張ってみようと気持ちを新たにした。




