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バッドエンドから一年後~誰にも期待されない魔法使いの私が、伝説の精霊魔法使いに実力を認められ王子を救う~  作者: 天壱


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13 魔法使いの謝罪


ぷく……ぷく……


気泡が、水面へ向かい吸い込まれていく。

一度全て沈んでしまえば、そこからは文字通り底なしだった。空間を歪めて床下より遙か下方下方へと足から引きずり込まれていくのが、息を吐く度に気泡の遠さでわかった。

水中魔法が効いているお陰で呼吸はできるものの、自力で水面に上がるのはもう無理だと手足に纏う重さで理解する。水位が深くなっているのもあるだろうけど、それ以上に沼の水が身体中に纏わり付いている。杖を握った手を持ち上げるだけでも、肩ごと力を込めないと無理だった。

自分の意志だけではなく、沼そのものにここまで引っ張りこまれた理由はわからないけれど、きっとエリアスもハリー公爵も時間の問題だろう。

可能なら沼の底まで行きたかったけれど、思ったよりも底が遠い。魔法で作られた空間だから、ずっと沈み続ける可能性もある。

ただでさえ淀んで視界も悪い沼の中は、見回したところでセシル王子らしい陰は見当たらない。この沼に溶け込んだ状態なのだから当然だ。つまり、姿は見えなくてもこの中のどこかに存在していることも間違いない。


『貴方が捨てた分全ッッ部拾って抱えて背負ってきたのがセシル第二王子なのを忘れないでッ……!!』

気泡しか見えない水面を見上げながら、自分の捨て台詞を思い出す。つい悪態を吐いてしまった。お師匠様に向けたら軽いお仕置きでは済まないだろう。だけど、本心だったことは間違いない。

エリアスの背中を見上げ続けていたセシル王子は、本当に全部抱え込んでしまう人だった。ハリー公爵くらい自分に厳しいけれど、その分自分以外にはとても慈悲深い、そして繊細な人だった。弟達に頭を悩まされることはあっても、放り出したことは一度もないあの人はお人好しだったと今でも思う。

だけどそれを愚かだと思ったことは、私もそして王子達も一度もない。「もっと誰かに頼れば良いのに」と、何度か言われていた。

「……セシル王子」


─ 力になれなくてごめんなさい。


ここにはいない、けれど存在しているセシル王子を呼び、言葉ではなく泡になった。

ゲームでは攻略対象者であるセシル王子が頼れるべき存在は、本来主人公である私だった。ゲームの世界なんて知るわけも信じるわけもないセシル王子達には言えるわけもない。だけど、ゲームではセシル王子が頼って、重荷を半分に分け合って一緒に前に進んだのが主人公スピカだ。

当時はむしろ私がセシル王子に対しても頼ってばかりだった。恋愛関係なんかは無理でも、せめて力になる機会はいくつもあったのに。


─ 怒ってあげられなくてごめんなさい。


『ッセシル王子にできて当然とする発言全てを言ってんでしょおおが!!!』

助言どころか、セシル王子の為に怒ることすら一年前はできなかった。

エリアス相手に言えたのは、前世の記憶が背中を押してくれたお陰に過ぎない。私そのものは、自信がなければエリアス相手どころかセシル王子より立場の低い大臣達に睨み返すこともできず、そして国王陛下に告げる度胸もない人間のままだ。

正しいことをしたいとは思っても、正しいことの指針を知れないと動けない。そんな私のこともセシル王子は精霊堕ちになるまでずっと見放さないで面倒をみてくれた。王子達の中の誰よりもお人好しで、…………誰よりも背負う人だった。


─ 背負わせてごめんなさい。


『兄上は、……とても優しい人だった。あの人の見ていた景色をいつか私も知ってみたい』

無責任なことを堂々と言うあのエリアスのことも褒めていた。子どもの目の美化があったとしても、嘘でも誤魔化しでもなくセシル王子の心が綺麗だからそう見えたのもあるんだろう。

あんなに第一王子の背を目指して自分を追い詰めて、その功績に少しでも届こうとしていた。もしかしたら、一人でなんでもできたエリアスのことを理解したかったのかもしれない。少しでも自分もエリアスに近づければ、見ていた景色を知れれば、…………「兄上がどうして失踪したかも理解できるかもしれない」………。

嗚呼そうだ、そうだった。ゲームでも、セシル王子はそう言っていた。ハリー公爵が無理だと切り捨てるくらいに無茶なあの人を、セシル王子は理解したがっていた。失踪したことも、どこかで自分を責めていたのかもしれない。


「…………傷つきますよね」


『取るに足らないっ……。ッ大海の砂粒のように……瑣末な存在でしか、なかったのだから……!!』

取りに足らないたった一つすら、拾いあげてくれるような人だから。自分がずっと理解したかった人にそう見られていると思うのは、身を切られるよりも痛くて、辛い。

ずっとセシル王子一人、弟達のことも、そして失踪したエリアスのことも、王子としての立場も、兄としての責任も全て抱えて背負って引き摺り纏わり付かれ生きてきた。

そして呑まれ、沈んだ。

他人も他人の期待も大事にする人だから。エリアスみたいに何もかも見切りをつけられる人だったら、きっと主人公なんかいなくても立派に自分の足で進んでいける王位継承者になれていた。……だけど、エリアスみたいになることが正しいとも思えない。




「だ」 「れ」 「か」




こぽぽっ……と自分のではない泡の音まじりに、溺れるような声がした。見回しても形はない、ただ何もない場所から泡が生じて水面へと上がっていく。

……私に聞こえるのなら、向こうにも聞こえるだろうか。

「セシル王子」と、最初に声を張る。ボコボコと泡の音にまじりながら呼びかける。杖がこの手にあることを埋め尽くされた視界の中、手の感触だけで確かめる。


「ハリー公爵が、心配しています。私は、貴方に償いたくてここまで来ました」

セシル王子がなんでも見切りを付けて斬り捨てられる人だったら、当時特別親しいわけでもなかったハリー公爵を助けたりしなかった。

ほぼ無意識下でも頼れる人がいて、そして精霊堕ちになっても匿ってくれる友人がいることはそれだけでもセシル王子の魅力だ。

聞こえているかどうかわからない。悪化する前だってこちらの呼びかけは届いていなかった。それでも、正気に戻ってからは聞いて貰えないだろう今だからこそ一方的でも呼びかける。可能性よりも自己満足が強いけれどもうこれ以上、言葉にしないで後悔をしたくない。


「エリアスは、……エリアスも、貴方を心配して会いにきたんです。自分に何ができるかどころか、掛ける言葉さえ考えついていないのにそれでも私に同行してくれました。……きっと、どうでも良いなんて思っていません。エリアスにとっても、貴方は」

今更エリアスを弁護しようとは思わない。だけど、事実だけでもきちんと伝えておきたい。エリアスが傷付ける言葉しか言えなかったのは間違いないし、全く悪いとさえ思っていない。それでも、あれだけ簡単に必要ないものを眉一つ動かさず切り捨てられる人が、どうしても切り捨てられなかったのが兄弟であるセシル王子達だ.

最初は私を歯牙にもかけなかったのに、弟達に手出しするなと言って、逆に助ける為なら初めて会った私にも協力した。殺気を見せたりハリー公爵と大人げない喧嘩をしたり、あの人が冷静さを欠くのは全てセシル王子達のことでばかりだ。それくらいに、きっと。


「今もかけがえのない、兄弟です」


重い腕ごと杖を横ぶりに魔法を行使する。

私の魔法は精霊魔法だ。精霊魔法は、その名の通り精霊の力を借りる魔法。だから使用する環境によって使える魔法と使えない魔法がある。飛行魔法であれば風の精霊が通る場所じゃないと使えない。炎を使うなら火の傍で、土魔法を使うなら地の傍で、そしてこの沼は



精霊の力、そのものだ。



「〝解除魔法(ポイスタ)〟」

魔法の強制解除。

今まで攻撃魔法の直撃にしか使ったことがなかった。普通の魔法解除であれば、精霊の魔法には通用しない。

ずっと自分の魔法が普通の魔法だと思い込んでいたから忘れていた。この解除魔法もまた、精霊魔法なら通用する。魔法で空間そのものをねじ曲げている今、これだけ内側に入り込んだ状態で展開すれば精霊もこの魔法を保ってはいられない。

杖から光が溢れ、浄化魔法よりも遙かに広がり包まれる。底のない沼を照らし、この空間そのものを無に帰す。


空間に飲み込まれている私の意識も遠退くその寸前、こちらに手を伸ばすセシル王子の姿が一瞬見えた気がした。




…………




「……おい!スロース!スロース!!起きろ!!」


パシパシと、頬を叩かれながら叫ばれる。呼吸が深く通る中、薄く視界が開けばエリアスだった。

ぼんやりと天井も見えれば、倒れているんだと理解する。きちんと背中に固い床の感触も覚えれば、どうやら解除は成功したらしい。「エリアス……?」と声に出せば、頬を叩く手も速やかに引っ込められた。

空間の内部から解除したことで、異物である私は無事排出された。水中魔法のお陰で意識を失っても沼の水は飲まずに済んだけれど、身体は酷く重だるいままだ。エリアスも頭から水を滴らせているのを見れば、やっぱり彼も頭まで沈んだらしい。「溺れた?」と思わず浮かんだ疑問のまま尋ねてしまえば、沈みはしたけれど水中でも呼吸はできたらしい。「お前の魔法じゃないのか?」と言われ、そういえば水中魔法も出力馬鹿を発揮していた気がする。ということは、私のすぐ隣に立っていたハリー公爵もご無事だろうか。…………ッどころじゃない!!!


「ッ早く撤退を!!精霊魔法を解除しました!今のうちに一度部屋の外にっ……!!」

がばりと慌てて起き上がりながら、立つまでしようとすればうっかりフラついた。相変わらずエリアスがきょとんと呑気に目を丸くする中、とにかく外にと彼の手を引く。魔法の解除ができただけで精霊の攻撃意志まで解除できたわけじゃない。また底なし沼を展開される前に部屋の外に逃げないと!

ハリー公爵の方は起きているのかと初めて部屋全体を見回した瞬間。


「スロース!これはどういう状態なんだ?!」

えっ。

ちょうど、ハリー公爵が私に振り返ってきたところだった。私達とも少し離れた位置で片膝を立ててしゃがんでいるハリー公爵も全身ずぶ濡れではあるものの、エリアスと同様元気だ。

だけど驚くのはそこじゃない、ハリー公爵が両手を伸ばしているその先にはセシル王子が無抵抗に座り込んでいた。その傍らには精霊が半透明の姿のままぷかりぷかりと浮かんでいる。大きさも最初の時の大きさだ。

髪と肌の暗ずんだ姿は精霊堕ちだけど、主導権が戻っている。しかも


「スピカ……どうして君まで…………ここに……?」

「セシル王子、私がわかるんですか……?!」

こちらを、認識している。

今まで自分の世界に引き篭もっていたセシル王子の意識が、外部に向いている。精霊堕ちの状態が好転している!だけどどうして?!

私からの問いかけに、おもむろに首肯を返すセシル王子は目の色こそ淀んだままだけれど、間違いなく意識がある。ハリー公爵が「君がやったんじゃないのか?!」と叫ぶけれど、全力で首を横に振る。私がやったのはあくまで精霊の魔法を強制解除しただけだ。いくら精霊魔法だろうと解除魔法じゃ精霊堕ちに何の効果もない!!

けれど精霊堕ちの段階が戻ってきているのならこのチャンスを逃す選択はない!


「ッ浄化魔法!」

セシル王子の肩を掴むハリー公爵ごと構わず浄化魔法を撃ち放つ。

もう三度目になる浄化魔法にハリー公爵も驚きこそしても、身を反らす程度だった。部屋全体が光に包まれ、そして晴れた時にもハリー公爵はセシル王子の近くにいた。

はた、と。大きく瞬きするセシル王子はやっぱりさっきより現状も受け止められているらしく、ハリー公爵にも私にもエリアスにも驚かない。

セシル王子が茫然としている内に私は慌ててエリアスの手を引いた。もう余計なことを言う前にエリアスをセシル王子から離した方が良いといい加減学んだ。ここはハリー公爵に任せた方が絶対良い。


「エリアスこっち!!」

「おぉわかった。だがその前に一つだけ、頼む」

私が引っ張る腕だけピンと伸ばしながら、両足は一センチも動かしてくれないエリアスに「一つ?!」と思わず大きな声で聞き返す。ここまでやらかしておいてまだこの人は余計なことを言うつもりか!

後にして!と私が言いかけたのも束の間、それよりも遥かに大きく響く声で「セシル!」と首ごと向け呼びかけた。


「ご苦労ッ!私にはできぬことを何年も続けたのだな!!素晴らしいではないか!流石は母上の子だ!賞賛に値するッ!!」

ちっともひと言じゃないと怒鳴る暇もない。い、き、ま、す、よ!?と唸りながら渾身の力で廊下に引っ張ってもエリアスはビクともしなかった。手を放し、後ろに回り込んで助走をつけて背中を押しこんでも石像のように動かない。エリアス自身が最後まで言い切ったところで、ゆっくりと自分の意思で足を動かした。

「あとでな」と相変わらずの明るい口調で軽く手を振るエリアスを廊下に押し込む。セシル王子の顔色が心配になって最後にもう一度だけ、振り返れば



脱力したセシル王子の目から大粒の涙が溢れ、落ちた瞬間だった。



青眼の先は、間違いなくエリアスに向けられていた。


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