10 魔法使いの考え
「……今思えば、前触れだったと思います。その後セシル王子は国王陛下からは休養を命じられ、次に私がお会いした時にはもう精霊堕ちに……」
そして、王籍から外された。
ゲームの本来あるべきルートを思い出した今ならわかる。アレは、私が何もしなかった所為だ。
ゲームでセシル王子に同行した主人公は、もっとセシル王子に寄り添っていた。前夜には心配してセシル王子の部屋に訪問して、不安な気持ちを聞いた上で「セシル王子ならきっとできます。ずっと私は見ていましたから」と元気付けた。お陰でセシル王子はきちんと眠れ、落ち着いた朝を迎えていた。
会談直前だって、緊張で体調を崩しはしたけれどそれも主人公がセシル王子の手を握って「大丈夫」と言っただけで持ち直すことができ、見事同盟を成立させることができていた。
現実の私は前夜も自室で過ごして!緊張するセシル王子にかける言葉も見つからずただただ見てるだけしかなかった!!
客人用の棟とはいえ、王子殿下の部屋に深夜に訪問なんて誰かに見られたらどんな噂が立つかわからない。ただでさえセシル王子は特にそういう身の振る舞いを気にする人だったし、私も王子の誰かと結婚するスピカという立場で弁える必要があった。
会談直前に緊張していた時だって偽物ヘッポコ魔法使いの私が、毎日王子として誰よりも努力を欠かさないセシル王子に何を言えば良いかなんてわからなかったし、言えるような立場じゃないとしか思えなかった。
ゲームの選択肢でいえば全部が全部、間違いだとわかるような選択肢ばかりを選んできた。その結果が、今のバッドエンドだ。
ゲームでは主人公のお陰で同盟成功したことで自分に自信を持てるようになったハッピーエンドだった。エンディング後には、相変わらず個性豊かな弟達に振り回されながらも皆に愛されて、最後は立派な国王として扮装するセシル王子の姿もあった。
『皆、セシルのことを兄としても国王としても頼っている証拠だよ』
全くあいつらは、と。困り顔で言いながらも主人公にそう言われた時のセシル王子は本当に幸せそうだった。
セシル王子だけじゃない、攻略されなかった弟王子達だってセシル王子を支えながらも精霊堕ちになんか誰一人ならず幸せそうに過ごしていた。そんな未来を壊したのは私だ。
セシル王子と結婚したかったわけじゃない。だけど、もし今一年前に戻れるなら絶対にハッピーエンドに向かう選択をしたのにと、後悔してもし足りない。
「……その無礼者は今どこにいる……?」
ぞわり、と。鋭い殺気が長い沈黙から唐突に放たれた。
顔を上げれば、エリアスだった。金と青二色の目を爛々と光らせてこちらを睨みながら、今は口角もあげない顔だ。誰に向けてかと反射的に思ったのも一瞬、ピスキスの大臣達の命が危ぶまれていると遅れて理解する。
更にはハリー公爵まで目が怖かった。「大臣か……」と小さく呟くのが聞こえれば、まさかエリアスと同じことを考えているのだろうか。
「同盟は叶わなかったとはいえ、レオネカ王国の第二王子へ明らかな侮辱行為だ」
「その通りだ。正式に抗議を行えばピスキスの王がまともである限り、大臣共に正当な処罰も下された筈だ。ハリー公爵、初めて気が合ったな?」
「スロース。その件を国王は存じないのか。セシルはともかく、君は報告しなかったのか?」
第一王子と大貴族。この二人が動いたら戦争にもなりかねない。
てっきりセシル王子を支えきれなかったことを二人に責められると思えば、予想外の方向での言及だった。まさかセシル王子が引き金で同盟決裂どころか戦争はまずい。
当時、セシル王子本人が国王に報告しなかったことと、セシル王子が言わなかったのに私が勝手に異国の悪口を言うわけにはいかなかったと説明しても、二人の目は厳しいままだった。セシル王子に口止めを受けたわけでもないなら同行者の私が言うべきだったと、……王族と貴族に言われればもう仰る通りとしか言えない。
「……申し訳ありません。同行者としての意識が足りませんでした」
「セシルは他の兄弟達と違う。己への中傷で相手を責めることはなくとも、その言葉の通り受け取って気にして追い詰められる」
だから周りが代わりに怒って、否定するべきだったと。……ハリー公爵のお言葉も今ならわかる。きっと、ハッピーエンドに進められるような主人公だったら、陰口を言う大臣にその場で言い返そうとしたし、セシル王子にだって「そんなことない」と言えた。
ほんとにただ黙って何も行動をしなかった私を今からでも怒鳴りつけにいきたいと、ハリー公爵に頭を下げながら思う。
「つまりセシルは、当時の言葉に今も深く傷を負っているということか」
「その大臣共を地へ伏せさせて謝罪させればセシルは戻るか?」
「ううん、……セシル王子は謝罪を求めているわけじゃないと思う」
話の軌道を本題へと戻すハリー公爵に続くエリアスに、私から首を振る。それだけは私でも断言できる。
セシル王子を傷つけたのは陰口を言われた事実ではなく、同盟で結果を出せなかったことだ。あんなに真剣に取り組んでいて、……本当に体調さえ崩さなければ大成功を納めていたのに失敗してしまった。国王に任せられた大任を達成することができなかった。本当ならあれをきっかけに、セシル王子は王子としても兄としても……
『ッどうして今!!!帰ってきてしまうのですか!!!!!』
「ただ……エリアスに。追いつきたかったからこそ、まだ追い付けない今の自分を見られたくなかったんだと思う」
さっきのセシル王子を思い出しながら、自分で言って胸が締め付けられる。膝の上で拳を爪が食い込むまで握って肩まで強張った。
エリアスが悪いわけじゃない。ただ、第二王子であるセシル王子にとって唯一の兄であるエリアスの存在は特別だ。現実ではまだ打ち明けて貰えなかったけれど、ゲームでは主人公に打ち明けていた。子どもの頃から頼りだった兄がいなくなってからは、自分が兄の代わりに弟達の見本にならなければと思っていたと。
「つまりは、セシルが根本的に精霊堕ちから脱する為には同盟失敗の過去を乗り越えるか、エリアス王子と絶縁するかということか」
「!?そこまででは……」
淡々と話を進めるハリー公爵からの厳しい選択肢に思わず声がひっくり返った。何故そこでエリアスは断絶なのかと思うのに、ハリー公爵の目は本気だった。
エリアスと意気投合し始めたところでまた諍いになるんじゃないかと見比べれば、今度はエリアスも腕を組んで見つめ返すだけだ。まさか同意見なのか。私の方が前のめりに尋ねることになる。
「エリアスも断絶ではなく、乗り越えれば良い話では……?!」
「君も知ってるだろうエリアス王子の伝説は」
ズバンと一息で切り捨てるように告げるハリー公爵の言葉に一瞬息が詰まる。まるで私が言う言葉を予想できていたように間髪入れなかった。
伝説……と、口につきながら確かにいくつかは知っている。ゲームでも現実でも、だけど伝説というよりもそういう〝噂〟程度のものだ。素手で敵を倒したもその一つだった。何か大きなことが起こる度、エリアスの話はどこにでもあった。確かセシル王子が話していたのは
「よ……〝齢十一歳で大国の国王に見初められ友好の架け橋になった〟とかでしょうか……?」
「!ああ、懐かしいな。ミケランジェロ様か」
まるで親戚のおじさんの名前でも出たように笑うエリアスだけと、レオネカ王国よりもさらに大きい大国の国王だ。この反応だと、やっぱり事実らしい。
当時まだ十一歳のエリアスが大国の式典パーティーに招かれた時、エリアスをひと目見て「偉大なる王になるだろう」と宣言したのはその国の国王だった。いつか偉大な王になるだろうエリアスとレオネカ王国の未来が楽しみだと言って、一気に友好関係が進み今ではレオネカ王国にとっても代表的な同盟国だ。
懐かしそうなエリアスに反して「そうだ」と言うハリー公爵の声は低い。
「エリアス王子は在籍中にいくつもの伝説を残している。三歳で教師を言い負かし、五歳で法律書を網羅し、十歳には国の裁判にも参列した。大人に混じり、国の方針取り決めや戦争の会議にも加わりその全てで一目置かれた。……その、エリアス王子の背中をセシルは子どもの頃からその目で見ている。しかもあの真面目な性格が災いしてせめて公務だけでもエリアス王子の背を掴もうとしていた」
こんな男をどう乗り越えろと言うのだと、そうハリー公爵が言いたい気持ちがひしひしと伝わった。
顔が不出来に引き攣ったまま、言葉も出ない。セシル王子の人生がかかっている以上、枯れた笑いすらも出てこない。
流石は王の中の王と呼ばれた第一王子、王子達の越えるべき壁。……もとい、今はコンプレックスメーカーとも思ってしまう。ゲームの設定で凄まじすぎる経歴ばかりを打ち立てた隠しキャラとはいえ、この現実では実在している。
だけど、エリアスと断絶は避けたい。国王の条件はエリアスを連れ戻すことだ。そうじゃないと精霊堕ちを浄化したところで、王子達は全員城に戻ることができないだろう。
城内なら広いから会わないで暮らすことも可能だろうけれど、……どちらにせよ今のセシル王子じゃエリアスが城に戻った時点でいつ再発するかわからない。
そう、国王の条件を説明した上で断絶は根本的解決にならないことを説明すれば、ハリー公爵も理解はしてくれたらしく苦々しく頭を掻いた。背もたれにまた寄り掛かり天を仰ぐ。そのまま「ならばどうする!」と天井に顔を向けたまま向けて声を荒げた。
「精霊堕ちから脱したばかりのセシルに、エリアス王子を超えろと?それとも噂など作り話だと言い張るか?エリアス王子よりも己が秀でていると思い込ませる魔法でも存在するか??」
「流石に精霊魔法でもそこまでは……」
ハリー公爵の苛立ちが伝わってくる中で、私も声が小さくなる。
精霊魔法はあくまで精霊に効果があるだけで、珍しい魔法ばかりあるわけじゃない。そんな魔法が使えるのはお師匠様くらいだ。
それに現実から目を逸らしたところで、結局はやっぱりその場凌ぎで根本的な解決にはならない。ゲームのハッピーエンドを迎えた主人公でさえ、セシル王子にエリアスの伝説を越えさせることは叶わなかった。ハリー公爵の言葉を借りるなら本当に「背を掴んだ」くらいだ。
それでも、セシル王子が立派な国王になる王子なのは間違いない。
気付けばまた下を俯きながらカップの水面を睨んでしまう。ここは主人公目線で考えるべきだろうか。乙女ゲームの主人公なら多分、セシル王子にはセシル王子の良いところがあるとか、エリアスの背を追う必要はないよとかそういう……
「?おい、エリアス王子はどこに行った?」
え?!!!!!!!!?!!!!?
ハリー公爵の言葉で顔を上げ振り返る。さっきまで隣に座っていた筈のエリアスが、消えていた。慌てて周囲を振り返ったけれどどこを探しても影も形もない。まさか本当に断絶しようとなんてしないよね?!
エリアス!!と席から立ち上がりながら喉を張り上げたけれど、返事はない。ハリー公爵からの呼びかけにも答えない。どうしよう、村に戻った程度なら良いけどもしまた知らない場所に失踪されたら今度こそ見つけられるかわからない!!
冷や汗がぶわりと全身から溢れ出した瞬間、……バッシャーン!!と屋敷の中からとは思えない津波のような水音が飛び込んできた。
「!!セシルの部屋からだ!!」
「なんで!!!!?」
ハリー公爵の叫びと自分の声が重なる。もう理由を考える暇はない。
カップの中身を飲み切らないうちに、私達は大急ぎで再びセシル王子のもとへ向かった。




