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バッドエンドから一年後~誰にも期待されない魔法使いの私が、伝説の精霊魔法使いに実力を認められ王子を救う~  作者: 天壱


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9 魔法使いの説明


「聞かせてもらいたい。一体どういうことなのか」


ハリー公爵に改めて尋ねられたのは、テーブルでお茶を出されてからすぐだった。

セシル王子の元から一時撤退した私達を客間にまで案内してくれたハリー公爵だけど、お怒りは尤もだ。「これまでの一年間、こんなことはなかった」と断言されてしまえば、思わず紅茶を飲む前に喉をら鳴らしてしまう。私の隣でエリアスも腕を組んでこちらに説明を求める中、当然答えられるのは私しかいない。エリアスでさえどうなったのかわからないのだから。


「せ……セシル王子にご提供くださりましたお部屋を浸水させる事態、大変申し訳ありません……」

「それはどうでも良い。あそこは今も昔も物置みたいなものだ」

今はセシル王子の為に荷物は最低限移動させた後だと、そう強い口調で断言してくれて僅かに安堵で肩が下がる。少なくとも思い出深い部屋とかでなくて良かった。精霊の仕業で床下浸水はないもののあの部屋は今頃さらに水嵩が増しているだろう。

いつの間にかまた背中が丸くなりそうになったところを意識的に伸ばす。せっかくハリー公爵が見直してくれたのに、結果だけでなく態度でもまた落胆される私に戻るわけにいかない。背を反るほど伸ばしてから、私は改めてハリー公爵とそしてエリアスにも説明をする。

〝精霊堕ち〟そのものは一度浄化成功したこと、そして正気に戻ったセシル王子がエリアスの存在に取り乱したことで再び精霊堕ちに戻ってしまったこと。そして感情の起伏のせいか、エリアスの存在で余計に打ちのめされたからか、戻るどころか悪化してしまったことをなるべく、詳細に。


「何故、私の存在で狼狽を?精霊堕ちに私は関係ないぞ」

「なんと言うか、……セシル王子は、きっと今の姿をエリアスに見られたくなかったんだと思う。記憶の混濁もあるけど、もともと精霊堕ちは精神の過剰負荷で精霊に主導権を奪われるのが全員で。だから突然現れたエリアスを見て、その……自信喪失が蘇ったんだと……」

「はっきり言ってしまえ。エリアス王子の存在がセシル達にとっては〝害悪〟そのものだと」

ガシャン、と。ハリー公爵の言葉がまるでギロチンのように重く鋭くテーブルに落とされた。

せっかく遠回しに言おうとした努力も空しく、あまりに直接的な言葉にエリアスも目を丸くした。無表情に近い中、直後に両目の二色がギラッと危うく光って見えた。

けれど私も否定のしようがなく、両肩がさっきよりも余計に酷く強ばり上がってしまう。ソファーの背もたれに体重を預け鼻で息を吐くハリー公爵は、眉間の皺が刻まれたように深い。エリアスの視線も敢えて受け付けないように目を閉じ、考えるようにそのまま開かない。

すると、凝視するエリアスの方から「どういうことだ?」と我慢できないように口が開かれた。


「私が害悪?この八年間、一度も弟達と会うこともなかった私のどこに落ち度がある?私が何をした??」

「何もされなかったことこそが問題だと、お気づきになられませんか。貴方が不在の間、特にセシルがどれほどの重荷を背負ったとお思いか」

目を見開きハリー公爵を凝視するエリアスは、一度も瞬きをしていなかった。口角を上げただけの笑みが、笑顔どころか凶悪に見えてくる。

瞳孔が開いたエリアスに、眉間に力を込めた眼光で睨み返すハリー公爵もまた凄まじい。もともと物怖じしない人だとはわかってはいたけれど、きっと今はセシル王子のことだからもあるだろう。

セシル王子もハリー公爵のことを「厳しい」と言ったことはあったけれど同時に「手当たり次第喧嘩を売るような人間じゃない」とも言っていた。……つまり、今こうして怒っていることも決して気性によるものではない。

一年前、役立たずのぽっと出魔法使いの私にもセシル王子の為に頭を下げた人だ。ましてや第一王子のエリアスに、生半可な覚悟で攻撃的な言葉を言える筈がない。


目を見開くエリアスと、逆に鋭い眼光のハリー公爵で火花が散る。今度はテーブルを挟んでいる分距離は取っているものの、両手を自分の膝に置いたエリアスと逆に腕を組み胸を突き出したハリー公爵で今にも掴みかかりそうな気配が両者から感じて仕方が無い。

エリアスが自分の落ち度にされることを不満に思うのも、そしてハリー公爵の言い分も恐ろしくわかる。そして、セシル王子の本心まで理解できていなかった私にも当然責任がある。


ただ「憧れのお兄さん」だと、王子達の表面上の発言だけでセシル王子のこともエリアスのことも理解したつもりになっていた。……こういうところが、バッドエンド主人公たる要因だ。


「セシルは。……アイツは、私が発見した時にはあの状態だった。精霊堕ちの噂は聞いていたが、まさか城ではなくこの屋敷の傍で見つかるとは思わなかった」

フン、と息を吐きながら腕を組んだまま目を逸らすハリー公爵は、思い出したように更に顔を顰めた。「目を疑った」と呟くように溢し、その視線はセシル王子の部屋の方向へと向いた。

精霊堕ちになったという噂を聞いてから、すぐにハリー公爵はセシル王子に会いに行こうとしたらしい。馬車を出して向かおうとしたところで、屋敷の傍で蹲っているセシル王子を見つけて保護してくれた。当時は今よりも少しだけ会話も成立する状態だった。


「「失敗した」「私は王子失格だ」…………「兄上に顔向けができない」と。当時セシルは毎日のように溢していた」

最後は躊躇うように眉間の皺が深くなって見えた。苦々しく言いながら、腕を組む指が腕にめり込むほど強く力が込められていた。

エリアスを見れば、表情が固まっていた。目を大きく開いたままそこにさっきまでの凄みは感じられず、ただ純粋な驚愕だけが浮き出ていた。口を結んだまま、開く気配もない。

今度は何も言い返さないエリアスに、ハリー公爵は数秒の沈黙の後に目を開いた。じとりと鋭さの少し薙いだ目でエリアスを見つめ、紅茶のカップに手を伸ばす。


「だから、……浄化さえ叶うなら。エリアス王子殿下との再会が、彼の重荷を下ろしてくれると思ったのは私も同じだ」

飲み込んだ直後、苦々しい顔をそのままに吐露するハリー公爵の表情はきっと紅茶のせいじゃない。

精霊堕ちになったばかりのセシル王子のことは私も覚えている。確かにハリー公爵が話すのと似たような言葉を溢していた。けど、少なくとも精霊堕ちになる前のセシル王子は、エリアスを恨んでいたわけではない。むしろその帰りを待っていた。

顔向けができないも、その言葉のままの意味よりも自分への落胆が強かった筈だ。ただ、…………さっきのアレは、帰りを待っている人の反応じゃなかった。

返す言葉が浮かばず口の中を噛んで俯いてしまう私に、カップを少し乱暴にソーサーに置いたハリー公爵は真正面からわずかに首を前のめりにして視線を向けた。


「スピカ殿、……いやスロース。君は当事者だ。ならば私よりもだろう。セシルが精霊堕ちになるほど追い詰められた、その原因を」

聞かせて欲しい、と。淡々と平静に聞こえる声には、僅かに命令にも似た厚みがあった。

きっと、ハリー公爵もある程度情報は掴んでいる。それでも、事実を知る当事者には及ばないのも当然だ。今日までセシル王子を保護してくれ、その上で今も迷惑をかけられながらも協力してくれるハリー公爵に断れる理由もない。

「はい」とその言葉も短いのにガラついた。隣に座るエリアスからもギョロリと視線の熱が向けられたのを目よりも肌が理解する。

確かに、私は知っている。ゲームの記憶でも、現実の記憶でも。今も辿れば鮮明に当時の映像が目に浮かぶ。


「……当時、国王陛下に任された同盟交渉です。ピスキス王国との会談を加えた同盟交渉の後全てを陛下はセシル王子に任されました」

「!ピスキスか。百年前の諍いは解けたのか?」

「貴方は一体この八年間どこにいたのです」

八年前の失踪から情報がほぼ遮断されているエリアスに、内容としても言葉としても鋭い指摘がハリー公爵から放たれる。

その眼光に明らかに気付いているだろうエリアスは、目を合わせるどころか言葉も返さなかった。口角をあげるだけで子どもみたいな無視をするエリアスに、ハリー公爵が当てつけるように大きな溜息を吐き、間接的に説明をしてくれた。

ピスキス王国。私達の国であるレオネカ王国とは百年ほど前の世界大戦では敵対関係だった影響で、互いに干渉しない関係が続いていた。だけど四年前、海難事故で沈みかけていたピスキス王国の貨物船をレオネカが救助してから、少しずつ交流が生まれて友好関係が築かれていた。

そして一年前、同盟関係へと進む為に大任を任されたのがセシル王子だった。

セシル王子は同盟を成功させる為に、任された日から下準備に抜かりはなかった。ピスキスの歴史から現状も詳細に調べ直して、同盟条件についても色々な可能性を鑑みた。「準備は万全だ」とセシル王子も言っていた。


『気負わなくて良い。交渉自体は私の役目だ。ただ、……誰かいる方が心強いんだ』

私も一緒に同行して欲しいとは言われたらから応じたけれど、私にできることなんて何もなくて、セシル王子も自分の責任だと言っていた。私は本当にただの付き添いだった。

でもその「誰か傍にいるだけ」の安心感は私も痛いほどよくわかったから、一緒にいた。……本当に、一緒に()()()()()()()

ピスキスまでは良かった。だけど、会談の直前にセシル王子が体調を崩した。私が朝会った時には「よく眠れなくて」と顔色も蒼白で、さらには会談が近付くにつれて酷くフラついていた。回復魔法を使う自信すら当時はなかった私は、会談は延期にして医者にと言ったけれど、セシル王子は誰にも言わないでくれと言って断行した。

もともと優しさが災いして気苦労や心配性で胃を痛めやすい人だったから「こんなのいつものことだ」と言ってそのまま会談は始まってしまった。


『父上に任された大任を放り出すわけにはいかないっ……これには両国の未来がかかってる……!』

今までで一番険しい表情で歯を食い縛っていた。

けれど、ピスキス王国からは同盟に批判的な軍隊長からの圧力をかけられ、更には突然突きつけられたピスキス優位に傾いた無茶な要求も重なって、セシル王子は会談中に倒れた。

同盟交渉は決裂。セシル王子が目を覚ました時にはもう全てが終わっていた。セシル王子の体調が回復する前にまるで締め出されるようにピスキス側から帰りの馬車に乗せられることになった。



『あんな情けない王子を交渉に寄越すなどレオネカ王国はどうかしている』



きっとあれが、決定打だった。

扉を開けられた馬車に乗り込む直前、振り返れば大臣達の嘲笑が聞こえた。敢えて聞かせたのかどうかはわからない、だけど私にも傍にいたセシル王子にも確かに聞こえていた。

馬車にかけた足が一瞬止まって、だけどセシル王子は振り返らなかった。まるで聞こえなかったみたいに乗り込み馬車の中では首を垂らしたまま俯き、……もう何も話さなかった。


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