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転生先はモブ令嬢でしたが魔法ギルドの隅で薬を作っていたら国を救うことになりました  作者: 渚月(なづき)


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第六話 偽りの論文と本物の薬

臨床試験に名乗りを上げたのは、エドヴァルト王太子だった。


「殿下が私の薬を?」


レオンの表情が初めて曇った。


「エドヴァルトは慢性的な発熱に悩んでいる。既存の魔法薬では一時的にしか効かない」


「殿下の主治医は?」


「クレメンス侯爵の推薦で就任した人物だ。信用できない」


「王太子の治療自体が、侯爵の権力維持に利用されている可能性がある」


吐き気がした。


「患者の治療を政治に利用するなんて」


「患者の治療を政治に利用するなんて」


前世でも、製薬業界の闇を見たことがある。

利益のために臨床データを操作する企業。副作用を隠蔽する経営陣。

あのとき私は、声を上げられなかった。


でも今は違う。


「レオン。王太子殿下の治療を引き受けます。ただし条件があります」


「条件?」


「すべての工程を完全に記録すること。投薬量、時間、経過、副作用の有無。一つ残らず」


「当然だ」


「そしてその記録を、複数の第三者に保管してもらうこと。改竄されないように」


「ギルバートとベアトリス事務局長に頼む」


「ベアトリスさんは中立を保っている方では」


「だからこそ適任だ。中立の第三者が保管した記録は、どの派閥からも信頼される」


(……この人は常に二手三手先を読んでいる。)


「だからお前の薬が必要だ」


「万が一のことがあれば——」


「責任は私が取る」


「私が作った薬です。私が責任を持ちます」


「覚悟はあるか」


「あります。研究者として」


エドヴァルト王太子は穏やかな人だった。金髪に灰緑の瞳。目の下に深い隈。


「コレット嬢。薬を見せてもらえるかな」


「こちらが試作第三号です」


透明な液体の小瓶を差し出した。


「美しい薬だ。既存のものは濁っていて苦い。レオンが熱心に推すわけだ」


「レオン理事が?」


「手紙を送ってきた。あの堅物が手紙を書くのは珍しい。よほどの信頼だね」


ギルバート立会いのもと、初回投薬を行った。


一日目——変化なし。

二日目——微熱がわずかに下がった。

三日目——顔色が目に見えて改善した。


「隈が薄くなっている」


一週間後。慢性的な発熱がほぼ消えた。


「生まれて初めて体が楽だ。こんな気分は記憶にない」


「生まれて初めて体が楽だ。こんな気分は記憶にない」


王太子の目に涙が浮かんでいた。


「殿下。まだ経過観察が必要です。油断はできません」


「分かっている。だが——希望を持てることが、これほど嬉しいとは思わなかった」


「希望?」


「私は長い間、自分の体が国の重荷になっていると感じていた。病弱な王太子は、政治的に利用されやすい。だから——健康であること自体が、政治的な武器になる」


「殿下は、そこまで考えて」


「コレット嬢。君の薬は、私の体だけでなく、この国の未来も治してくれるかもしれない」


大きな言葉だった。

けれど王太子の目は本気だった。


(……報われた。研究者としてこれ以上の喜びはない。)


レオンが報告を聞いた。


「七日で慢性発熱が消えた。既存の魔法薬では三年かけても達成できなかったことだ」


「まだ一例です。再現性を証明しなければ」


「東区の第二診療所で追加試験を行え。八名分のデータがあれば十分だ」


「八名は少なくないですか」


「この薬に関しては、質が量に勝る。八名全員に効けば、偶然ではないと証明できる」


王太子の目に涙が浮かんでいた。


(……報われた。)


けれどクレメンス侯爵が黙っているはずがない。


翌日、査問状が届いた。


査問状が届いた。


レオンが理事室に呼んだ。


「予想通りの展開だ。侯爵が理事会の旧貴族派を動かして、お前を査問にかけた」


「予想通り——ということは、対策も準備済みですか」


「ああ。理事規定第十七条が盾になる。だが、もう一つ必要だ」


「何ですか」


「ベアトリス事務局長。あの人が動けば、旧貴族派の多数決を覆せる」


「ベアトリスさんは中立を保っている方では」


「中立が動くときこそ、最も大きな力になる。問題は、何があれば彼女を動かせるかだ」


「……事実です。感情ではなく、客観的な事実の積み重ね」


「分かっているじゃないか」


レオンは微かに笑った。


「ベアトリスには私から話す。お前は証拠の最終整理を」


「はい」


「無許可の臨床試験により薬務部門の規定に違反した疑い」


罠だ。許可はレオンが出している。だが理事会決議で許可自体を無効にできる。


手が震えた。けれど証拠はある。


許可書。ギルバートの立会い記録。

王太子の経過報告。投薬の全記録。


そして、薬草園で聞いた侯爵の密談のメモ。


「観察、仮説、検証、証拠提示」——前世で叩き込まれた手順が今この瞬間のためにあった。



東区の第二診療所で追加臨床試験も行った。慢性発熱の患者八名に投薬。


三日で八名全員の症状が改善した。ギルバート立会い。記録完璧。


「再現性が証明された。偶然ではない」


査問の場で、すべてを出す。


モブ令嬢の反撃が、ここから始まる。


モブ令嬢の反撃が、ここから始まる。


フランが走ってきた。


「コレット! 査問状って——大丈夫なの?」


「大丈夫。証拠は揃っている」


「でも相手は侯爵だよ。権力で握り潰されたら——」


「握り潰せないだけの証拠を揃えるのよ。王太子殿下の治療記録。八名分の臨床データ。ギルバート先生の立会い記録。全部ある」


「……コレットって、怒ると静かになるんだね」


「怒ってないわ」


「嘘。目が据わってる」


「……少しだけ怒ってる」


「少しだけ?」


「とても怒ってる。でも感情で動いたら負ける。証拠で勝つ」


フランは真剣な顔で頷いた。


「私にできることは?」


「追加臨床試験の記録を、きれいに清書して。読みやすく、正確に」


「任せて。字を書くのだけは得意なの」


「知ってる。フランの清書、すごく読みやすいもの」


フランの目が潤んだ。


「……泣かないでよ。まだ戦いの前なんだから」


「泣いてない。目にゴミが入っただけ」


「嘘つき」


二人で笑った。査問を前にして、笑えることが不思議だった。

けれど——一人じゃないということが、こんなにも心強いとは。


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