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転生先はモブ令嬢でしたが魔法ギルドの隅で薬を作っていたら国を救うことになりました  作者: 渚月(なづき)


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第三話 盗まれた処方箋

実験室に入って最初に気づいたのは、昨夜の実験ノートが二ページ分、破り取られていることだった。

呼吸が止まった。


破られたのは解熱薬の核心部分。

低温抽出法の手順と配合比率が書かれたページだ。


ノートは昨夜、鍵をかけて保管した。

鍵は私だけが持っている——はずだった。


(……誰かが合鍵を作った。あるいは魔法で開けた。)


フランが走ってきた。

赤毛のおさげを揺らして、息を切らしている。


「コレット! 大変! イレーネ様が今朝、新しい論文を提出したの! 解熱薬の改良法で、低温抽出で魔力消費を抑えるっていう——」


血の気が引いた。


「見せて」


フランが持ってきた論文の写しを読む。内容は私のノートそのままだった。


「これは私の研究よ」


「やっぱり! でもどうすれば」


「証拠がなければ告発できない。今の段階では、侯爵令嬢で主席研究員のイレーネ様の立場のほうが強い」


「そんなの不公平だよ」


「不公平よ。だから証拠を集める」


前世の鉄則。「仮説、検証、再現、記録」。そして証拠は物理的に保全すること。


前世の製薬会社で、同僚にデータを盗まれたことがある。

そのときは証拠保全が遅れて、泣き寝入りするしかなかった。


上司に訴えても「証拠がない」の一言で片付けられた。


あの悔しさは、体が覚えている。

同じ轍は——絶対に踏まない。


破られたノートの断面を確認する。繊維の断裂パターンは一致するはず。ノートの背表紙の綴じ糸に破り取った痕跡が残っている。


「フラン。このノートの綴じ目を今のまま保全して。それと論文の提出日時と、私が昨夜実験室にいた時間の記録を調べて」


「入退室記録ね。分かった」


「それが第一の証拠になる」


フランは走っていった。


「それが第一の証拠になる」


「他には?」


「ノートのインクよ。私は自分で調合した特殊なインクを使っている。市販品とは成分が違う。イレーネの論文の下書きが残っていれば、インクの分析で照合できる」


「インクまで自分で作ってるの? さすがコレット」


「研究者の基本よ。道具は自分で管理する」


「三つ目は?」


「ノートの左端に描いてある花の落書き。あれは私だけの癖。イレーネの論文にその花があるかどうか」


「花の落書き? あのカモミールみたいなやつ?」


「……カモミールって分かるの?」


「だってコレット、いつも薬草の話してるし。花を描くならカモミールだろうなって」


(……フランにまで見抜かれていたのか。)


フランは走っていった。


一人になった実験室で深呼吸した。


(……前世でもデータを盗まれた経験がある。あのときは証拠保全が遅れて泣き寝入りした。同じ轍は踏まない。)



午後。レオンに報告した。


「ノートが破られ、同じ内容の論文がイレーネの名前で提出された」


「証拠は」


「三つ準備しています。綴じ目の痕跡。入退室記録の照合。そして——ノートの左端の花。あの癖がイレーネの論文にあるかどうか」


レオンの目が光った。


「花があれば、原本を写した証拠になる」


「はい。さらに、私のインクは自家調合です。市販品と成分が異なります」


「四つの証拠か。用意周到だな」


「以前に似た経験がありますので」


「以前に?」


「……学生時代に」


(……前世と言いかけた。危ない。)


レオンは追及しなかった。


「証拠が揃い次第報告しろ。鍵は魔導式に交換する。解錠記録が残るものだ」


「ありがとうございます」


レオンはノートの花の落書きを見つめた。


「この花——カモミールか」


「え? 言われてみれば……無意識に描いてるので」


「薬草だな。お前の研究に合っている」


(……ただの落書きなのに、この人は花の種類まで見抜くのか。)


「気をつけろ。クレメンス侯爵が動くのは時間の問題だ」


「はい」


理事室を出て、廊下を歩く。手が震えていた。怒りと不安が混ざった震え。


理事室を出て、廊下を歩く。手が震えていた。


けれど——怒りだけではない。

悔しいのだ。自分が油断したことが。


ノートの管理をもっと厳重にすべきだった。魔導式の鍵に替えるべきだった。

前世で学んだはずの教訓を、この世界で活かしきれなかった。


「コレット。一つ聞いていいか」


レオンが呼び止めた。


「はい」


「お前は怒っているか」


「怒っています。でもそれ以上に——悔しいです。自分の甘さに」


「甘さ?」


「ノートの管理が甘かった。前世——いえ、以前の経験で学んだはずなのに」


「前世」


レオンの目が鋭くなった。


「……言い間違いです。以前の、と」


「そうか」


追及しなかった。けれど、あの目は——聞き逃してはいない。


「証拠を揃えろ。時間は稼ぐ」


「はい」


けれど——一人ではない。フランがいる。レオンがいる。


前世とは違う。今回は証拠を揃えて正しい手順で戦う。


実験室に戻り、新しいノートを開いた。今度は肌身離さず持ち歩く。


ペンを走らせる。左端に小さなカモミールを描いた。


ペンを走らせる。左端に小さなカモミールを描いた。


今日の仮説を書く。

盗まれた処方箋の代わりに、改良版を一から構築する。

同じ結果を、別のアプローチで達成する。


前世の研究でも同じことがあった。

データを盗まれても、頭の中の知識は盗めない。

同じ結論に、違う道筋で到達すればいい。


新しいノートに「低温抽出法・改良版」と書いた。

今度は、破られないように。

今度は、盗まれないように。

今度は——負けないように。


フランが夕方に戻ってきた。


「入退室記録、取れた! イレーネ様が深夜二時に第三実験室に入った記録がある!」


「二時。私が退室したのは一時半だから——」


「三十分後に入ってるんだよ。しかもイレーネ様は薬務部門の鍵は持ってるけど、第三実験室の旧式の鍵も使えたみたい」


「旧式の鍵を使った記録がある?」


「うん。新しい魔導式の鍵は翌日からだったでしょ。一日だけのタイミングで侵入されたんだよ」


「つまり——私が鍵を変える前日を狙った。情報が漏れていたということね」


「誰が漏らしたんだろう」


「分からない。でも、入退室記録は動かぬ証拠よ」


レオンに言われるまで、自分が何の花を描いているか知らなかったなんて、少し恥ずかしかった。


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