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転生先はモブ令嬢でしたが魔法ギルドの隅で薬を作っていたら国を救うことになりました  作者: 渚月(なづき)


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第十話 モブ令嬢の居場所

ギルドの薬務部門で、私の席はもう窓際の一番奥ではない。

第三実験室の、日当たりのいい席。


主席研究員に昇進した。モブ令嬢がギルドの頂点に立った。


けれど肩書きが変わっても、やることは同じ。白衣を着て薬を作りノートに仮説を書く。左端にはカモミール。


フランが助手として正式配属された。


「コレット主席研究員!」


「フラン。コレットでいいよ」


「一回だけ呼ばせて! コレット主席研究員!!」


「一回って言ったよね」


フランは笑った。そばかすの顔が眩しい。


フランは笑った。そばかすの顔が眩しい。


「コレット。一つ聞いてもいい?」


「何?」


「主席研究員になって、何か変わった?」


「うーん……仕事が増えた」


「それだけ?」


「あと、レオンが書類を持ってくる回数が増えた」


「それ仕事の話じゃなくて——」


「仕事の話よ」


「本当に?」


「……たぶん」


フランはにやにやしている。


ギルバートが時々やってくる。ぶっきらぼうに薬草を置いていく。


「新しい品種だ。使え」


「ありがとうございます」


「次の薬を作れ。まだやることは山ほどある」



ある日。レオンが実験室に来た。


「コレット。話がある」


「何ですか」


「王太子から正式な依頼だ。医療制度改革の一環で魔法薬の標準化委員会を設置する。委員長をお前に」


「私に?」


「王太子の指名だ。そして私の推薦でもある」


「モブ令嬢が委員長なんて」


「モブかどうかは関係ない。実力と実績で選ばれた」


「やります」


「即答だな」


「やります」


「即答だな」


「迷う時間が惜しいので。それに——前世でも同じ夢を持っていました」


「同じ夢?」


「一人の研究者の成果が、多くの人の命を救う仕組みになること。前世では叶わなかった。でもこの世界では——叶えられるかもしれない」


「叶える。かもしれない、ではなく」


「……叶えます」


レオンが笑った。もう皺を隠さなかった。


「それでいい」


「迷う時間が惜しいので」


レオンが笑った。もう皺を隠さなかった。


「もう一つ。公務ではない。個人的な話だ」


空気が変わった。


「お前のノートを拾った日のことを覚えているか」


「もちろん」


「あの日ノートを読んで——研究者としての感動だけではなく、もう一つ感じたものがあった」


「何を」


「ノートの左端の花を見て、この人に会いたいと思った。技術でも知識でもなく、純粋な好奇心が描いた花。それを見て——」


レオンが視線をそらした。首の後ろが赤い。


「一人の人間として会いたいと思った」


「レオン」


「迷惑だったら忘れてくれ」


「忘れません」


「忘れない?」


「忘れたくないです。それに——私もです」


「お前も?」


「ノートを返してくれたとき手袋にインクがついていたでしょう。あのとき思ったんです。この人は一ページ一ページ丁寧に読んでくれたんだって」


「……そんなところを」


「観察は得意なので」


レオンの素手が、私のインクで汚れた手に触れた。火傷の跡同士が重なった。


研究者の手と、研究者の手。


フランが扉の向こうから覗いてすぐに引っ込んだ。走り去る足音と「やったー!」が聞こえたが、聞こえないふりをした。


フランが扉の向こうから覗いてすぐに引っ込んだ。

走り去る足音と「やったー!」が聞こえたが、聞こえないふりをした。


ギルバートが廊下から声をかけた。


「おい若いの。いちゃつくなら実験室の外でやれ」


「いちゃついてません!」


「わしの目は節穴ではないぞ」


ギルバートは薬草の束を投げ渡して去っていった。

新しい品種。ラベルに「カモミール改良種」と書いてある。


(……先生なりの祝福なのかもしれない。)


レオンが薬草を受け取った。


「ギルバートは相変わらず不器用だな」


「レオンに言われたくないと思いますよ」


「……否定はしない」


窓から光が差している。


窓から光が差している。


モブ令嬢はもう隅っこにはいない。

けれど左端にカモミールを描く癖はきっとずっと変わらない。


ノートを開く。新しい仮説を書き始めた。

隣の席でレオンが書類を広げている。


同じ部屋で、同じ時間を過ごす。

それだけのことが、こんなにも——温かい。


同じ部屋で、同じ時間を過ごす。

それだけのことが、こんなにも——温かい。


ベアトリスが書類を持ってきた。


「コレット主席研究員。委員会の初回会議は来週月曜日です。資料の準備をお願いします」


「分かりました。ベアトリスさん」


「それと——おめでとう。遅くなったけれど」


「何がですか」


「全部よ。主席研究員の昇進も、委員長の就任も、それから——隣の席の人のことも」


「え、それは——」


「事務局長は全部見ているのよ」


ベアトリスは微笑んで去っていった。


エドヴァルト王太子から手紙が届いた。


「コレット嬢。体調はすこぶる良い。君の薬のおかげだ。隈も薄くなったと言われた。これから改革に全力を注げる。感謝する」


手紙の最後に、小さな追伸があった。


「レオンが最近よく笑うようになったと、幼馴染として報告する。原因は明白だ」


(……王太子にまで見抜かれている。)


フランが走ってきた。


「コレット! ギルバート先生が来てるよ!」


「分かった。行くわ」


ギルバートは実験室の隅に座っていた。


「おい。わしの改良カモミール、育ってるか」


「はい。元気に育ってます」


「よし。次はこれを使って新しい処方を考えろ。解熱だけでなく、慢性痛にも効く薬を」


「慢性痛……前世の知識なら、いくつかアプローチが——」


「前世の話はわしにだけしろよ。レオンの若造にも話したんだろうが」


「先生も知ってたんですか」


「わしの目は節穴ではないと何度言えば分かる」


ギルバートは不機嫌そうに去っていった。

でも最後に振り返って、小さく言った。


「よくやった。わしの後継者として、合格だ」


涙が出そうになった。


「先生——」


「泣くな。薬が塩辛くなる」


——実験ノートの左端に、今日のカモミールは二輪だった。


ノートの最後のページに、小さく書いた。


「この世界のすべての人に届く薬を作る。前世の夢を、この世界で叶える」


その横に、カモミールを二輪描いた。

一輪は私。もう一輪は——隣の席にいる人。


レオンが顔を上げた。


「何を書いている」


「秘密です」


「秘密か」


「いつか見せます。全部終わったら」


「全部とは」


「薬が国中に届いて、誰もが健康でいられるようになったら」


「長い道のりだな」


「ええ。でも——隣にいてくれる人がいれば、歩けます」


レオンは答えず、ただ静かに自分の書類に戻った。


けれど——指先がかすかに震えていたのを、私は見逃さなかった。


——実験ノートの左端に、今日のカモミールは二輪だった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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