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第一話 モブ令嬢は隅っこが好き
魔法ギルドの薬務部門で、私の席は窓際の一番奥にある。
誰にも邪魔されない、最高の場所だ。
ハイネ子爵家の五女。
継ぐものもなく、嫁ぐ予定もなく、魔力は人並み以下。
この世界の物差しで測れば、私は紛れもないモブだ。
ただ——ひとつだけ、誰にも言えない秘密がある。
前の世界の記憶を、持っている。
光る板を叩いて論文を書き、白い部屋で試験管を振っていた。
製薬会社の研究員だった前世の記憶が、この手に残っている。
魔法の才能はない。
けれど、薬の知識なら——この世界の誰にも負けない自信がある。
だから私は、この隅っこで十分だ。
目立たず、騒がず、好きな研究を続けられればそれでいい。
実験ノートを開く。
今日の仮説。この世界の薬草と前世の薬理学を組み合わせれば、既存の魔法薬より安定した解熱剤が作れるはず。
丸眼鏡を押し上げ、ペンを走らせる。
インクが袖に飛んだ。いつものことだ。
没頭していた。
だから気づかなかった。
ノートを閉じて席を立ったとき、その端が風に煽られて、通路に滑り落ちたことに。
翌日。
私のノートが、公爵家の当主の手の中にあった。




