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やっぱり私はヒロインでした!  作者: 神月ひかる


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第八話

 軽く学園の紹介を受けて、一日目は解散になった。多くの女子生徒は教養科の友達と寄り道をして帰ったり、カフェテリアに行ったりするらしい。


「私はどうしようかしら……」


 ガヤガヤと人の行き交う廊下に佇んでいると、覚えのある声が聞こえた。


「あの、君、あの時の子だよね?よかったらこれから研究部に来ない?見学で」


「あら、こんにちは」


 私はほっとした気持ちで振り返る。


 入学試験の日に出会った男の先輩が後ろに立っていた。見た目に関しては相変わらず怪しさ満点である。


「改めまして、リラ・ヴァイオレットと申しますわ。ぜひお伺いしたいです」


「僕のことはレトって呼んでね」


 そう言って彼は踵を返す。


 着いてこいと言うことだろうか。フルネームは名乗ってくれないんだな、と思いながら、私はその背中を追いかけた。


「レト先輩ですね。かしこまりました」


 彼の背中を追いかけるうち、廊下に人が少なくなった。完全に人影がなくなっても、レト先輩は学園の奥へとずんずん歩いていく。


「あの……」


 不安になって声をかけようとした瞬間、レト先輩は古びたドアに手をかけて振り返った。


「ここだよ。ようこそ、魔石研究部へ」


 ガチャ、とドアが開く。


 薄暗い廊下に室内の明かりが漏れ出てくる。白い漆喰塗りの部屋に入ると、ピリッと張り詰めた空気に息を呑んだ。


 中央にはデスクが四つあり、壁に沿って顕微鏡や蒸留機や、私が知らない様々な設備が設置されていた。


 真ん中あたりを区切った衝立の奥にも何かあるらしく、部屋は想像していたより広い。


 部屋の中には二人の人がいる。


 赤い髪を低い位置で二つ結びにした女性と、明るい茶色の髪の男性だ。二人は入って来た私たちを一瞥もせず手元に見入っていた。


「皆、お客さんだよ」


 レト先輩はパンパンと手を叩く。


 二人の肩がビクッと動いた。


「なに〜?」


 二人は怠そうに頭を上げる。ゆっくり首を回した赤毛の先輩と目が合う。次の瞬間、先輩はガタッと立ち上がって両手で私の手を取った。


「君、新入生!?レトったらかわいい子連れて来ちゃって。隅におけないなあ」


 二つ結びの赤毛が楽しげにぴょこんと動く。眼鏡の奥で、緑と紅色のバイカラーの目が知的な光を浮かべて輝いた。


「私ジェルベラ・グルナ。ベラでいいわ」


「リラ・ヴァイオレットです。よろしくお願いします、ベラ先輩」


「先輩だって。ふふ、かわいい〜」


「俺たちだって先輩と呼んでいるでしょう?」


 明るい茶髪の先輩が椅子から立ち上がって来て言った。


「女の子は別よ。全くこのクラブって男しか入ってこないんだから」


「ベラ先輩は僕たちの先輩なんだ」


 レト先輩が教えてくれる。


「ランテルヌ・マロン。よろしくね」


 ベラ先輩と話し終わった茶髪の男性は、そう名乗って軽く片手を挙げた。蜂蜜色の瞳が柔らかく細められる。


 マロン先輩はレト先輩と同学年らしい。いかにも女性に好かれそうな、整った中性的な顔立ちをしていた。


「リラ・ヴァイオレットです。皆様ここで魔法道具の研究を?」


「俺はね。ベラ先輩は違うよ」


 マロン先輩は、さっきまでベラ先輩がいたデスクに目をやる。


「私は基礎研究をしているの」


「基礎研究?」


 首を傾げた私に、ベラ先輩は魔石を持って来てくれた。


「魔石がどうして燃料として使えるのか、知ってる?」


「えっと、魔石には精霊が宿っていて、私たちの願いを聞き届けてくれます。色入りは精霊との親和性が高いから、より高位の輝石を扱うことができると……」


 家庭教師に教えられたことをそのまま話すと、先輩は大きく頷いた。


「正解。そう言われているわね。じゃあリラは、精霊を見たことがある?」


 私は目を瞬いた。


「ありませんわ」


「そう。誰も見たことがないのよ。どうして魔石が魔石なのか、輝石との厳密な違いは何なのか、誰も知らない。私はそういうことを研究しているの」


 生活の役には立たないんだけどね、とベラ先輩はいたずらっぽく笑った。


「いいえ!すごいです!とっても面白そう……いえ、難しそうな研究ですわ」


「面白そうでいいのよ。リラも魔石が好きなの?」


「大好きです」


 私は大きく頷いた。


「王城の研究室でも基礎的な研究をしている人は少なくて、ベラ先輩の研究はこの分野で最先端なんだ。我が事ながら、結構本格的な研究部なんだよ」


 そう言ったレト先輩にぶつかる勢いで、マロン先輩が肩を組んだ。


「こいつのお陰でね」


「やめろよ」


 レト先輩が照れ臭そうにマロン先輩を押し返す。きょとんとしている私に、マロン先輩は声を潜めて言った。


「こう見えてこいつ、シアン家の長男なんだよ」


「ええっ」


 思わず大声を出してしまった私は慌てて口を押さえる。


 シアン家と言えばルージュ家、ジョンヌ家と並ぶ三大公爵家の一つ。代々優れた研究者を輩出し、他の二家に比べて規模は小さいながらもシアン家を敵に回したら生活が立ち行かないとまで言われる大貴族である。


 レト先輩が実家の伝手を使って支援しているお陰でこの研究部には設備が揃っているのだとマロン先輩は言った。


「いや、長男とはいえ、後継は弟に譲ってるし、僕はもう研究しかしてないから……あの、気軽に接してくれると嬉しいなって」


 はにかみつつ言うレト先輩。


 その様子が逆にこの話が本当だと裏付けていた。ベラ先輩に肘でつつかれてレト先輩は名乗った。


「レトワール・シアンだよ。さっき名乗らなくてごめんね。ちょっと、恥ずかしくて」


 レト先輩は頭を掻いた。長い前髪の奥に鮮やかな群青色の瞳が見える。私は深くカーテシーをする。


「いや、あの本当!僕はただの学生だから!前みたいな感じで、接してくださいね」


 レト先輩まで頭を下げる。


「あ、頭を上げてください!」


 慌てて私が止めると、ベラ先輩とマロン先輩がくすくす笑った。


「ま、普通の先輩として接してあげてよ」


 ベラ先輩がカラッと笑う。


「そ、そうします」


 私は戸惑いつつ笑顔を浮かべた。

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