第五話
いつも夕食を摂る部屋に集まった四人の間には、重苦しい空気が流れていた。
お義姉様とお義母様は責めるような目線でお父様を見て、二人に挟まれたお父様は肩身が狭そうに俯いていた。
私の知っているお父様ではないみたい……と私は思う。
私の知っているお父様は、貴族で優しくて頼り甲斐のある、幼い頃の素敵なお父様だ。
「説明して頂きましょうか」
赤みの橙色の瞳をきらりと光らせてお義母様が言った。
「お父様、私も知りたいです。どうして私は、下町で育てられたのでしょう?」
私もダメ押しすると、お父様は観念したように話し出した。
「リラの瞳だ。他の貴族にバレたら、リラまで貴族にして縛ってしまう」
お父様は昔から、貴族の義務というものが気に入らなかったのだと言った。
自分が輝石の手入れをして領地を維持している間、民はのうのうと生きている。
堅苦しい社交も好きになれなかった。華やかに見えて水面下では様々な思惑が飛び交っていて、一つの失言でもあればたちまち広まって白い目で見られるようになる。
結婚相手まで政略で決められてしまい、このままでは人生が縛られると思ったお父様は逃げるようにこの家にも寄り付かなくなった。
下町をうろうろ歩いていたお父様は貴族令嬢にはない天真爛漫な笑顔を持つ私の母、アリスに心を癒されたのだと言う。
二人はこっそり会うようになり、私が生まれた。
そして生まれた私の瞳を見た時、恐ろしくなった。私はお父様が逃げた貴族の義務を象徴するかのように、伯爵家の純粋な色を継いでいたのだから。
母とお父様の縛られない愛の結晶だったはずの私が色入りだったことで、お父様は下町に来るのをやめようとした。
しかし母と離れる決心はなかなかつかず、七歳になって私の瞳の色が安定してとうとう、決心して会いに来るのをやめたのだそうだ。
「リラのことを明かせば、リラとアリスまで貴族にして縛ってしまう。仕方がなかったんだ」
お父様はため息混じりに言った。
お父様の顔から目線を離すと、お義母様がぞっとするほど冷たい目でお父様を見ていた。
なんだそれ。
話を聞いた私はただそう思った。
私たちのことを思うように言って、自分が下町に逃げ場を残して起きたかっただけじゃないか。
せめてどうして家に来なくなるのかを言ってくれれば、母は壊れなかったかもしれないのに。
「カ、カレン。そんなに睨まないでくれよ。結局トラブルも起きなかったのだし……」
お父様がヘラッと笑う。
スッとお義母様の顔から表情が消える。
トラブルが、起きなかった?母の気持ちとお義母様の気持ち、両方を踏みにじっておいてどの口で。
「左様でございましたか」
お義母様は感情のない目のまま貴族らしい微笑みを浮かべる。
お父様は神妙な顔を心がけているようだが、あからさまにホッと方を下ろした。
やはり何もわかっていないようだ。お義母様はその一言で、お父様を見放したのに。
お義姉様が口を開いた。
「リラを下町で育てた件、私も色々と言いたいことがあったのですけれど、もう結構です。後継はリラでなくて問題ないのですね?」
「とんでもない!リラに伯爵位だなんて!」
お父様は悲痛な叫び声を上げる。
私たちの未来を案じるような言い訳をするが、お父様の目には自分のことしか見えていない。
私は思わず目を伏せる。
「お父様。私爵位を継ぎたいとは思いませんが、貴族の義務を背負いたくないと言った覚えはございませんわ……」
「そんなことを言わないでおくれ、リラ。三人で下町で暮らして、楽しかっただろう?」
ずっと大事にして来た記憶が脳裏に蘇る。
門の前に立ったお父様に気づいた私が指差して、母の手を取って連れていく。母とお父様が抱き合って、離れてからお父様は私を高く抱き上げてくれる。
幸せな思い出のはずが、急に色褪せて感じられた。
私は無理に口角を上げると、口を開いた。
「ええ。とても、良い思い出でした」
話し合いが行われたからと言って、伝統と世間体に雁字搦めの伯爵家で何かを変えるわけにはいかない。
お義母様が離婚するわけにはいかないし、頼りないからとお父様が爵位を降りるわけにもいかないのだ。
側から見れば前と同じ日々、だけど私たちの関係は少し変わった。
「少し気が楽になったの」とお義母様は言う。
「あの人と結婚してから蔑ろにされていた原因は私じゃなかったのだから」




