第二話
踵を返した女性はお屋敷の中に入ってズンズン進んでいく。私はブレないその背中を追いかけた。ふわふわの絨毯の上を歩きながら使い込んだ自分の靴を見下ろす。
廊下にいるメイド服の侍女たちが私たちを遠巻きにして見ていた。
なんだかすごく場違いな気がして、自然と目線が下を向く。
……っいやいや!
大丈夫。私はヒロイン。
心の中で復唱して顔を上げる。どの道引き返せないのだ。
一つの扉の前で立ち止まった侍女長が、コンコンコン、とノックする。
「お連れしました」
「入って」
女性にしては低い色気のある声が中から聞こえて来た。
侍女長が私にアイコンタクトして扉を開ける。
「失礼します」
私は軽く頭を下げて部屋に入った。
「本当に紫色の瞳をしているのね」
顔を見るなりオレンジブロンドの女性がため息混じりに言った。女性は部屋の中央に置かれたテーブルの椅子に腰掛け、赤みがかったオレンジ色の瞳でこちらを見ている。
その女性が発する圧に唾を飲み込み、私は意を決して口を開いた。
「あの、奥様」
「畏まらなくていいわ。もう決めたから」
私の言葉を遮ってひらりと手を振った。
「貴女を私の養子にして、ヴァイオレット伯爵家の令嬢とします」
「…………え」
時が止まった。目を瞬かせた私は、次の瞬間声を裏返らせる。
「ええっ!?」
「その大声ではやり直しね。伯爵令嬢としての敎育も受けてもらうわ」
「あっ!はい!」
私は慌てて両手で口を抑える。
「あなたの望みはここで働くこと。生活の保証、ということでいいのかしらね?」
「はいっ!あ、その……」
目を泳がせる私に、奥様は無言で続きを促した。
「母をお医者さんに見せたいんです」
「手配しましょう。貴女の母親には離れに居室を与えるわ。貴女は本邸。わかるわね」
私は口を引き結んでコクっと頷いた。思いがけない展開になってしまったが、母を医者に診てもらえるならそれで良い。
そもそも伯爵令嬢になるのは「きせデレ」ヒロインの運命だ。二、三年早まったところで、教育を早く受けられる分むしろ運がいい。
「マーサ」
「はい奥様」
奥様が声をかけると、気配を消していた侍女長が答える。
「この子に着替えを。それと説明をしておいて」
「かしこまりました」
侍女長はそう言って踵を返す。私は奥様と侍女長を何度か目で往復した後、慌てて侍女長を追いかけた。
「そうだ。貴女、名前は?」
奥様が呼び止める。侍女長は歩みを止めた。
「リラといいます。奥様」
「ではリラ。私のことはお義母様と呼びなさい」
「かしこまりました。お義母様」
四十五度にお辞儀をして、私は部屋を出る侍女長に続いた。
「あの、マーサさん」
「私のことはマーサと」
「はい!えっと、マーサ。お義母様はどうして養子になんて……」
「それを含め、お着替えの後にご説明します」
「わかりました。ありがとうございます」
マーサに着いて行った先はバスルームだった。お風呂に入って貴族が使う高級石鹸で磨き上げられ、義姉にあたるお義母様の娘のお古だというドレスを着る。
鏡の前に立って、私はほうっとため息をついた。
馬子にも衣装……というか、そのレベルでなくよく似合う。全くドレスに負けない私の容姿と華やかなドレスが引き立てあって、静かな存在感を放っていた。
さすがはヒロインのポテンシャルである。
「よし。かわいい」
自分にしか聞こえない声で呟いた私は頷いて、後ろで控えているマーサを振り返った。察したマーサが言う。
「では行きましょう」
マーサに案内されたのは、さっきお義母様がいた部屋より大きな部屋だった。ここで家族で晩餐をするらしい。
大きな机を挟んでお義母様と同年代の女の子が座っている。
あ、あの子がお義姉様か。
私が入って来たのを察して目を伏せる。
お義姉様はお義母様に似た明るい茶色の髪が真っ直ぐ綺麗に伸びて、深い紫と橙色のバイカラーの瞳をしていた。
お義母様に促され、向いの席に腰掛ける。少し静寂の間を置いてから、お義母様は口を開いた。
「貴族がなぜ貴族か、貴女は知っているかしら」
「?いえ」
目を瞬かせる私を見て、お義母様はまた小さくため息をついた。
お義母様が言うには、この世界の貴族は平民にはない、色入りの瞳を持っているのだと言う。ほとんどが黒、もしくは焦茶の瞳である平民とは違い、色入りの貴族は「輝石」を扱うことができる。
「あの、輝石とはなんですか?」
「王都の結界を維持し、領地の土地を肥やす魔法の触媒となるものです。魔石を知っているでしょう?輝石は魔石と同じ組成で格上のものですよ」
「なるほど」
魔石は高価だが、輝石より格が低いので色入りでなくとも扱える。いわゆる家電の動力として裕福な商人には浸透していた。
私が頷くと話を続けた。
貴族はそれぞれの家ごとに決まった色が瞳に現れるらしい。
世代を重ねるごとに深い色になっていくが、ときどき先祖返りのように透き通った瞳を持つ者が生まれる。そういう瞳を持つ人は輝石を扱う能力が高く、高位貴族の配偶者に望まれることが多いのだそうだ。
透き通った瞳を持つ、つまり私のことである。
よく見る異世界ものと違うのは、その家の色を外部に流出させないため、愛人との間にできた子でも家が隈なく認知する必要がある。
私なんて絶対に知られていなければならないはずだが、伯爵は下町に囲い続けた。
「何を考えていらっしゃるのでしょうね」
ため息混じりにお義母様は言って、口を閉じた。
なんか、思っていたより大きな話になってしまった。
貴族の特権だとか、家の色だとか。その辺のことはファンブックで深掘りされていたのかもしれないが、ライトな層だったからな。
っていうか、「きせデレ」の攻略対象たちの髪色と瞳の色がはっきりした色でイメージカラーになっているのって、そういう理由だったのか。
ゲームでは代々騎士団長を輩出するルージュ公爵家の次男が赤色、宰相を輩出するジョンヌ公爵家の長男が黄色、そして少し変わった公爵家で、代々研究者として国を支えるシアン家の次男が青色を担当していた。
この三家は、こちらの世界の三大公爵家にあたる。さすがというか、三原色な三大公爵家である。
ちなみにメインヒーローの王太子殿下は金色だ。




