第十五話
母が息を引き取ったのは、学園祭が終わり、秋が深まってきた頃のことだった。
伯爵家に来る前からの慢性的な睡眠薬濫用の害が出たらしい。
少し前から様子ベッドから立ち上がれなくなっていたし、ベッドの上で体を起こしては何もないところを見てニコニコ微笑んでいたりと様子のおかしいところを見て覚悟はできていた。
暖かな日の光に当たって、柔らかいベッドに縁取られた死に顔は穏やかなものだった。
「私、ここにいる意味ないんじゃないかしら」
人の来ない学園の裏庭。白色のベンチに腰掛けて、私はぽつりと呟いた。
ここ、貴族の世界に足を踏み入れたのはもともと、母を長生きさせるためだった。
魔石研究部では平民の時のようにざっくばらんに話すこともできて、楽しかったけれど……
王弟殿下の正妃を断り、母を失くし、元々宙ぶらりんな立場だった私は心理的にも宙ぶらりんになっていた。
田舎なら、瞳の色の意味を知る人も少ないかもしれない。伯爵家の領地に行かせてもらって、魔法道具店のおばあさんみたいに小さな商売で生きていけないだろうか。
カサっと草を踏む音がして、私は顔を上げた。
裏庭の入り口の方に、明るい青色の髪と瞳の背の高い男性が立っていた。
「あ……リラさん」
様子を伺っているようなその男性と目が合う。彼は戸惑いつつこちらに近づいてきた。
こんな美しい人が知り合いにいたかしら。
首を傾げて少し考える。その聞き覚えのある声の主を思い出した瞬間、私ははっとして立ち上がった。
「レト先輩!」
「あ、そ、えっと……」
レト先輩は口篭った。目があちこちに泳ぐ。
「こ、この格好は、その、ちゃんとしないといけないと思って、あの……」
頑張れ。何かわからないけれど。
心のうちで応援していると、レト先輩はごくりと唾を飲み込み、青い瞳を真っ直ぐ私に向けた。
「僕と、婚約して頂けませんか」
「……え?」
「その、前からリラさんと婚約したいなと思って、調べさせてもらってたんだ」
勝手に調べてごめんね、と眉を下げた表情に、いえ、と首を振る。
「公爵家の婚約には必要なことでしょう」
「そしたら君のお母さんが亡くなったって、聞いて、もしかしたらいなくなっちゃうんじゃないかって思って」
「そう、ですね。確かに、私はこの学園を去ろうとしていました」
そう答えると、先輩は小さく息を呑んだ。
「僕なら君の後ろ盾になることができる。領地に魔法道具研究のためのアトリエを作っていて、そこで暮らすつもりだから社交なんかで面倒をかけることもないと思う。」
レト先輩は私の懸念を全て解決する勢いで言い募った。跪いて私を見上げる。
「そ、それに、僕は君のひたむきなところが好きで、魔石や魔法道具を見るときらきら光る綺麗な瞳も好きだし、君は努力家で、優しくて、僕のことも見た目で偏見を持つことがなかったし、あ、もちろん、これだけじゃないんだけれど」
先輩は怒涛の勢いで私のことについて話し始めた。魔石について話すときと同じ、いやそれ以上に口が回っている。
「先輩!もう十分です!」
私は顔を赤くして叫んだ。レト先輩の瞳に、若干の怯えが含まれている。見た目がこれだけ変わっても、シャイなところは変わらないのだ。
なんだかほっとして、私はクスッと笑った。
答えはもう決まっていた。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
「旦那様、奥様〜!またお荷物が届きましたわ!」
カラカラ音が鳴る木箱を持って、明るいメアリーが階段を駆け上がってくる。
「ありがとう。そこに置いておいて」
顕微鏡から顔を上げて、白衣のまま部屋を出る。ドアの横に置いた机に木箱が置いてあった。そっとラベルを確認する。
差出人はジェルベラ・マロンだった。ベラ先輩からだ。ベラ先輩はマロン先輩と結婚した。今は王城の研究室所属で、期待の新人研究者として魔石の研究を続けている。
「あら、検証済みの屑魔石……でも綺麗ね。ベラ先輩は相変わらずだわ。こっちはマロン先輩の魔法道具かしら」
レトが部屋を出てきた。
「ベラさんたちからか!あっちも変わらないね〜」
人の良さそうな笑顔のレトの前髪はプロポーズの時より少し伸び、初めて見た時との中間くらいになっている。
あのときレトの顔の良さに気がついた女の子たちは残念そうにしていたが、私にとっては落ち着く長さだ。
もう少しで頬が触れそうなくらいの距離で、レトは木箱を物色する。
「ランテも良い開発者になりそうだね」
入っていた魔法道具を見て満足気に頷いた。
「ええ。本当」
最近届いた新聞で、下町育ちの伯爵家の庶子の少女が王妃になることになったと聞いた。
透き通った桃色の瞳を持っていて、輝石を扱う能力も高く、高位貴族の令嬢に負けないくらい優秀らしい。
学生時代に少々荒れていた王太子を側で支え続けたのが決め手だと言うことだった。
王太子……私と同学年にいたのは王弟殿下だ。「きせデレ」のメインヒーローは王太子だったはず。
私は首を傾げて少し考え込むと、すぐに顔を上げてパンッと手を打った。
「ま、いいわ。きちんと自分の足で歩いて来た、私はきっとヒロインだったのだから」
「やっぱり私はヒロインでした!」これにて完結です!
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