第十四話
「リラ嬢!」
集団の中から朗々とした大声が聞こえる。見ると、集団の真ん中に王弟殿下が立っていた。
集団は王弟殿下とその取り巻きらしい。制服ながらも、様々に工夫を凝らしておしゃれした令嬢たちが殿下を囲んでいた。一際目を引く華やかな巻き毛の令嬢が殿下の隣に仁王立ちして私を指差した。
「リラ・ヴァイオレット!貴女殿下に実習をご一緒していただいて学園祭は断るなんて、何を考えていらっしゃるのかしら!?」
おっとこれは悪役令嬢?
私は目を瞬かせる。立ち位置からしても、おそらく高位貴族のご令嬢なのだろう。クラスメイトではないから上級生だろうか。
殿下が一緒になって声を張り上げる。
「リラ嬢!どうか一緒に来てもらえないだろうか!」
騒ぎを起こすのはやめて欲しいわね。お義姉様の評判に影響したら事だわ。
野次馬が集まり出したのを横目で見ながら、私はそんなことを考えていた。
マロン先輩が、ベラ先輩を隠すようにそっと立ち位置を変える。先輩たちにも迷惑がかかるのだ。せめて人のいない場所でやって欲しかった。
渋々前に出て口を開きかけると、さっきの令嬢が扇子を閉じてこちらに向けた。
「殿下を差し置いてそんな方々と遊びまわるだなんて!側妃としての自覚が足りないのではなくて?」
「側妃のお話はお受けしていないはずです」
「まあっ!なんて身の程知らずな!」
殿下の斜め後ろに立っていた令嬢が声を上げる。そうよそうよ!と後ろのご令嬢方も頷いた。
「大体、殿下を差し置いて殿方とご一緒するなんて!」
「不潔ですわ!」
「それに地味です!」
後ろに立っていたご令嬢方が高い声をあげてそう言い募る。先輩たち個人の悪口も聞こえてくるほどヒートアップすると、殿下の隣の令嬢は焦った様子で振り返った。
彼女がキーキー声を上げている令嬢を止める前に、レト先輩が前に出る。
片手で長い前髪を掻き分けると右目が覗く。シアン家の証である青い瞳を見た令嬢たちは息を呑み、気まずそうに目を逸らした。
いつも猫背の姿勢を正したレト先輩は高位貴族特有の威厳を出していた。
「僕では不満かな。家の力を使うのは好きじゃないけど、リラさんに釣り合うくらいの家格はあると思うよ」
皮肉である。直系のシアン家子息が釣り合わない人間などいるわけがない。それが例え王族であっても。
殿下のおこぼれの恩恵に預かろうと後ろにいる彼女たちも、多くがレト先輩個人にすら勝てない家の出身であるはずだ。
殿下の隣の令嬢だけはレト先輩のことを知っていたのか、呆れたように頭を振った。
レト先輩に関してはむしろ私の方が釣り合わないのだけれど、とりあえずこれで良い。今ので私がレトワール・シアンの後ろ盾を持つという宣言になった。思うまま振る舞っても彼女たちからの非難を受けることはない。
「殿下は私を側妃にしたいとお考えでしょうか」
集団の中心に真っ直ぐ目を向けると、殿下は慌てて首を振った。
「誤解だ!私はリラ嬢を正妃に迎えるつもりだ!」
殿下の言葉を聞いた周りの生徒がざわっと揺れる。
なんと、まさか。
私は目を見張った。
「正妃、ですか」
ゆっくりと息を吐き出し、私は目を伏せる。口の端に乾いた笑いがのぼった。側妃ならばまだ良かった。でも、正妃は……普通の伯爵令嬢ならばまだいい。殿下は王位を継ぐことはほぼない身だし、愛し合っている相手ならばそう言うこともあるだろう。
しかし私が殿下の正妃となったなら。トラブルが起こることは目に見えていた。
「殿下。それは、私には荷が重いことでございます」
「心配ないよ。リラ嬢は美しく優秀だ。きっと周りの者にも理解させられるさ!」
殿下は白い歯をキラッと光らせて爽やかに笑った。
レト先輩をチラリと見上げると、先輩は大きく頷いた。
先輩は味方についてくれるようだ。ここで何か言っても、不敬と罰せられることはない。
私はもう少し踏み込むことにした。
「殿下はそのようにお考えになるのですね」
「うむ!その通りだ」
静まり返った廊下に殿下の明るい声が響く。いつの間にか、野次馬はたちは息を詰めてことの展開を見守っていた。
「周囲の者に認めさせられる、そう言ってくださるのは光栄です。ですが、その努力をするのは私なのです。私が王族の正妃として認められるためには、それこそ一切の隙を見せない努力が必要でしょう。理由は皆様察しておられると存じます」
「そ、それは、そうかもしれないが……」
殿下は口ごもり、目を泳がせた。私はぐっと顔を上げる、きっぱりと言った。
「殿下の正妃となることと、血の滲むような努力をすることは私にとって釣り合わないのですわ。私が望んで殿下に嫁ぐことはございません。どうかお引き取りください」
間髪入れず深々とカーテシーをする。
「顔を上げてくれ。リラ嬢」
震えた声が聞こえた。ゆっくり顔を上げると、殿下が捨てられた子犬のような表情をしていた。
「リラ嬢の気持ちも考えず、迫ってしまって申し訳なかった。今後こうして近づくことはないと誓おう。その……実習のペアになってくれてありがとう」
「私こそ、楽しい時間をありがとうございました」
殿下たちが去っていく。私は再度カーテシーをして、その背中を見送った。
「リラ、もう誰もいないわよ」
ベラ先輩の声で私は顔を上げた。振り返ると、何とも言えない表情をした三人の先輩が並んでいる。
「先輩方はお騒がせしてしまって……」
謝罪しかけた私を制して、マロン先輩が場の空気を入れ替えるように手を叩いた。
「大丈夫だよ。じゃ、また学園祭を満喫しに行こうか」
「そうね!私、テニス部のアイスクリームのお店に行きたいわ」
ベラ先輩が後に続く。
「すみません、ありがとうございます」
私もそう言って二人の後を追いかけた。
歩調を合わせて隣を歩いてくれるレト先輩を見上げる。
「レト先輩。本当に、ありがとうございました」
そう言った私に、先輩はゆるりと首を振った。
「僕にできることをしただけだよ。リラさん、よく頑張ったね」
「いえ、私はそんな……」
王弟殿下の騒動は、こうして幕を閉じたのだった。




