第十二話
学園祭当日。私は発表を控える舞台袖でバクバク鳴る心臓を抑えるべく、深呼吸を繰り返していた。
「ベラ先輩の研究はこの分野で最先端なんだ」
研究部に入部したその日に聞いたレト先輩の言葉が蘇る。講堂の客席に並んでいるのは、いかにも学者らしいしかめっつらのおじいさんたちで、モノクルをつけている人もいる。
舞台奥の白い壁に投影された資料を睨んでピリピリした空気が流れている。
「大丈夫だよ。一年生は大目に見てくれるから」
マロン先輩が耳元で囁く。
「だとしてもですね!」
小声で反論した時、学園祭運営委員会の生徒が司会原稿を読み上げた。
「第一学年リラ・ヴァイオレット嬢により発表です」
名前が呼ばれる。私は光の当たる舞台に足を踏み出した。
カツッと踵で音を立て、真ん中で立ち止まる。
「わ、わたっ」
意を決して口を開くと、喉がきゅうっと狭まったようになって声が裏返った。変に高い声がマイクを通して講堂に響く。
失敗しちゃった。どうしよう。さっと目線を走らせると、舞台袖から優しい声が聞こえた。
「リラさん」
レト先輩だ。胸の前で小さく拳を握って応援のポーズを取っている。
が、ん、ば、れ、とその口が動いた。
詰めていた息を吐き出すと、今度は微笑んで大丈夫、という風に頷いた。
先輩に向かって大きく頷くと、私はぐっと顔をあげた。
「本日はお越しいただきありがとう存じます。これより、魔石研究部一学年、リラ・ヴァイオレットによる研究発表を始めます」
カーテシーを行い、ゆっくりと体を起こす。場の空気は鎮まっていた。ピリッとした緊張感が背筋に走る。
「私の研究テーマは、『図書館資料の検索機の開発』です」
真剣にこちらを見る面々にそう言って、私は投影機を操作した。
私の研究は文字通り、図書館資料の自動検索機の開発である。
と言っても、ただ検索機を開発したのではない。これは魔石と外の情報リストを繋げられるかという実験なのだ。
結果的に家電の出力機構を工夫すれば、簡単な情報なら選び取ることができるようになると言うことがわかった。感覚としてはごく簡素なコンピュータに近い。あくまで魔石は動力のために使う。
ベラ先輩の研究が進めば、魔石に棲む妖精と協力して情報の出し入れができるかも知れない、なんてことも思っているがどうだろう。
今回の研究で開発の良い結果が出たわけではないが、最終的に前世の世界でのスマホを再現するのが私の野望だった。
「ご清聴ありがとうございました」
最後にもう一度カーテシーをすると、客席には肯定的なざわめきが起こった。
「一年生にしては、これはなかなか」
「独創的な研究だったな」
「将来が楽しみだ」
最前列に座っていたおじいさんが満足げに頷き、手を挙げた。司会の生徒からマイクが渡る。
「現在数字の分類だけができるとのことじゃが、今後文字列に発展させるための展望をお聞かせ願えるかな?」
「はい!今回使用した出力機構を拡張して……」
脳をフル回転させて答えると、おじいさんはもう一度大きく頷いた。
「ありがとう」
そう言って司会の生徒にマイクを返す。何人か文官科の上級生からの質問に答え、私は一礼して舞台袖に戻った。
「リラ!よく頑張ったわ!」
舞台袖に戻ると、かっちりと制服を着込んだベラ先輩が弾丸のように飛びついてきた。
「緊張しました……」
ベラ先輩の肩を抱いて、私はへなへなと力を抜く。
「良い発表だったよ。リラさん」
柔らかい低い声がした方に顔をあげた。
「レト先輩!」
私は自然に満面の笑みになった。
「先輩のおかげです」
「僕は何もしてないよ。リラさんが頑張ってたから」
私たちのやりとりを優しい目で見ていたマロン先輩の名前が呼ばれる。
「それじゃ、行ってくるよ」
先輩は形のいいくちびるに余裕の笑みを浮かべてそう言った。
「マロン先輩!えっと、行ってらっしゃいませ」
「頑張って来なさい!」
ベラ先輩の言葉に軽く頷くと、革靴で舞台に向かっていく。
レト先輩とマロン先輩、二学年の先輩たちの発表はさすがと言うか、安定感があった。それから満を持してベラ先輩の発表が行われる。
ベラ先輩はすごかった。舞台に上がった時から、他の発表とは雰囲気が全く違う。ベラ先輩の目にもいつもの知的でいたずらっぽい笑みとは違い真剣な光が宿っている。
私の発表に最初に質問をくれたおじいさんはその道では有名な研究者だったらしい。同じ専門のベラ先輩と白熱した議論を交わしていた。
「大人の研究者みたい……」
思わずそう呟いた私に、制服の襟を緩めたマロン先輩が近づく。
「ベラ先輩はすごいよね」
壇上のベラ先輩から目を離さないまま、私は大きく頷いた。




