白い結婚はしますが、家族はつくります♡
「この結婚は白い結婚だ。悪いが貴女を愛することはないし、家は妹の子供に継がせる予定なので、子をつくる気もない」
それを顔合わせ初日に言うかね?
庭師が丹精込めて作り上げた美しい緑溢れる庭園の中、ルイス•アーモウはぴくりと眉を震わせた。
目の前に鎮座するのはこの国きっての貴公子と名高い公爵家の男、パーズ•カーシィ。ミルクティーのように淡い栗色の髪に反し、美しい顔についた水色の瞳は鋭く冷え切っている。白い正装も相待って、まるで氷の上に建つ城のようだ。
そんな男に対して、ルイスは平べったい顔にありふれた濃い茶の髪と瞳。父似で緩く下を向いた目尻と淡いそばかすはチャームポイントとして気に入っている。
そんな一国の美しい男と平凡で身分したの女。言われれば従うしかないのが世の常であろう。
が、ルイスは母に似て人一倍気が強い。
顔のせいで気が弱く押せば折れると思う人間の多いこと。辟易する。
ルイスはぬるくなった紅茶と一緒にため息を飲み込むと、ぐっとパーズに視線を合わせた。
そして5年後の現在、ルイスは公爵家に嫁入りし日々動き回っていた。
今や立派な女主人として周囲からも認められ、家で働く者たちはすっかりルイスに魅了されていた。
なにせこれまで冷たい態度のパーズと接していたものだから、おっとりとした笑顔や柔らかい声を振りまくルイスに忠誠心を奪われても致し方のないことだろう。
彼らには口止めしているが、パーズとルイスが契約結婚であることは周知となっている。それゆえに、不遇を強いるパーズよりも不憫なルイスについ肩入れしてしまうのだろう。いい気味である。
「さて、残りの仕事はあの人とのお茶ね」
1日に1回、情報交換を兼ねてパーズとはお茶を共にしている。仕事のこと家のこと、内容は多岐に渡るが長くても30分で終わる。
「…ということで、こちらで進めてよろしいですか?」
「ああ、頼んだ」
内容だってまるで従者と主人だ。時計の針がまもなく終了時刻に届くのを見て、ルイスは紅茶をぐいっと流しこんだ。
雑なルイスのマナーを見ても終了間際には何も言わず部屋の外に追い出すパーズが、この日はおずおずと口を開いた。
「その…ルイス。今日は少し話をしないか?」
「申し訳ありませんが、もう30分となりますので、私は退出させていただきます。急な案件でない限り、お話はまた明日にしてください」
ルイスは書類の束をとんとんた机の上で整えると、さっとソファの上から身を起こした。
「そうだが、何もそう急ぐこともあるまい」
「言わせていただきますが、30分という制限を作ったのは旦那様です」
「そうだ、だから私が今日はいいと言っている」
「旦那様が良くても私が駄目です」
執務室の扉取手に指をかけ、ルイスは振り返って笑う。
「別館で家族が待っていますので」
「……っ」
言葉が続かないまま手を伸ばすパーズをそのままに、ルイスは遠慮なく外から扉を閉めた。
ここ最近のパーズはやたらと本館にルイスを留めようとする。己から白い結婚を言い出しておいて、何が貴方と話したい貴方と時間を共にしたい私たちは夫婦なんだ、だ。
悪い冗談を鼻でいなし、ルイスが別館へと続く外廊下を歩いていると、元気な声と小さな体が突撃してきた。
「おかあさん!」
「まあ、私のおちびちゃん」
亜麻色のくりくりとした髪に濃い茶の垂れ目。うっすら浮かんだそばかすも相待って愛嬌たっぷりだ。
小さな娘の体を抱き上げると、きゃらきゃらとご機嫌な声で笑って体を反らす。軟体生物のような動きに注意しながら娘を抱えなおしていると、別館の奥から娘と同じ亜麻色の短髪に黒い瞳の男が出てくる。
「おかえり、ルイス」
「ただいま、グラット」
優しい声と穏やかな雰囲気の3人は、まさに理想の家族だった。その後ろ姿を、パーズは執務室の窓から眺めることしかできない。
5年前のあの日、白い結婚契約を言い渡したパーズに返ってきたのは、了承と追加の条件だった。
「貴方以外の方と家族をつくらせてください。もちろん貴方の子供だと言い張ったり、その子供を家に入らせて欲しいなんて言いません。そうですね。妹さんのお子さんが爵位を継いだら私はお役御免でしょうし、その時には離縁しましょう」
多少なりとも慰謝料をお願いしますね、とルイスは遠慮なく付け加えたのだ。
その時は鼻で笑って頷いたものの、今となっては悔しさと羨ましさに歯噛みしている。
結婚してみればルイスはおっとりとした優しい笑みで周囲を癒し、活発な内面には度肝を抜かれつつも一緒になってつい笑ってしまうような不思議な魅力があった。
彼女と自分に子供がいれば、とても愛らしく楽しい日々となったことだろう。
しかし、彼のした選択により彼女はあっさり厨房で働いていた男爵家次男のグラットむつみ合い、愛らしい子を成した。置かれている立場こそ愛人だが、ルイスがどちらを愛しているかは一目瞭然だ。
また、パーズとルイスが白い結婚であることは屋敷のほぼ全員が知っているため、彼らを冷遇するような侍従はいない。むしろ、あんないい女主人を冷遇したパーズの方こそ分が悪いほどだ。
亡き妹の忘れ形見である義理息子も、時折別館の方を見つめては肩を落としているのを知っている。
なんとか義理息子だけでもあの輪に加わることはできないだろうか、とパーズは図々しいことを考えてしまう。
「そうだ。義理息子とうちの娘を結婚させよう!…とか言い出さないかな?」
「あら嫌だ。そんなこと絶対させないわよ」
「本当に?うちのお姫様は可愛らし過ぎるから心配だよ」
気の弱いグラットはあれこれ心配するが、本当に大丈夫なのだ。なにせ、先手を打ってルイスの子は公爵家に入ることを禁ずると契約書に記載しているのだから。
離縁した後はルイスの実家が本当の家族を連れて帰ってきなさいと言ってくれているので、領地のどこかに住まわせてもらえるだろう。
「それにしても、自分から白い結婚を言い出したくせに、今更になって何故私が彼を受け入れるなどと思えるのかしらね?」
その言葉に、グラットもさあと首を傾げるばかりだった。




