第15話 工房の仲間たち
工房に入門してから月日が立ち、雑務には慣れ始めたが、筆を握りたい衝動は抑えがたい。
顔料をすり、水を運び、床を磨き、薪を割る。
すべてが「作品の礎」だと頭では分かっても、手は紙を求めていた。
窓の外では鐘が鳴り、広場の商人が香辛料や布を並べている。
ざわめきが工房の空気に混じり、ここが世界の中心だと告げていた。
掃除を終えた僕に声が飛んだ。
「おい新入り、こっちへ」
背の高い弟子アントニオが、机の上の下絵を指差した。
「これを模写してみろ」
言葉は命令のようだった。
震える手で線を引くと、背後から笑い声。
赤毛のピエトロが肩を揺らす。
「田舎者には難しいな」
ロレンツォが鼻で笑い、わざとらしく肩をすくめる。
「大聖堂に見とれてるだけの小僧だ」
胸が熱くなる。だが反論は飲み込んだ。
昼休み、隅でパンをかじっていると、年少のマルコが隣に腰を下ろした。
「気にするなよ。あいつら最初は誰にでも言うんだ」
快活な笑顔に喉の詰まりがほどける。
「俺なんか初日、墨壺をひっくり返しただけじゃないかって笑われた」
思わず笑みが漏れた。
「昨日の模写、悪くなかったぞ」
短い一言が心に深く沁みた。
午後、ヴェロッキオ師が工房を巡った。
彫刻に取り組む者、金箔を押す者、下絵を描く者。
一つ一つの手が芸術を形作っているのだと、息が詰まるほど伝わってきた。
師は僕を指差した。
「昨日の模写を持ってこい」
差し出すと、しばし紙を凝視する。
「良い目をしているが、まだ固い。対象を包み込むように描け」
厳しい声が弟子たちをざわめかせた。
翌朝、机から木炭が消えていた。
「どうした新入り、道具も管理できないのか?」
アントニオが鼻で笑う。
仕方なく煤けた木片を拾って線を引いた。
「ふん、やるじゃないか」
ピエトロの声には皮肉だけでなく、かすかな感心も混じっていた。
その夜、窓辺でマルコと肩を並べる。
灯火の炎が壁に影を揺らし、工房全体が呼吸しているように見えた。
「お前、本当に負けないな」
「負けたくないだけだ」
「それで十分さ」
少年の瞳は澄んでいた。
僕は黙って線を走らせた。
黒く汚れた指先が、確かに今日を刻んでいた。
作業を終えた頃、ピエトロがからかう声を飛ばした。
「煤だらけの顔で大聖堂に入ったら、像にすら笑われるぞ」
工房に笑いが広がり、僕もつい吹き出した。
温かい笑い声が、石壁に反響して夜まで残っていた。




