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第九話「清き心の三沢高生」


 その日の夜、真琴は自室の和室で折りたたみ式のローテーブルにノートパソコンを乗せ、ウェブ検索を行っていた。


 『オサカベ、おみとおし』と検索しても雑多な結果しか得られず、しばし逡巡し『小説』とキーワードを追加してみた。

 すると、小説投稿サイトがヒットし、クリックする。


『転生した俺は前世の記憶を引き継ぎ青春をやり直します』という作品があり、作者名は『オサカベオミト』となっている。

 タイトルの傾向や作者のペンネームは酷似しているが、本文を見てみると夕刻に千歳から見せてもらった文集の作品とは打って変わり、ほとんどがセリフしかない小説だった。

 千歳から、文集の写しをもらっており、見比べても作風が全く異なる。

 さえない学生生活を送った男子が、学校でひどいイジメを受けたのち交通事故に遭った。しかし彼は記憶を持ったまま幼稚園時代に逆行しており、その記憶を活用して人生をやり直していく内容だった。


 真琴は千歳の言葉を思い返す。


 オサカベという生徒は千歳と同じく、三沢高校に進学していた。

 そして昨年、この世を去ったという。


 夏休みに友達とキャンプに行った三沢高生が水難事故で亡くなったという話は、夏休み明けに全校集会で説明されたので記憶に鮮明に残っていた。

 その人物の詳細は伏せられていたので、真琴はそれ以上の事情は知らない。


 パソコンが映す画面の小説は、ちょうど一年前の7月を最後に更新が途絶えていた。



 9月9日。


 翌週の月曜日。

 朝のホームルームは講堂で学年全体で行うことが急遽言い渡された。

 クラス毎に整列する間、生徒たちは口々に噂話をささやいた。

 真琴は腕を組んでその内容に聞き耳を立てる。


「マジで二十万のカバンはあったらしいぜ」

「ウソだろ!? 俺も行けばよかった……!」

「まあ、うちらが後から行っても無理だったかもな。生徒会長が出てきて解散を命じた後も、何人かは残って探し続けたらしい。端の方の植え込みにあったらしいぜ。六組の高浜たちが見つけたんだと。でもそのあと、なんか三年の先輩たちがやってきて取り合いになったんだってさ」

「それで押し合いになって高浜が怪我したんか」

「そうらしいぜ」


 噂好きな男子たちの会話から、真琴は事情を理解した。


「てか、今日この後一日中全国模試だろ。朝からテンション下げられるとかマジないわ」

「それな。午後までぶち抜きだけど、まあ普段の授業より早く終わるからそこだけは救いか」


 この日、三沢高校二年は来年度の大学入試に向けた全国模試を行う。

 進学校の三沢高では、基本的に学年全員が強制参加だった。

 真琴は特段、学業に対して不安を抱いていないので涼しい顔でその後の会話を聞き流した。


 ややあって、講堂の壇上には生徒会長、笹島が上がった。

 講堂は静まり、マイクを通して朗々とした声が響いた。


「二年生のみなさん、今日は急遽学年集会を実施しました。一部の生徒の間ではご存知かもしれませんが、SNS上で学内の混乱を招く投稿がなされています」

 笹島は額に青筋を立てて、口調は丁寧でもその眼差しは学年全員を睨みつけていた。

 おそらく、教師から何か指導を受けたらしい。不服であったのだろうと真琴は想像した。


「いいですか。真偽不明の情報に躍らされて騒ぎを起こしたり、喧嘩をするような馬鹿なことは慎むようにお願いしたい。それから、この中にそのようなデマを発信して悦に浸っている様な者がいれば、即刻辞めることだ」

 会長が荒げる声を受け、二年生の間では気まずい騒めきが起きる。

「悪質な誤情報の発信行為をこれ以上続ける場合は、学校側でも適切な処置を行う。今のうちに名乗り出るなら情状酌量の余地もあるだろう。諸君の良心に期待したい。清き心の三沢高生として、常識ある行動をすること! 以上です」



「会長、今日は一段とキレキレだったねぇ」

 放課後、生徒会室では池森が透明なマニキュアを塗りながら、面白がるように呟いた。

 生徒会室には、池森の他に、一年で書記の須田と二年で会計の滝谷という男子の他に、幹人と真琴が入り口脇にパイプ椅子を並べて同席していた。


 会長である笹島は職員室で教員と話し合いをしているそうで不在だ。

 普段は昼休みに打ち合わせをするそうだが、今日は模試があったので放課後になったらしい。

 その間の生徒会の業務は特にないのか、池森はスマホをいじり、滝谷という生徒はヘッドホンを付けて課題のノートを広げていた。

 

「まあ、怪我人も出たっていうしな。先生方も相当焦ってるんだろ」

 律儀に池森のつぶやきに返事をしたのは幹人だった。

「でもマジで二十万あったっていうじゃん。羨ましいよね」

 池森と幹人はそれからいくらか会話を続けるが、その他三人は無言のままだった。

 須田が生徒会用のノートパソコンで何やら打ち込むキー音だけが部屋に響く。


「てか、久田っちの方もヤバくない? 会長と『おみとおしさま』の正体を特定するって約束したんでしょ? なんかわかった?」

「いや……どうだろう。今のところうちの学校の関係者って事は間違いないだろうけど」

 校門前の現金入りのカバンや小テストの答案など、流石に外部の人間が知るには難しい情報を発信していることから、幹人は推測していた。


「それに、沢口の小テストは二年しかやってないからな。多分今朝は二年だけの学年集会だったのも『おみとおし』が二年の誰かだと思われてるんだろうな」

「だよねー。でもそれって結局誰だかわからないじゃん」

 爆笑する池森に、幹人は苦笑するだけだった。

 事実それ以上絞り込めていないのだから反論はできない。

「別に答案を盗むなら学年は関係ないでしょう」

 急に口を開いた真琴に対し、目を見開く池森だったが、特に返事はしなかった。


「てかさ、今日の午後の模試とか超だるかったよね」

 池森は話題を変え、幹人は渋々頷く。

「まあ、高校二年のこの時期なんだしそろそろ受験も否応なく近づいてくるよな」

 この日、二年の授業は全国模試の受験にまるまる費やした。

 模試は受験時間も管理されるので、朝の学年集会はある種の時間調整だったのかもしれないと、幹人はふと思った。

 

 その時、生徒会室の扉がノックされた。

 形式的なもので、中の人間が返事をする前に、扉は開かれ頭がのぞいた。


「お邪魔します……あれ、笹島君は居ない?」

「あ、華子。どうしたん?」

 訪問者に、気安い対応をしたのは池森水葉だった。

 やってきたのは長い黒髪の女子生徒で、同学年であることが推察された。

 

「えと……水葉。この方達は?」

「ああ、気にしなくていいよ」

 池森はそう言うが、釈然としない顔をする女子生徒に対し、幹人が立ち上がり互いに自己紹介をする。


 彼女の名前は黒澤華子。

 二年の美術部員。笹島や池森と仲が良いらしく、度々生徒会室にやってくるようで、他の生徒会メンバーともそれなりに面識がある様子だった。

 人見知りなのか、幹人相手にもおずおずとしており、俯き加減で顔の多くが髪に隠れる。

 その奥の肌は青白く透き通り、女子にしても少し痩せすぎなほど線が細かった。


「美術準備室の鍵? そんなの届いてないよね」


 池森は、他の生徒会メンバーに尋ねるが、一様に首を横に振った。

 黒澤が訪れた用件は、なんでも美術準備室の鍵が紛失し、開かずの間となっているという。


「今日の昼休みに、他の部員と一緒に備品整理をして職員室に返したから、昼までは確かにあったんだよ」

 黒澤曰く、今日の放課後、部活中に部員の誰も鍵を持っていないことが発覚し、職員室に行ったところいつの間にか鍵がなかったという。


「誰か持ってったんでしょ?」

「でも、部員のみんなに連絡しても誰も知らないって。もうすぐコンクールだから準備室開かないの地味に辛いんだよね。準備室には灯油ストーブも仕舞ってて、そろそろ出したいんだけど」

「うわー、そうだよね。模試の間に部活とか超ストイック。てか華子って美大とか受けるんだっけ」

「うん……まあ、コンクールの結果次第なとこもあるけど」

 池森と黒澤はタイプは違えど、仲は良いようで会話の応酬が続いた。


「どうしようか。とりあえずその美術準備室見に行く?」

 池森が提案する。

 黒澤にしてみれば、彼女が帯同したところで鍵が開くわけではないのだが、この場に居ても解決しないのは同じであり、首肯する。

「あたしたちも同行する」

 声を上げたのは真琴だった。

 遅れて、幹人も立ち上がる。

 炎の予知夢がいつ訪れるかわからない以上、少しでも懸念される事象が起きれば同行するようにしなければならない。


 特に黒澤は、真琴たちを怪訝そうに眺めながらも、四人は連れ立って美術室へ向かった。

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