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第八話「文集」

9月6日。


 金曜日の終業のチャイムが鳴ると、幹人と真琴、そして姫野千歳の三人は揃って体操服に着替え、町外れの丘へ向かっていた。

 

 旧コミュニティセンターと呼ばれる廃墟の鍵を指先で弄びながら、幹人は頭の後ろで腕を組んで胸を逸らし、体を伸ばした。


「はあー、ダルいけどさっさと終わらせようぜ」

 立ち入り禁止の屋上へ入ったペナルティとして、三人は旧コミュニティセンターの蔵書の整理を言い渡されていた。

 普段は生徒会が行なっているそうだが、おそらく沢口の依頼の件もあり笹島が断ったのだろう。

 結果、『おみとおし』の特定も蔵書整理も幹人たちがやることとなり、不服ではあった。


 秋色に染まった並木を眺めながら坂を上ると、薄く汚れたクリーム色の外壁の建物が見えてきた。

 夕暮れ時を過ぎ、作業が終わるころには日が暮れているのが容易に想像できる。


「久田くんは旧コミュセンは結構通ってた?」

 千歳は建物を懐かしむように見上げながら尋ねた。

「そうだな。小学ぐらいの時は課外授業でも頻繁に来てたな」

 社会科見学や調べ物があれば、何かとコミュニティセンターの図書室を利用した記憶を思い起こしながら頷いた。


「あとはなんだっけ、人形劇とかあったり、変な着ぐるみのマスコットとかもいたよな」

「そうそう、なんか岩石の妖精だか……影山さんはこっちの出身じゃないんだったっけ?」

 一向に会話に興味を示さない真琴に対して、千歳が話題を振る。


「ええ。そうよ。あたしは札幌の出身だから」

「へぇー、どうしてこっちの高校に来たの? 寮生だっけ?」

 三沢市は札幌市からは電車でも二時間程度掛かり、周囲の村や集落からの進学もあるので公立高校でありながら遠方入学者向けの寮がある。


「いいえ。祖父母の家が三沢にあるから」

「ふうん、そうなんだ。いいよね、おじいちゃんおばあちゃん家って」


 千歳は楽しそうに笑い、けれど深くは掘り下げなかったので、真琴はそれ以上を語らなかった。

 幹人は、ふと真琴の家族事情に想像を巡らせてしまう。


 幹人と同じならば、という仮定の元だが、彼女の体質は両親にも理解されてはいないだろう。

 そして、口を噤めばなんとかやり過ごせる幹人とは違い、真琴の体質はそれなりに苦労もあったことだろう。

 特に近くで生活を共にする両親は、物心ついたばかりの幼子に全ての嘘を見抜かれるのは、酷な話かもしれない。


 勝手な想像を頭を振って振り払い、幹人は一歩前に躍り出る。

 一同は、閉鎖されたコミュニティセンターの正面入り口に立った。


 ガラスの扉にはチェーンと南京錠がかかっており、渡された鍵束のうちいくつかの鍵を使って解錠し中に入った。


 閉鎖されているとはいえ、最低限の電気は来ているようだった。

 薄暗い廊下に明かりをつけるも、そこには風を感じず、見た目は何も変わらないのに死んだ建物であることが感じられた。


「ううん、なんだかホラーっぽいね。このへん、結構出るって噂だよ」

 千歳が冗談めかして言うと、幹人は顔をしかめる。

「やめろよ、俺怖いの苦手なんだ。早く作業終わらせてかえろう」


 三人は最上階である四階の図書室に赴き、蔵書棚に向かった。

 そこには近隣の小学校に寄贈するまだ綺麗な本と、すでに役目を終えた古い本が、背表紙にマスキングテープの印で分類されていた。

 荷台を使ってそれらを運び出し、贈呈図書はロビーに移動させ廃棄図書は裏手の出口の脇に積むのが任された作業だった。

 棚には未分類の本もあり、それは後日処置方法を決めるらしい。


「なあ、影山は本とか結構読むのか?」

 作業の合間に、何となく間を持たせるように幹人は尋ねた。

 対する真琴は視線を手元の蔵書に落としたまま、口だけで応答する。

「それなりには。……そういえば、あの日。本を落として以来、読んでいないけれど」

「あの日……ああ」

 状況に合点がいき、その先の言葉を幹人は飲み込んだ。


「ところで」

 真琴は作業の指を止めて、視線を幹人に据える。

「なんだー?」

 幹人は両手にハードカバーの本を抱え、台車に乗せながら相槌を打つ。


「『深窓のお嬢』って何?」

「あー……」

「少なくともあたしを差して二度は言われた。そしてそのうちの一度は君からね」

 僅かに、鋭利な空気を纏っていることを察し、幹人は誤魔化すように咳払いをする。

「いや、うむ。別に、他意は無い」

「だから意味を」

「……まあ、ね。ミステリアスなキャラだったからさ。別に蔑称って訳でもないからな。誰かがいつの間にか言い出したんだよ、『深窓のお嬢』って」

 観念したように両手をあげて言う幹人に対し、なおも真琴は鋭い視線を止めない。

「それならば、『深窓の令嬢』が慣用句として適切でしょう」

「そうだな。まあ、なんというか、『お』を付けたかったんだろうな。サイズ的に」

 その時、ヒュンと文庫本が幹人の眼前を通り抜けた。

「いや! 違う! 身長的な話だぞ!?」

「その弁解……! 何を察した?」

 再び、文庫本は空を切り幹人の頭に着弾した。

 

「おーい……仲がいいねえ。お二人とも。でももうちょっと真面目に作業しよ?」

 背後で別な作業をする千歳は呆れたような、けれど愉快そうな笑みを浮かべてテキパキと作業を続けていた。 


 それなりの重労働だが、若者が三人いればものの30分で作業は片付いた。


「まだこんなに蔵書があるんだな」

 幹人は図書室の壁一面に残る、未分類の本を見上げて呟いた。

「そうだねー、まだまだ読める本なのになんだか勿体無いな」

 千歳もしみじみと図書室を見回していた。

 2人にとっては、幼少の思い出の一幕でもあるこの場所に、何かしらの感情を抱かずにはいられない様子だ。


「終わったのなら施錠して帰りましょう」

 あくびを一つして真琴が促すが、幹人は時計を眺めながら提案する。


「せっかくだから館内を探検しようぜ」

 悪戯っぽく笑う男子に、呆れて冷たい視線を投げる真琴だったが、千歳は明るい声を出した。

「せっかくだし少しくらいならいいかも! ……もう二度と入れないかも知れないし」

 ノスタルジックな余韻を残す言葉に、真琴は殊更否定する気概も削がれ、二人の後に続く事にした。


 階段を降りていくと2階は郷土資料館となり、1階にはパソコンブースがあり、廊下が隣接した建物に続いていた。

 重い引き戸をあけると、三沢高校のそれの半分程度のサイズである体育館があった。


「なっつ! ここでよく遊んだなー!」

 幹人は一人、テンションが上がっている。

「あっちの奥の準備室から各自で道具を出すんだよね。バドミントンのネットなんかも自分らで張ったりして」

「疲れたら体操マット出してそこで寝たり、挟まったりしてな」

 奥の扉の先は、未だ当時のまま残された備品たちが収納されていた。


 ひとしきり探検すると満足したのか、幹人を先頭に退散する。

 コミュニティセンターから出ると、外はすでに茜色に染まっていた。

 

「あそこの4階、カフェだったんだよね」

 千歳が指差す。

 そこはコミュニティセンターから道路を挟んだ向かいの、アパートの間に立つ雑居ビルである。

 各階の道路側にベランダ程度のサイズのテラスが備えられている。

「もう閉店してから随分経っているな」

 今は人気のないビルを眺めて、幹人が呟く。

「中学の頃はたまに寄ってたんだけど、仕方ないか。店長さんにも私たちと同じくらいの歳のお子さんがいるからって、学生割引で……って、もういいよね」

 取り止めもなく喋りかけたところで、千歳は自重して照れ笑いをした。

 誰からともなく、廃墟が並ぶ一画から足を背け、一同は帰路についた。



「そういえば、久田くんたち。『おみとおしさま』について調べてるんでしょ?」

 一同は帰路の途中でコンビニに寄り道をして、仕事終わりのジュースを一杯、幹人が奢った後で、オロナミンCの瓶を振りながら千歳が口を開いた。

「え、なんで知ってるんだ?」

「水葉から聞いたの」

 千歳はそう答え、「ああ、そういえば池森と仲良いんだっけ」と幹人は頷く。


「それでね、私も善良な一般市民として、名探偵久田くんに有益なタレコミをしようかなと思ってたんだ」

「ほう、それはありがたい。しかし、思い出すまでにずいぶんと時間がかかったな」

 帰宅間際に言い出した千歳はちろっと舌を出して照れ笑いをしたのち、スマホを取り出した。 

 映し出されているのは、コピー用紙の文章を写真で撮影したものだった。

 少し画質が荒くなっているが『常盤中学 バン校祭』と書かれている。


「文集か? 常盤中って姫野の母校だっけ」

 幹人はそれをまじまじと見つめながら言うと、千歳はこくんと頷いた。

「文化系の部活がそれぞれの活動を文集にして学校祭で配ってたの。美術部の作品なんかも載ってたんだけど、その中の文芸部の作品を見てほしいの」


 何枚かの写真をスライドして見せていくと、お目当ての部分にたどり着いた。

 そこに書かれた文章を拡大すると、幹人は読み上げた。

「『俺はすべておみとおし〜平安時代の陰陽師の霊に取り憑かれた俺は、全知全能のスキルを得て無双します〜』……?」 

「なに、それは小説?」

 それまで黙っていた真琴も、思わず困惑の声を上げる。

 千歳はそれでも、少し眼差しを鋭くして2人に頷く。

「タイトルは結構エンタメチックなんだけどね。でも、意外と文章がしっかりしてて、なんとなく読んでみたんだけど、読み出したら結構面白くて記憶に残ってたんだ」

 文集には他の作品も多く載っており、千歳自身もこの小説が目についたのはたまたまだったという。


「でも、この『おみとおし』って……」

「なんか似てるよね、今回の件と」

 幹人も、眉を顰めて頭を捻る。


「この小説の作者、『オサカベグンジ』って人のことは知っている?」

 真琴は小説の作者名を指差し千歳に対して質問をすると、彼女は首肯した。

「……うん、オサカベくんもうちの高校に来てたから。まあ、下の名前はケイスケっていうからこれはペンネームみたいだけど」

 千歳は、それまでの明るい様子から一変、水を打ったように平坦な声のトーンで説明する。

「……おい、ちょっと待てよ」

 幹人は、何かを察したように言葉を失った。

 

「その人物と会って話をすることは可能?」

 一方の真琴は、何も変わらず淡々と会話を進める。

「ううん、それは無理なの」

 千歳はわずかに俯き、首を振った。


「だって、オサカベくん。一年前に亡くなってるから」

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