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第七話「良き生徒の模範」


 2階の廊下の突き当たりに生徒会室はある。

 幹人はこれまで、その部屋の前をなんとなく通り過ぎるだけでしか認識していなかった。

 しかし今この時、傍に立つ真琴がその扉に手をかけ開いた。


 新聞部の幽玄な部長、藤木あさひの許可をもらい、新聞部として生徒会の密着記事を作成すると言う建前を手に入れた2人は、早速放課後に生徒会室に乗り込むことにした。

 

 引き戸を開けると、新聞部と同じような事務室の中には四名の生徒たちがいて、急な来訪者に対して驚きの表情を見せた。

 事前に、生徒会メンバーの情報は選挙時の公示などから調べてある。

 二年生は会長の笹島純一郎、副会長の池森水葉、会計の滝谷慎吾。そして唯一の一年生は書記の須田郁弥だ。


「なにか?」

 その部屋の奥、コの字型に並んだ事務机の誕生日席に座って、眉間にしわを寄せながらノートパソコンの画面を睨んでいた男子が顔を上げた。


 縁のない眼鏡に、側頭部を剃り込んだ短髪。ナイフで切ったような切れ長で一重の瞳。

 生徒会長、笹島純一郎は不機嫌な態度を隠しもせず、来訪者を見据えた。


「急なお願いで恐れ入ります、新聞部で生徒会の記事を書かせていください」

「は?」

 その来訪者が影山真琴であることを認め、さらに新聞部としての要望であることの内容のチグハグさに混乱したように、眉を顰めた。


「え、てか『深窓のお嬢』と久田っちじゃん。どしたの? 新聞部だっけ?」

「ああ、いや、体験入部てきな?」

 幹人は真琴の一歩斜め後ろで、へどもどしながら返事をする。 

 笹島純一郎の周りの席には、生徒会の他のメンバーが鎮座していた。

 そのうちの1人、ウェーブヘアで派手目なメイクをしている二年の女子が幹人に向かって声をかけた。

 彼女の名は池森水葉。幹人とはクラスメイトで時折雑談をする程度には仲がいいが、根本的に所属するグループは異なっていた。


「新聞部……そういえば、須田。お前も新聞部じゃなかったか?」

「はい。でもこの人たちのことは知らないですけど」

 池森の反対側に座る、メガネをかけ前髪が顔を覆う小柄な下級生は笹島の問いに答え、真琴と幹人を一瞥しただけで吐き捨てるように言った。

 彼が藤木の言っていた幽霊部員であることは話の流れから想定できた。


「そうね。今日入部したから」

「いちおう仮入部、な」

 真琴は腕を組んで憮然と返事をし、幹人は今後のことを考え予防線を張るようなことを申し訳程度に呟く。

「へえ、なにそれおもろー。あんたらってそういうキャラだったんだ」

 四角いメガネに、首にはヘッドフォンを下げた軽薄そうな口調の二年生、滝谷がからかうように二人をじろじろと見回す。


「悪いな。生憎今の生徒会に悪ふざけに付き合う暇はない。……それと須田。校内目安箱の投書の整理は終わっているのか?」

 そんな2人の態度を前に、笹島は真面目な用事ではないと判断したのか、視線を再びパソコンに落としながら吐き捨てた。

 話ついでに思い出した用件を確認された須田は「先刻完了しました。投書の内容はエクセルに記入して保存してあります」と事務連絡をする。

 校内目安箱とはその名の通り学校内での意見や要望を生徒会に集め、生徒の総意として学校側へ提案する生徒総会向けのネタ作り用の意見箱である。


「悪ふざけではない。密着記事が書きたいの」

 話を逸らされた真琴は苛立ち気味に繰り返す。

「ふん……」

 笹島は鼻先であしらった。

 その押し問答に、幹人は頭を抱える。


 真琴は作戦を考え、それを実行するまでは抜群に早かった。

 しかし、肝心な対人の交渉能力については難がありすぎた。藤木あさひとは上手く交換条件が成立したものの、今の生徒会相手には真琴たちに取り合う必要性がなかった。

 幹人は前に躍り出ると、真琴に割り込んで話を進める。


「いやー、実は彼女、文系大学の推薦を狙ってるらしくてさ、それで教師に色々聞いて回ってたら、何か活動実績が無いと難しいと言われてな。その話をしているところにたまたま俺が居合わせて、なんとか新聞部で体験入部して記事を書かせてもらえることになったわけ。ほら、生徒会って良き生徒の模範じゃんか、それを見習おうって……」

 かなり苦しい言い訳だが、幹人は捻りだす。

 こうなればもう、情に訴える作戦しかないと、もはや当たって砕けろ精神だった。

「生徒会の手伝いとか雑用とかなんでもするし、業務の邪魔はしないからさ。しばらく一緒に行動しちゃだめか?」

 幹人は知り合いである池森にも頭を下げつつ、会長の様子を伺う。

 元はと言えば、幹人が予知夢の出来事を回避したいと願っているからで、真琴はそれに協力してくれているまでだ。

 頭を下げるべきなのは自分だと幹人は認識していた。


「うむ……、しかし」

 下手に出られ、けれども頷きがたい会長を前に、生徒会室にはしばしの沈黙が流れる。


 その時、硬直状態を破るように生徒会室のドアをノックする音が聞こえた。

 一同はドアの方に視線を向ける。

「あれ、来客中だった? ごめんね、急ぎの用事なんだ」

 学年副主任で英語を受け持つ中年の男性教師、沢口が、丸い顔に困った表情を貼り付けて顔を覗かせた。


「はあ……今度はなんですか?」

 笹島はもはや呆れたように息を漏らす。

「いやー、あはは。いつも悪いね。校門前でね、なんか生徒たちの軍団が集結して騒いでるんだ。ちょっと沈めるのをお願いできないかな?」

「軍団……? まあ、いいですよ、先生の頼みなら」

「ごめんねー、助かるよ。あと、こないだの件もよろしくね」

 そう言い残すと、沢口はひょっこりと顔を引っ込めてどこかへ立ち去った。

 残された一同は、立ち上がった笹島の方に再び視線を向ける。

「とりあえず、俺たちは校門前の騒動を見に行く。お前たちはどうする?」

「もちろん、ついていく」

 特に期待もしていなかった様子で笹島は「勝手にしろ」と真琴に言った。



 一同が校門前に向かうと、沢口が言っていた通り多くの学生がさわめき合っていた。


「え、ちょまって。どうしたのこれ? みんななにしてんの?」

 池森が驚いた声を上げる。


 校門前には、主に2年生で構成された男女が二十名弱の人数でひしめき合っていた。

 口々にお互いを牽制し合っては、地面を見回したり植え込みを漁ったりと、何やら物を探している様子だ。


「ん? おい、大勢。なにがあった?」

 一団の中で、一際肩幅の大きい男子に、笹島が話しかける。

 どうやら親しい友人がその場に居たようだ。

 幹人は、その顔に見覚えがあった。


 藤原大勢という名で、柔道部の主将だったと記憶している。

 よく笹島と廊下で大きな声で談笑している様子を見たことがあった。

 彼は笹島に笑みを返しながら、熱っぽく喋る。


「おーす! 純一郎は見てないのかよ、今校門の前に二十万の入ったカバンが落ちてるってSNSで話題になってるんだよ」

「はあ?」

「ほら、これだよ」

 大勢が差し出したスマホの画面には、『おみとおし』の目玉のイラストをアイコンにしたアカウントが写されていた。

 思わず、「あっ」と幹人は息を漏らした。


「『校門前に、不慮の出来事で置かれた二十万円。持ち主は現れないので、早い者勝ち』……ったく、またこのアカウントか」

 笹島は、うんざりした様子でその内容を読み上げた。

 そうして大きく息を吸い、一団に向かって叫んだ。


「諸君、今すぐ解散しろ! ネットに書かれているのはどうせ悪質なデマだ! それに、もし校内で大金が入ったカバンを見つけても、先生に申し出ること。いいか! これ以上この場で騒ぐ者がいれば、諸君の名前を記録して教師に提出し、校内の秩序を乱した旨を内申書に記載することになるぞ!」

 笹島の脅し文句に、徐々にその場の喧騒が収まり始めた。

 初めは興奮していた藤原大勢もバツが悪くなったのか、「あはは、まあ、どうせデマだよなー」と嘯き始め、一団は徐々に解散していった。


「まったく……」

 その様子を、笹島は言葉とは裏腹に鼻を膨らませて満足げに眺めていた。

「ねえ、笹島純一郎。今さっき『またこのアカウント』と言った」

 真琴は、そんな彼の不意を突くようにに詰め寄る。


「なんだ?」

「以前もそのアカウントについて、何かあったの?」

 質問の意図を図りかねる笹島に対し、真琴は歯に衣着せぬ物言いで問い詰める。


「……ふむ、ちょうどいい。ちょっとこい」

 しばし腕を組み思考したのち、笹島は真琴と幹人を周囲から離れた木陰に呼んだ。


「お前たちに一つ頼み事をしよう。それと交換条件で生徒会の記事を書かせてやる」

 唇の端を捲り上げながら、笹島はそれまでの不機嫌そうな態度とかわりニヤニヤと楽しそうに呟いた。

「近頃、学内の生徒たちの間で怪しげなSNSアカウントの投稿が流行している。一部の小テストの問題が漏洩したことがきっかけで、妙な信憑性を得たようだ」

 そこで、真琴は合点がいった。

 先ほど生徒会室に顔を覗かせた沢口は英語の担当教師だ。

 おそらく、表立って話題にはなっていないが、学校側ではすでに小テストの問題漏えいが発覚していたに違いない。

 そして、沢口は問題を盗んだ犯人の生徒を特定するよう、生徒会に依頼をしているのだろう。

 笹島が粛々と沢口の指示に従うのは、それなりに見合う対価を提示されていると思われる。


「先ほどの校門前の騒ぎもそうだ。明らかに学校生活の秩序を乱す存在で、指導が必要だ。そこで、君らにこのアカウントの主の特定を依頼する」

 笹島としては、沢口からの依頼をこなすための手駒を実質タダで手に入れたようなものだ。

 ニヤニヤ笑いは自分の算段に対して自惚れているのだろう。

 君の身を守るためなのに、と真琴は内心でため息をつきながらも、その提案を受け入れる旨を伝え頷いた。


「ちなみに……君がそのアカウントを運営していたり、あるいはその人物を知っている?」

「はあ? 頭大丈夫か? 俺は知らん」

 会長は真琴の質問をにべもなく否定する。

 その言葉に、嘘はない。

 目配せだけで幹人に伝えると、彼もかすかに頷いた。


「じゃあいいか、なるべく早く特定して俺に報告するんだぞ」


 かくして2人は、『おみとおし』の特定という依頼を生徒会長より直々に受けることになった。

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