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影山真琴の嘘の無い未来  作者: やしろ久真
第二章 影山真琴の明日の無い旅路

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第四十話 「狂人」


 15階の展望レストランでは、成澤雅之主催のディナーパーティが開かれていた。

 先の夏、札幌市長選に出馬し対立候補不在で当選した成澤の誕生日を祝するこの会には、関係者が集い意見交換会と称した交際費の無駄遣いの場となっていた。


 夜九時を回り、宴会もお開きとなり会場の予約時間を過ぎた頃、成澤は赤ら顔で下階にある予約した自分の客室に戻ろうとしていた。

 エレベーターホールに入ると、2機あるエレベーターの内、片方には調整中の札が張られていた。

 下のボタンを押すと、すぐに奥側のエレベーターがやってきた。

 扉が閉まりかけた瞬間、「失礼します」との声と共に台車を押した作業員が一人、入ってきた。


 薄汚い作業員に舌打ちしながら扉の前に立ち、成澤は自室がある8階を押した。

 エレベーターは、外の景色が見えるようにガラス張りになっており、オレンジ色に煌めくビル街の夜景が映っていた。

 見慣れた夜景に殊更感慨も無く、エレベーターの大理石調の黒い扉に反射する外の景色と背後に立つ作業員の姿を見るともなく見つめた。


 エレベーターが滑るように動き出し、10階から9階に移り変わる瞬間だった。

 背後の作業員が押す台車から、カタリと音がした気がした。

 扉に反射する様子に目を凝らした時、バツンッという音と共に明かりが消失しエレベーターが急停止した。

 衝撃につんのめりながら、扉に手を着く。

「なんだ!? 停電か?」

 成澤は独り言のように叫び、背後を振り返る。

 背後のガラス張りの外の景色を見るが、夜景は変わらず灯っている。

 にも関わらず、エレベーターの籠は停止していた。

 停電ではなく、コンピュータ制御により電源が遮断されたことなど、成澤には知りえない。

「故障か? 非常電源で外部と連絡が……」

 成澤が操作パネルの非常通話ボタンに指先を伸ばした時だった。

 白刃が眼前をとび、成澤の太った指先がパックリと裂けた。

 突然の出来事に動揺し、遅れて訪れる燃えるような激痛に呻きながら、白刃の主に視線を向けようとした。

 しかし、背後から首筋を押し付けられ、壁に頬を強打する。


「動くな。……そのまま、噓偽り無く質問に応えろ」

 男の声。

 間違いなく、乗り合わせた作業員だ。

「何をする! やめろ、警察を呼ぶぞ!」

「黙れ! 質問の答え以外答えるなッ!」

 男の怒号と共に、首筋を押す力が増し、右耳に鋭い痛みが走った。

 再びナイフで切られたと認識する頃には、額に脂汗がにじみ呼吸が荒くなっていた。

 狂っている。

 成澤は背後の男の理不尽な暴力に、恐れ戦いた。


「山﨑愛子を知っているか」

 

 その質問は不思議な事に、二回繰り返された。

 初めは狂人の男の声で。

 それを復唱するかのように、凛とした女性の声がした。

 いったいどこから現れたのか、この沈黙したエレベーターの中に女性が居る。


「知らん……何が目的かは知らんが、金ならいくらかは……」

 成澤が言い終える前に、「嘘」という淡々とした女性の声がする。

 すると、再び男の押す力が増し、ナイフが耳を切り裂く。

 悲鳴を上げ、成澤は滅茶苦茶に喚いた。

「嘘を言うたびに、お前の体が悲鳴を上げる……無駄な嘘を吐くな」

 男が言う言葉は全く理解できないが、噓を付いたことは事実だった。

 この男は成澤の事をある程度、世に出ていない情報も含めて知っている様子だ。

「もう一度聞く、山﨑愛子を知っているか」

「ああ、ああ。知っている……」

 成澤は祈る思いで頷いた。


「彼女が今、どこにいるか知っているか」


 再び、復唱する質問が来る。

 成澤は素直に、答える他無い。

「し、知らない……彼女は消えたっ、失踪したんだっ」

 しどろもどろになりながらも、事実を告げる。

 男は再び成澤の首筋を強く押すも、「真実」と女性の声がして舌打ちが聞こえた。


「じゃあ、次の質問だ」

 成澤は息を呑む。

 コイツの目的はなんだ、ゴシップを嗅ぎつけた記者やネット配信者にしてはやり方が過激すぎる。

 この謎の女の声も、どんなカラクリがあるのか不明だが、妙な説得力があるのか男は納得している。


「山﨑優子を知っているか」


 その質問をする男の声は、少し震えていた。

 繰り返す女性の声は、変わらず淡々としていた。


「し、知っている……山崎愛子の娘だ」

 成澤はドロドロに張り付いた喉を震わせて告げた。

 判別するかのような間の後、「真実」と声がする。


「彼女の、父親の名を知っているか」



 時は遡り、真琴が誘拐された日の夜。


 エンジンを切った車内は、あっという間に冷え込んだ。

 それでも、暗闇で向かい合う両者は熱を帯びて、寒さを感じなかった。


 真琴が誘拐されたその日。

「貴方の目的を、確認させて」

 捕らわれの身にも拘らず、強気に睨み返すその眼に、西条は気圧された。

 そして、この娘を利用することに変わりはないと、自分を納得させ唇をなめた。


「……わかった、説明する。俺の、目的を」


 そして、男とは語り始める。

 ハイエースのフロントガラスには、雪が薄く積もり始めた。

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