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第四話「普通に友達」

「じゃあ、そろそろ戻ろうぜ」

 幹人はそういうと、屋上から校舎内に戻る扉に手をかけた。

 引き戸を開いた先で、そのまま歩みだそうとした時、扉の向こうに人影があり声をあげて飛び退いた。


「わっ!?」

「きゃっ!? ごめん、久田くん」

 扉の向こう側に居たのは、先ほど幹人が廊下で談笑をしていた女子生徒だった。

 真琴は、幹人の背後からその様子をじっと観察する。

 ショートヘアの髪は緩くパーマがかかっており、顔にも校則違反にならない程度の化粧をしている。

 スカートの裾も膝の上にあり、派手さのアピールはないが、可能な限りおしゃれをしようとする意図が分かり、異性からも人気がありそうな容姿をしていた。


「おう、姫野か。どうした?」

 幹人が彼女の名前を呼ぶと、目を丸くして上目遣いに彼に答える。

「え、久田くんが屋上に上がっていくのが見えたから、何しているのかなって」

「いやー別に? ちょっと散歩がてらね」

 相変わらず嘘が下手くそな幹人を、真琴は腕を組んで眺めていた。

 すると、視線を巡らせた姫野と目があった。


「そちらは、影山さんだよね?」

 姫野は、真琴の名前は知っているが、なぜこの場にいるのかわからないという風情で幹人に尋ねた。

「ええ。相違ない。あなたは誰?」

 真琴はそんな彼女にお構いなしに、直球で質問をぶつける。

 僅かに困ったように幹人が嘆息するが、姫野は構わず明るい顔で返した。

「あ、ごめん。ぶしつけだったよね。私は四組の姫野千歳(ひめのちとせ)。久田くんとは去年クラスが一緒でよく喋ってたんだ。……もしかして私お邪魔だった?」

「ああ、いや、そんなんじゃねえ。俺たちもたまたまここで出くわして。もう戻ろうとしてたとこだ」

 幹人は慌てた様子で二人の女子を促し、階段に戻ろうとした時だった。

 

「お前たち、そこで何している!」

 初老の男性の怒号が鳴り響き、一同は首をすくめた。

 

「やっべ……」

 幹人の痛恨の声とともに、生活指導の岡部教諭が額に皺をためて階下より現れた。

「お前ら、ここがどこだかわかっているな?」

 尊大な態度で、今年五十を迎えた初老の教師が三人に向きあう。

「……はい」

「ごめんなさい」

「……」

 三者三様の態度で、それに応じる。


「立ち入り禁止と分かっていて、屋上に立ち入るとは言語道断だな。何か罰則がなければ、ほかの勤勉でまじめな生徒たちに示しがつかん。放課後に職員室にこい」


 こうして、昼休みは終わりを告げると同時に、放課後の予定まで決められてしまった。

 


 放課後、コーヒーの匂いでむせ返る職員室で、デスクの回転椅子にふんぞり返った岡部の前に、真琴、幹人、そして姫野の三人は並んでいた。


「まったく。お前ら、成績はそろって上位者なんだからな。学業が優れているからと言って、普段の行いで規則をないがしろにしていいというわけではないんだぞ……」

 くどくどと説教をする岡部を前に、幹人は苦悶の表情を浮かべた。

 姫野も愛想笑いとペコペコ頭を下げて反省の意を示すが、真琴は無表情のまま時が過ぎるのを待っていた。


「あー、それでだ。罰則として、お前たちには、地域のボランティア活動への参加を命じる」

 そろそろ潮時と思ったのか、咳払いをした後に岡部はそう告げた。

「ボランティア活動、ですか」

 幹人は、内心で罰則=ボランティア活動という発想がそもそも失礼じゃないかという考えを押し殺し、内容をうかがう。


「ああ。普段は生徒会に依頼しているんだが。最近は別件で忙しいと、一丁前に言うもんでな」

 コーヒーをすすり、軽く舌打ちをした後に岡部は続ける。

「市の教育委員会からな、旧コミュニティセンターの図書の整理を近隣の高校に依頼されててな。市立のわが校としては、流石に無碍には断れん」

「ああ、古い方のコミュセンですね」

 幹人は把握したようにうなずいた。


「今週の金曜日の17時前に市の職員が確認に来るそうだ。それまでに旧コミュニティセンター内の図書室にある蔵書のうち、廃棄と寄贈にラベル分けされたものを所定の位置に移動させるんだと。ほれ、鍵は借りてあるから、くれぐれもサボるんじゃないぞ」

 もしもサボったら貴様らの内申点は地に落ちることになるからな、と嫌みったらしい皮肉をもらったところで、三人はようやく解放された。 

 既に窓の外は夕日が傾き始めていた。



「ねえ、旧コミュニティセンターとは何のこと?」

「お、そうか。影山は三沢出身じゃないんだっけか」


 真琴、幹人、姫野の三人は職員室からの流れで、揃って帰路についていた。

 姫野は徒歩で市街地まで向かい、真琴と幹人は途中のバス停でそれぞれの路線に乗る。校門から出て、しばらくは同じ方向だった。


「三沢市立地域活性文化コミュニティセンター。まあ、みんなは通称『コミュセン』って呼んでたよね」

 真琴の質問には、姫野が答えた。


 施設内には図書室やパソコンブース、体育館などがあり、課外授業や放課後に訪れる小学生は多かった。

 三沢市で育った同年代なら、みんな一度は訪れたことがある。


「旧、というのは?」

 真琴の視線は真っ直ぐに姫野を捉える。

 彼女は臆することもなく、指を振りながら説明を続ける。

「私たちが中学生の時にその施設は閉鎖しているんだよ。で、新しい建物が駅の方にできたの」

 施設の老朽化や利用客の減少に伴い、市民向けの文化遺産展示機能のみを駅前のビル内に移し、図書室や体育館は実質廃止となっている。

 学童の成長と少子化も相まって、施設への足は遠のいているのが現状だった。


「それ以来、元の丘の上にある方は旧コミュニティセンターとか呼ばれているな。もうめっきり行くこともなかったしな」

 幹人は感慨深い声音でつぶやいた。

「あの辺にカフェとかいろいろあったんだけど、コミュセンの閉鎖と一緒になくなっちゃったんだよね」


「ま、金曜日の放課後にでもみんなで揃って片付けちまおうぜ」

 幹人は、岡部から預かった鍵のリングを指先で振り回しながら、予定を決めた。

 今日はまだ週の前半、幹人は予定を期日直前に置いておくタイプのようだ。


 三人は頷きあうと、ちょうどバス停にたどり着いた。

 姫野は2人に手を振り、己の帰路へ再び歩みを進めた。


 バス停には、もう既に時間も遅いのか、2人以外の学生はおらず、買い物袋を手押し車に乗せた老婆が居るのみだった。 

 二人は無言のまま、肩を並べて道路に視線を向ける。


「君、姫野さんのことを異性として好きでしょう」

「は、はあ!? なんだよ急に!?」


 出し抜けに発した真琴の質問に、幹人は盛大に声を荒げた。


「で、回答は?」

「……ずりぃぞお前、能力の濫用だ!」

「安心して。彼女の気持ちを勝手に確認するようなマネはしないから」

「……そういう話じゃねー……くそ、お前の前だと隠し事なんてできねーのな」

「まあ、君の隠し事にはさほど興味は無いから、大丈夫。ただの気まぐれに聞いてみたまでだから」

「それはそれでひどい言われようだな……」

「そう? 本当のことを言ったまでよ」


 幹人は、横目で真琴の表情を伺う。

 これまで無表情で冷徹だった印象の彼女で、今も特にその表情に変わりはない。

 けれど、心なしか口元の端が上がっているように見えて、彼女なりに会話を楽しんでいる様子だと、幹人は解釈した。


 そう思うと、なんだか毒気が抜かれるような思いで嘆息する。


「……ま、そういうことなんで。俺の純情な感情についてはそっとしといておくれ。それはさておき、お前も姫野とは普通に会話してたよな」

「普通に、とは?」

「普通に友達みたいな感じってことだよ」

 幹人が何気なく言うと、真琴は眉間に皺を寄せて指を顎に添える。

「普通に友達……そもそも、友達とそれ以外の定義ってどうなっているの? 何文節以上の会話を交わして、どの程度相手の情報を把握していれば友達なのかしら……」

「あー……、まあ、うん。姫野はかなり空気の読めるやつだから、安心していいぞ」

 真琴が思案している最中、バスが到着した。

 彼女はそのまま、幹人に別れも告げずバスに乗り込む。

 

 彼女を見送り、次の自分が乗る路線バスを待ちながら、幹人はひとり肩をすくめた。

 心なしか、隣の老婆がそのやりとりを聞いて微笑んでいるように見えた。

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