第三十七話 「だって、僕には」
場所を移し、駅ビル内にあるミスドに入る。
男子高校生二人組でドーナツ屋というのも、よほど仲の良い二人組のように見えるが、単に短時間で済ましたいという須田の提案で最寄りのカフェがそこだっただけの事である。
当然、相談料ということでお代は幹人の奢りである。
オールドファッションとホットカフェラテを並べた須田は、幹人が話すこれまでの経緯に耳を傾けていた。
ひとしきり話し終えると、須田は幹人を挑発するように鼻で笑った。
「で、そんな話がどうかしたんです?」
「頼む。真琴の謎を……一緒に解いてくれ」
幹人は頭を下げる。
かつて須田が企てた事件で、幹人は特に被害を受けていないので彼に対して個人的な悪い感情は抱いていない。
しかし、須田からしてみれば真琴と幹人は天敵のような存在であり、簡単に協力はしてくれないと思っていた。
「はっ、まったく。僕だって忙しいので、そんなゲームに付き合いたくはありません。ただ、その話を聞いた感想ぐらいは教えてあげますよ」
実は饒舌な後輩は、眼鏡を直して長すぎる前髪に伏せた瞳を愉快そうに歪めて言った。
「怖い先輩の出題した謎には、正直興味無いです。それは貴方が考えることですから」
須田は前置きをしたうえで、一旦カフェラテを啜った。
「でも、最初に八十川何某に向けて出題をした方の出題者の思惑には興味はありますね」
「どういうことだ?」
幹人は身を乗り出す。
「結局、八十川氏を予備校におびき寄せて、不名誉な犯人に仕立て上げて。でもそれ以降はサッパリ何も行動していない。一体それは何故なんでしょうね」
須田は分かったような口調で幹人に問いかける。
そう言われ、幹人は改めて考える。
真琴は、あの一件を注目を集めるための客寄せパンダと例えた。
そして、眼前に居る須田の顔を見直す。
かつて九月に起きた事件では、衆目を引きつけ、より過激に焚きつけるための燃料のような効果のため、立て続けに事件が続いた。
大衆を囲い込み、笹島をはじめとするグループを精神的に追い詰め、最終的には自爆させるつもりだったからだ。
けれど、今回はあれ一回きりだった。
それは何故か。
「その一回で目的が果たされたからですよ」
幹人の思考が到達した瞬間を見計らって、須田が言った。
惹きつけたかったのは衆目でもない、疚しい出来事に心当たりがある者でもない。ただ特定の人物。
真実が分かる者、真琴を特定するため。
「真琴が、八十川は冤罪だって見抜くかどうかを、試してたっていうのか……?」
あからさまな冤罪事件が起きれば、人の言葉の真偽が分かる真琴は放っておかないだろう。
真琴が八十川を無罪と断定し、真犯人を探し出すような動きをするかどうか、テストしていたということ。
もしもあの一件がスルーされたら、八十川に次々と指示を出し、彼は身に覚えのない罪を重ね真琴の眼前で酷い目に遭い続けたのだろう。
普通なら途中で八十川も謎の指令に従うことは辞めるだろうが、彼は尋常ではないほど執着している過去がある。
意図的に動かせる駒として、この上ない存在だろう。
さらに、出題者は真琴が佐々木ゼミナールに通っている事を把握している。
そして影山真琴は真偽が分かる力を持つ者と推定した上で、その能力を試すように事を起こしたのだ。
そうして真琴が八十川の無罪を認め、彼と共に行動し犯人捜しを始めることで、彼女が言葉の真偽が分かる人だと特定したんだ。
「でも、それじゃあ出題者は……」
八十川はそれは過去に姿を消した『ユウちゃん』ではないかと考えているのだろう。
しかし、それは本当にそうだろうか。
少なくとも、八十川が傷つくことを承知の上でそんな手段を講じるのだろうか。
「それに、真琴はどうしてそんな謎解きを引き継ぐような真似を……」
「だから、それ以降は貴方が考えるんですよ。それじゃあ僕はこれで……」
気が付けばドーナツもドリンクも空になった須田が席を立とうとしている。
そんな彼に、幹人は最後に一言いいたいことがある事を思い出した。
「ああ、そうだ。お前に会ったら言いたいことがあったんだ」
テーブルに手を着いた姿勢のまま、須田は目を上げる。
「この前のあのゲームの答え、場所は『生徒会』だろ?」
「はあ? 何の話……え、まさか今更ですか」
須田は呆けたように声を上げる。
構わず、幹人は言葉を続ける。
あれからずっと考えていた自分の推理を、今度は披露する側に回る。
「『誰にも届かぬ助けを求める声。幾つもの綴られた思いを読み解けば。死を覆す、答えに漕ぎ着くことでしょう。』だったよな。結論から言うとだな、『死を覆す』つまり死の反対は生だ。そして『答えに漕ぎつく』、答えを言い換えれば解。あと、船を漕ぐための道具はオールだな。オールは日本語で櫂ともいう。どちらも読み方はカイだ。生とカイ、答えは『生徒会』だったんだ」
かつて須田が出題した謎解き。
あの時は笹島が答えを『図書室』と決めつけ、結果不正解に終わった問題を、幹人はずっと考えていた。
「そんで、『綴られた思い』、『助けを求める声』……それは紙に書かれた要望を述べる声、改善を求める声。生徒会では、校内目安箱を管理してたよな。そして、お前がその内容を記録していたんだ。きっと、それを読み解けば答えが書いてあって、お前はちゃんと白状するつもりだったんだろ?」
幹人は考えていた。
もしも生徒会長の笹島が、事故死した学友へ疑念にかられる事無く、正しく思いに整理をつけていて。
冷静な頭で謎解きをすれば、ちゃんと答えに辿り着けるようにしていたのではないかと。
もしも笹島が答えを言い当てられたその時は、「悪質ないたずらで御免なさい」とでも言うつもりだったのではないかと。
「……さて、何のことだかさっぱり。あと、時間はとっくにオーバーしてます。不正解に変わりはないでしょう」
須田はとぼけたように呟いて、椅子に座り直した。
そうして、改めて幹人の事を見つめて口を開いた。
「もし、佐々木ゼミナールの内部を確認したいのなら、僕が行きますよ」
「え……?」
「だって僕は、佐々木ゼミナールの受講生ですから」
そう言って、彼はポケットから財布を取り出し、受講者証を差し出した。
そこには紛れもなく、須田郁弥の名で登録されていた。
須田は三沢高校を転校し、今は札幌の母方の実家で通信制の高校に通っている。
授業の不足分を、佐々木ゼミナールの講義で補っていた。
幹人が考えた、学舎の城の展望室が佐々木ゼミナールの上層階ならば。
そして、真琴は佐々木ゼミナールのセキュリティが強化されたことを知らない可能性がある。
つい昨日からそのようになったと、男性職員はぼやいていたからだ。
「ただし、その謎解きの解はまだ不完全だと思います。『満艦飾の時を待つ』必要があるのでしょう?」
その言葉に、幹人は急に思い出した。
佐々木ゼミナールの窓から見える景色、そこから見えるものが電飾に彩られる瞬間があることを。
ちょうど数日後から、市街地中心部のシンボルタワーはイルミネーションが始まる。
その時を待て。
「その日……イルミネーションが始まる日に、真琴がいつも通っていた教室辺りを確認してもらうことはできるか?」
「はい。別に僕はほぼ毎日、自習室にも行っているので構いませんよ」
須田の素直な反応に、幹人も肩の力が抜けてくる。
「なんで、協力してくれるんだ」
出し抜けに聞いた質問に、須田は今度は本当に立ち上がり背を向けながら言った。
「別に。ただの暇潰しというだけです。けれど、僕にかかればこの程度、些末な問題です」
そして、最後に一言付け足した。
「だって、僕にはすべておみとおしですから」




