第三十四話 「エンターテイナー」
「コミュニティーセンターは閉鎖され、僕も高校生になった。もういい加減、諦めるしかないと思っていたんです。だけど、コミュニティーセンターが火事になったと聞いて、翌日から現場に通うようになりました。そして、どうしても最後にもう一度、あの場所を見ておきたくて、中に入りたくなったのです」
コミュニティセンターの火災は、地元ではそれなりに大きな事件である。
もしも何らかの理由であの場所や八十川を避けているのだとしても、それでもあの時間が彼女にとってかけがえのない思い出であるならば、あの場所に訪れるのではないか。
そんな期待も、日に日に萎んでいった。
せめて取り壊しが行われる直前に、思い出の場所を見ておきたい。
八十川は自分の中で決別する為に、見納めのつもりで焼け落ちた図書室へ向かった。
「何気なく手に取った書架の『ラムザの旅』はまだ新しく、僕は驚愕しました。中に入ったメッセージを見て、彼女がつい最近、その場に訪れたのだと確信しました」
八十川の説明を受けて、幹人は納得した。
彼が焼け落ちたコミュニティーセンターで暗号の置手紙をピンポイントに見つけたのは、彼にとって思い出深い本が決まっていたからだ。
そして、ただの悪戯と一蹴せず最後まで付いてくることも。
八十川は『ラムザの旅』に合言葉が書かれたメッセージがあれば、確実に謎解きを始め、ちょっとの事では止めたりしない。
「……待てよ。それで予備校の事件までの経緯はなんとなくわかった。でも、それがどうして今の真琴と繋がって来るんだ」
幹人は八十川の混乱している今の様子を察した。
佐々木ゼミナールでの事件までの八十川の行動と、真琴が失踪してからの謎解きがリンクしている理由が分からない。
「え……もしかして、真琴先輩がその『ユウちゃん』さんなんですかぁ?」
春田が驚き目を丸くするも、八十川は首を横に振る。
「……いいえ。さすがに月日は流れていますが、雰囲気は全く違います。ユウちゃんはもっと優しいたれ目な感じでした」
「それは……まあ、そうなのか」
真琴の鋭い眼光を思い返し、幹人は頷く。
「ま、真琴先輩の方がずっと美人ですもんねっ」となぜか春田はもう一方の人物には会ったことも無いのに、喧嘩腰に息巻く。
「そもそも、影山さんは札幌の出身でコミュニティーセンターに行ったことは無いよね」
姫野が冷静に否定する。
しかし、八十川の告白を受けて幹人はここまでの推理をある程度固めることが出来た。
振り返るように考えを口にする。
「ソウルフレンドを引き合いに出したり、このカルガモ軍曹が付いている事から、この謎解きは真琴が考案したものだ。そして、その謎解きは八十川と『ユウちゃん』の物語にも再び繋がっている」
八十川の佐々木ゼミナールでの冤罪事件で、謎解きは一旦途絶えた。
しかし、それは真琴の手によって繋がれ、再び流れが続いている。
真琴がこの件に関与したのは、偶然なのか。
「でも……じゃあ何なんだ。真琴と、最初の出題者の目的は」
幹人は頭を抱え、一同は沈黙する。
八十川とユウちゃんの思い出をヒントにした謎解き。
そして、その意図を汲み取り続けられる真琴からの謎解き。
二つの謎が絡み合い、幹人には解読不明の暗号になってしまった。
やがて、堪えかねた春田がわざとらしく腕を組んで悩めるポーズを取りながら口を開いた。
「八十川さんは、この話を誰かにしたりしました?」
「いいえ。初めて人に話ました」
「ううーん、もしかして……」
春田が目をカッと見開き、真剣な顔をする。
思わず幹人はその様子に注目する。
「人の頭の中を覗いて、過去が分かっちゃう人が居るんです! そいつが犯人です!」
幹人はガックリと項垂れる。
少しでも、この天然ボケの後輩に期待したことを後悔した。
まあ、未来が分かったり、嘘が分かったりするなら、人の記憶を読み取れる人が居ても不思議じゃないのだが。
「ま、まあ……それを言い出せばなんでもアリだからな、なあ、姫野」
幹人は気を取り直して姫野に向き直す。
あまりの突拍子もない話のせいか、幹人の声にハッとしたようにいつもの柔和な笑みを取り戻す。
「そうだよね。でも、八十川くんの話を知っていないと、影山さんもそこから謎解きの話を続けられないよね。いったいどうやって知ったんだろう」
姫野の言葉にも、八十川は特に回答を持っていない。
「でも、真琴先輩も流石のエンターテイナーですよね」
春田はニコニコしながらそんなことを言った。
幹人は思わず眉を顰めるが、彼女は気にせず続ける。
「わざわざ連絡を絶ってまで、こんな謎解きを準備するなんて。きっと謎を解いた人にはサプライズのプレゼントが用意されているんじゃないでしょうか」
春田の呑気な見解に、しかし幹人も怒るに怒れなくなった。
事を深刻に考えすぎているだけだろうか。
それにしては、やり方がやりすぎというか、せめて保護者の祖父母にはもう少し配慮する必要があると思う。
まったくの連絡を絶つような遊びのやり方を、しかも日にちをまたぐ程の規模で真琴が行うとは思えない。
しかし、それを否定するだけの事実も幹人には無いのだった。
ただ、予知夢のせいで嫌な妄想を膨らませているだけかもしれないと、自分自身で自重した。
結局、春田には何も言い返せなかった。
やがて一同はこれ以上この場で話し合っていても答えは出ないという見解で一致し、この日は解散し帰宅する事となった。




