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影山真琴の嘘の無い未来  作者: やしろ久真
第二章 影山真琴の明日の無い旅路

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第三十三話 「空想の世界」

『ふたたび旅立ちの場所へ、ルナシカに乗って、冒険のその先へ。学舎の城、展望室から見渡す満艦飾の時を待て』


 真琴から差し出された、次の謎解き。

 幹人は、姫野、八十川、藤木、春田の四名に謎解きの問題を見せた。

 一同は内容を熟読し、けれど明るい声を出す者はいなかった。

 とにかく、屋外では寒さに考えが纏まらないため、一同は一旦三沢駅に向かい構内の待合ベンチに並んで座り、自販機のホットコーヒーを片手に解読会議を始めた。


「よくわからないね……。また冒険とか旅とかって単語は出てくるけど。『ルナシカに乗って』って言うのは特徴的な単語だよね」

 姫野はそれでも、これまでの謎解きと同様に解読を始める。

 それぞれの単語の中で、謎解きの体裁を演出するいわばフレーバーテキストの部分と、具体的なヒントの部分は切り分けて考えていく。

「そうだな。今までの傾向からすると、ルナシカ、学舎、展望台と……まんかんしょく? が具体的な単語のようだけど」

「戦艦の名前でしょうか! 船って字がありますし」

 春田は意気揚々というが、姫野がやさしく訂正する。

「『満艦飾』って言うのは、艦体を電飾で彩る式典の様子から、船を飾る以外にも人が華やかに着飾ったり、衣服を沢山吊るして干す様子なんかも指す慣用句だったと思うけど」

 解説を受けて考えるも、答えに繋がる考えは思いつかなかった。


「藤木は何か知らないか? 『ルナシカ』っていう怪異とか都市伝説とかが実はあるなんて」

 幹人は、前回の謎解きのヒントとなったソウルフレンドの藤木に話を向ける。

「いいえぇ。知らないわぁ……。御免なさい、お力になれなくて」

 藤木はブンブンと黒髪を振り、項垂れる。

 ともかく、そっち方面ではないということが分かっただけでも十分とばかりに幹人は腕を組みなおした。


 その時、そこまで沈黙し続けていた八十川が、おずおずと口を開いた。

「あの……」

 その声は、かしましく推理を続ける女子達の声にかき消され、幹人の耳だけに届いた。

「なんだ?」

「あの……その手紙って。確実にポニーテールの人が書いたものでしょうか?」

 八十川が言うポニーテールの人とは、真琴の事だ。

 幹人は確証を持って頷く。

「そうだ。書いた筆跡からおそらく真琴本人の物だし、こいつがくっついてたからな」

 幹人はカルガモ軍曹のマスコットを掲げる。

 筆跡を偽ったり、謎解きの中身を偽装することも出来るが、真琴自身が自己証明のようにこのマスコットを付けたに違いない。

 真琴の持ち物であると確実に分かる、入手した日に立ち会った幹人に向けたの明確な意図を感じる。


「それが何か関係あるのか?」

 八十川の神妙な面持ちに、幹人は改めて問い直す。

 その声は、周りの女子達の声を遮り、沈黙を生んだ。

 そして、八十川は静かに答える。

「はい。まあ、なんというか。とても不思議なんです。少し、聞いてくれますか」

 八十川は、一旦言葉を切り、逡巡したのちに続けた。


「僕は、この謎解きが始まるより以前からずっと、とある女の子……いえ、今頃はもう女性と呼ぶべきでしょうか。人を探しているのです。そして、最初の謎解きの差出人は、その人だと思っていたんです」

 八十川はおずおずと、語り始めた。


「これは、僕が幼い頃から今に至るまで続いている一連の出来事なんです」

 八十川は、自身の半生も含めて経緯を話し始めた。

 一同は重要な話と解釈し、静かに耳を傾ける。


「僕は、小学生のころ、両親が中々家に帰ってきませんでした」

 家庭の事情で、世間一般よりも長い時間、八十川少年は一人で過ごした。

 夕食も作り置きを食べ、入浴も一人で済ます。

 小学生の子供にとって、それはとても孤独な時間だった。


「家に一人でいるのはなぜだか怖くて、僕はよく近所のコミュニティーセンターの図書室で過ごしていました」

 閉館までの間、八十川はずっと本に囲まれて過ごした。

 読書が特別好きなわけではない。

 友達もいない彼に、他に居場所が無かったからだ。

 不特定多数の人間が出入りして、管理者の大人がいる場所の方が、まだ安寧の時を過ごすことが出来た。


「そうしているうちに、コミュニティーセンターには僕と同じように一人で閉館まで過ごす、少し年上の女子が居ることに気が付きました。どちらから声を掛けたか覚えていませんが、僕らは時間を共にするようになりました」

 丸い顔立ちに沿うように、おかっぱ頭の女子。

 小学生同士なので、八十川よりも少し女子の方が背が高かった。


「本を読まない僕に対して、その子は本がとても好きな様でした。彼女は僕に色々な本を勧めては、次第に一緒に読むようになりました」

 時に肩を並べ読みふけり、時に本を置いて空想の世界を語り合った。

 歳の違いはおそらく一つか二つ程度でも、小学生の当時にとってみれば彼女はとてもお姉さんに見えた。

「その時に、特に彼女が好きで、一緒に読んでいたのが、『ラムザの旅』というタイトルのライトノベルだったんです」

 八十川たちにとっては少し上の世代の作品である。

 旅人のラムザが、相棒のシカのような生物『ルナシカ』に乗り、世界の各地を巡り出会う人々と事件に巻き込まれたり、恋をしたりする物語だ。

「僕らは、いつかこの狭い図書室を飛び出し冒険へ旅立つことを誓い合いました。そのための合言葉を、作品から真似て作ったのです」

 ラムザが別れ際に、人に言う言葉。

 ゴッドブレス・フォー・ユー。略して、GBFY。

 孤独を抱える二人の子供は、空想を膨らませ自由帳に旅の目的地や、各地での出来事を書き溜めて行った。

 各地の町は座標で示され、地図を埋め尽くしていった。


「しかし、そんな日々も急に終わります。彼女は、パタリとコミュニティーセンターに来なくなりました」


「いったい何があったのか、僕には分かりませんでした。そして、そうなってようやく、僕は彼女の住む家も、通っている学校も、ちゃんとした名前も知らなかったのです」

 何も知らない子供にとって、明日も当たり前のように会えると信じている。

 突然の別れが、何気ないすれ違いから、その後一生会うことも出来なくなるなんて、想像することはできない。

「ただひとつ、『ユウちゃん』という呼び名だったことしか、僕は手掛かりが無かったのです」

「それからは、ただ彼女にもう一度会いたい、その思いでコミュニティーセンターに通い詰めました。けれど、もう二度と彼女は現れませんでした」

 しかし、皮肉にも八十川にとって消えた彼女を探すというのは日常をやり過ごす目標となっていた。

 明日は会えるかもしれない、街のどこかで偶然見かけるかも知れない。

 そんな思いを抱くうちに、彼は成長し、中学生になり、やがて高校生になっていた。

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