第二十九話 「あくまで参考程度」
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12月11日。
週末の札幌市。
駅前に聳える複合商業施設の上階にある大型書店には、多くの客で混雑していた。
「本屋なんて久しぶりかもな……」
幹人は、せいぜいマンガ本ぐらいしか買わないため地元のコンビニや、かつてはゲームショップだったが最近では雑貨や家電なども起き始めた何でも屋のような店で済ませるため、大型書店に訪れるのは幾月ぶりだった。
「そう。赤本などはどこで買っても一緒だけれど、参考書は出版社や発行年度によって内容が大きく変わるから、種類が多く揃った大型店で実際に中身を見て選ぶことをお勧めする」
真琴は慣れた足取りで書棚を進み、入試対策用とは別な数学の学術書が並ぶ棚で専門書をいくつか選抜していた。
その背中をぼんやりと眺め、「別に参考書なんて買ったことないけどな……」と呟いた。
今日は、真琴と連れ立ち作戦会議の予定だったがどうしても書店に行きたいという真琴の要望もあり、別段歩きながらでも考えを話し合えるため電車に揺られ札幌までやってきた。
「あ、真琴せんぱーい、あの山伏ネコ軍団のマスコットかわいいですよ~」
二人の間に割って入るように、甘い声で後輩の女子が駆け込み真琴の腕を引っ張る。
真琴は素早く書籍をニ三冊掴み取ると、別段嫌な顔もせず引っ張られていく。
その様子に苦笑しながら、幹人も後を追う。
「それにしても、本当に私お邪魔じゃなかったですかぁ~」
冗談半分で伺うように、春田まつりは二人の顔を交互に見比べる。
「別に。あなたが居ることは問題ない」
真琴は存外優しい口調でそういい、幹人も頷いた。
もちろん、当初は二人だけで行動する予定だった。
しかし、週末の予定を春田に聞かれた際、馬鹿正直に真琴は話し、彼女もいっしょに来たいとねだった。
春田と真琴は書店にポップアップストアとして並べられた猫のキャラクターのマスコットを眺めつつ、そんな二人から一歩下がった位置で幹人は新刊小説の棚をぶらぶら眺めていた。
幹人が少し離れたところを見計らい、春田は声を潜めて真琴にささやく。
「でもでも、本当にほんとのところどうなんですかぁ? 久田先輩も想い人が居るとは言いつつも真琴先輩以外の女の子と一緒に出掛けるなんてしてませんよね」
春田の邪推に、真琴は至極冷静に答える。
「そうね。彼は特に行動に移すようなことはしていない様子」
「実は案外、気が変わってるかもしれないですよぉ。それに、真琴せんぱいはどう思ってるんですか?」
「あたし?」
そう言われて、改めて真琴は考える。
久田幹人と影山真琴は、どういう関係か。
彼には姫野千歳という片恋相手が居り、真琴はここ数か月の関わりしかない。
彼とはお互いの体質の秘密を共有し、協力関係でいるという約束をしている。
現在は八十川に関わる事件の解決に向け、再び行動を共にするようになった。
しかし、その約束はいつまで効力があるのだろうか。
手に持つ参考書は、別段受験対策の為ではない。この先の人生へ向けて蓄えていく知識としての書籍だ。
人生は高校生が終わっても、当たり前に続いていく。
しかし、高校の同級生であるのは、せいぜい3年間の話。
その後も繋がりを持つのは、仲のいい友人という前提があってこそだ。
「彼とあたしは……どういう関係なのかしら」
改めて問われ、真琴は答えに窮する。
春田も別に、真琴を困らせたかったわけではないため、目をクルリとまわして愛嬌を振りまく。
「私は、いつまでも真琴せんぱいの舎弟ですからっ。どこまでもついて行きますっ姉御!」
「姉御はやめて頂戴……」
春田は冗談でこの話題を切り上げた。
「じゃあ、会計していくか」
物色も済んだタイミングを見計らって、幹人がレジを指さす。
「待って。もう一冊だけ、買いたい本がある」
真琴は手で制し、別な書架へ足を向けた。
向かった先はライトノベルの棚である。
色とりどりの表紙には、美少女キャラが沢山並んで平置きされていた。
「へー、真琴先輩もこういうの読むんですか?」
春田は興味深そうに眺め、「あ、これのアニメは見たことあります」と手に取り捲っていた。
「普段はあまり読まないけれど、参考までに」
そう言って、真琴は少し奥にある既刊コーナーに進んだ。
既に完結した作品も、大型書店なら取り扱っている。
その中から、一冊の本を迷い無く選び取った。
「『ラムザの旅』か……どっかで聞いたタイトルだな」
幹人は、真琴が持つ本の表紙を眺めて記憶を探った。
一昔前のタイトルの為、表紙の絵柄は今ほどポップではなく、やや劇画寄りのジュブナイルだった。
中世ヨーロッパ然とした格好の少女が、馬のような生き物にまたがっているイラストだ。
「あくまで参考程度。さ、行きましょう」
真琴はその『ラムザの旅』の一巻を手に加えると、すみやかに会計を済ませた。
結局、何の参考なのかを幹人は聞きそびれてしまった。
*
一同は書店を後にし、ビル群が並ぶ屋外へ出た。
しかし、12月の寒風は厳しく吹きつけ、一様にコートの前を手繰り寄せ顔をしかめる。
「さむ! もう外は歩けねぇな」
幹人は毎年同じはずの冬の寒さに改めて叫びつつ、女子達を振り返った。
「そうですねー、どこかで温かいものでも飲みましょう! 久田先輩のおごりで!」
春田は愛嬌たっぷりに口角を上げて言う。
何も言われなければもっと素直に払ったものを……と内心でぼやきながらも、幹人は頷く。
「真琴もそれでいいか?」
「え? ええ」
真琴はあさっての方向を見ており、名前に反応して生返事をした。
彼女の視線の先では、沿道での演説が行われている。
ちょうど、市長選が近日行われるようで、今期の市長を務めている『成澤まさゆき』氏が演説カーの前に立ち、拡声器を片手に声を張り上げていた。
ガッチリした体格で、日焼けした黒い肌が目立つ50代ぐらいで白髪オールバックの男性が、にこやかに手を振っている。
「なーんだ、イベントかゲリラライブかと思ったら政治の人ですかー。真琴先輩はああいうのに興味があるんですか?」
春田は高校生らしい感想を漏らし、真琴は視線を戻して淡々と応えた。
「いいえ。あたしは三沢市民だし」
「それもそうか……。うう、寒いからどっか入ろうぜ」
幹人は堪えかねず、道路沿いにあるカフェチェーンに吸い込まれた。




