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第二話「夢を見るんだよ、少し先の出来事の」

「じゃあ、まずは君の体質について教えてもらおうかな」

 真琴は向かいの席に座る男子、久田幹人に促した。

 一方の幹人は、居心地が悪そうに身じろぎをする。


 ここは三沢高校から少し離れた国道沿いにある、チェーンの喫茶店である。

 ボックス席に向かい合って座る2人の他にも、仕事終わりの会社員や主婦などで、夕暮れ時の店内はそれなりに繁盛していた。

 

 二人は展望台での邂逅から、互いの事情を教えあうことになった。

 場所を移した二人は自己紹介を済まし、同じ三沢高校の二年であることや隣のクラスに在籍していることなどの確認を終えていた。


「なあ、こんなところで話して大丈夫なのかよ」

「何か問題でもある?」

 声を顰めて言う幹人に対し、真琴は腕を組んで胸を逸らしながら淡々と告げる。

「当事者以外が聞いても、どうせ漫画やアニメの話をしているとしか思われない。それにここでの会話を同級生が聞く可能性も低い。ここは三沢高生が来るには遠く、他に遊べるような施設が近くにあるわけでもないから」

 そう言い捨てる真琴に、それもそうかと口の中で呟く幹人は、観念したように自身の体質について語り始めた。


「俺は、未来が視えるっていっても、なんでも全てが分かるわけじゃない。というか、ほとんど断片的にしかわからないんだ。……夢を見るんだよ、少し先の出来事の」

「そう。未来視じゃなくて、予知夢といった方が正しいと」

 真琴はドリンクバーのココアが入ったカップを口に運びながら相槌を打つ。

 一方幹人は、汲んできた無料の水が入ったコップの表面に水滴が滴っていた。


「そうだな。ごく普通の夢も見るんだけど、『予知夢』の時はこう、起きた瞬間に間違いないって感じるんだよ。脳がビリビリするっつうか」

 幹人は、初めは周囲を窺っていたが徐々に熱がこもり饒舌になる。


「今日の出来事も夢で見てたんだ。ほら、今まで見た予知夢の内容をスマホにメモしているんだ」

 そう言って差し出すスマホの画面には、箇条書きでいくつかメモがされていた。

 その中に『高いところ、転落、学生』というメモがある。


「ふうん。じゃあ、予知夢の出来事がいつ起きるか具体的なことはわからないということ?」

 真琴が聞くと、幹人は勢いよく頷く。

「そうなんだ。今回は、『フェンスから誰かが落ちていく瞬間』としか視えていなかった。だからこんなものも用意したんだ」

 先ほどまで、腰に巻いていたハーネスを掲げて見せる。

 初めてこの体質について語り合える仲間を見つけたことで、幹人は上機嫌だった。

 一方の真琴は、思案顔のまま幹人の言葉を分析するように視線をココアの表面に落とした。


「仮に、君が先回りをしてフェンスを補修するとか、立ち入り禁止の札をかけておくとかして、その未来を変えるってことはできない?」

「それは何度も試している。けどやっぱりダメなんだ」


「俺の夢には、具体的な日時は出てこないし、場合によっては誰が当事者になっているかもわからん。今回は『あの感じの展望台』ってこととか『晴れた夕暮れ時の空』とか状況はわかるけど、それがいつ、何処の誰かまではわからなかったんだ。立ち入り禁止にしていても、俺が目を離した隙にその札が撤去されたり、実はよく似た別な場所だったりなんかして、とにかく夢に見た光景に俺は遭遇してしまうんだ」


「……それなら、君があの場に来なければ、あの出来事は起きなかったということ?」

 鋭い視線を返しながら、真琴は幹人に告げる。

 それは、幹人にとって抗いようのないことではあるが、責任の一端を感じるような言い回しだった。


「そうなる。……だけど、いつどんな理由でその場面を迎えるかもわからねえ。例えば、絶対あの場所に近づかないようにしていても、やむを得ない事情を頼まれて気がつくと連れて行かれてたり、もっとやばい出来事が起きてその場に行かなきゃならない理由ができたり、とかな」

 幹人は、過去の経験からか、少し苦い表情で呟く。


「だけど、“夢で見た場面”より先の事はどうなるかわからないだろ」

 実際、真琴は転落しかけたが、その後助けることに成功している。

 夢で見た場面のその後の出来事を、少しでも良い方向に導くことは可能だと幹人は考えていた。


「もしもの時、なんの準備もできていなかったり、両手が塞がってちゃまずいと思うからさ。俺はなんとかして積極的にその場面を迎えるようにしているんだよ」

 どうせ、その未来は実現してしまうんだから、と独り言のように付け加えた。

 そして、コップの水を一口で飲み干した。


「さ、俺の事は言ったぜ。今度はそっちの番だ」

 幹人が促すと、真琴はサラリと髪束を靡かせて口を開いた。


「そうね。あたしは、人の言葉の真偽がわかる」

 真琴があっけらかんと言うと、幹人は思わず息をのんだ。


「といっても、常日頃から人の頭の中から声が聞こえてくるわけじゃない。微妙に不便な体質というところでは君と一緒」

 喋りながら、具体的な説明の中身を考える間をおいて、話を続ける。


「具体的には、あたしがした質問に対する答えが嘘だった場合に、特有の匂いがする」

「匂い……」

「そして、それは必ずあたしがした質問じゃないといけない。例えば、隣の席で喋っている人が会話の中で嘘をついていても、あたしにはわからない」

「そうか……答えられないとか、解答を濁した場合は?」

「その時点でやましいことがあるから、別に匂わなくてもわかるでしょう」

「まあそうか」

 そこで幹人は納得したように腕を組み、鼻から息を大きく吐いた。


「しかし、まさか“深窓のお嬢”がそんな特異体質だったとはな」

「ん?」

「ああいや、なんでもねえ」

 咳払いを一つして、会話を元に戻す。


「でもよ、これからはお互いーーー」

「それじゃあ、取引をしましょうか」


「あ、え、取引?」

 言いかけた幹人は、話の腰を折られ素っ頓狂な声を上げた。

「そう。あたしは君の体質については口外しないし、君もあたしのことを誰にも喋らない」

「お、おう」

 幹人は取引の内容というよりも、その意図が呑み込めない様子で、釈然としない返事をする。

 そんな彼を前に、真琴は嗜虐的な笑みを口の端にうっすらと浮かべた。

 

「君の体質、結構不便だよね。もしも普通の人なら、あんなにタイミング良く現れる君を、素直に受け入れられないかもしれない」

「……そうだな。そういう場面も、あるっちゃある」

「それに、『未来が見えるなら、どうしてあの時助けてくれなかったんだ』と理不尽に責められもするでしょうね」

「……かもな」

 幹人が見る予知夢は、別に人の生死に関わるものだけとは限らない。

 そして、知人友人の危険をすべて予知している訳でもない。


「そう言うことだから、君はその体質が”もしも”暴露されて、周囲から信じられると非常に困る立場になるということね」

 真琴の取引の意図を受け取り、幹人はあいまいに唸ることしかできない。


「だから、あたしのことも絶対に口外しないように。それじゃあ」

 そう言い残すと、緩やかにポニーテイルを振りながら真琴は立ち去った。

 残された幹人は、唖然とするしかなかった。


「ってか、会計してねえな! あいつ」

 幹人の叫びは、虚空に消えた。

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