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影山真琴の嘘の無い未来  作者: やしろ久真
第一章 影山真琴の嘘の無い未来

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第十九話「言葉の弾丸」

***


『いまから、全世界に向けて。偽善者たちの真実をお見せします』

『皆さんは、真実には辿り着いたでしょうか』

『これまでの事実をつぶさに拾い上げて、観察していれば、きっと真実は一つしかありません』

『けれど、心配は無用です』

『今から私が、全てを白日の下に晒すのですから』


***


 9月11日、午後十一時。

 そのアカウントの投稿は、三沢高校に通う多くの学生の注目を集めた。

 崇拝する者、興味本位で覗く者、自分が晒されないか怯える者。

 各々の理由は違えど、そのアカウントから発信される情報を固唾を呑んで見守っているのが、画面越しからもはっきりと感じられた。


『わたしはすべておみとおし。過去から未来へ向けた告発状はいま、解き明かされるのです』


 ライブ配信が開始される。

 暗い画面に、僅かに揺れ動く光が映る。

 音声は途切れかけているが、コツコツという足音がした。


「ねえ、ほんとうにあるのかな」

 その時、布を隔てた向こう側から、女子の声が響いた。

「わからん。だが、もしもという事もある。第一『おみとおし』とかいう奴は、ケーブのことを知っているとしか思えん節がある」

 尊大な態度が透けて見える声。

 扉を明けるような擦れる音が響くと僅かに光が差し込んだ。

 

 棚の上に置かれたようなカメラの映像は、室内で動く人影の揺らめきを配信していた。


「ここであってるんだよな。ケーブが遺書を隠したのって」

 能天気な男子の声が響く。

「他にどこがある。自宅に置いていれば両親が見つけるだろうし、学校や公共の場所に置けばいつ誰に見られるかもわからん。木を隠すなら森の中。どうせ奴が思いつく場所なんざここしかないだろ」

 吐き捨てる用に言う言葉は、言外に面倒だとはっきり示していた。


「……ねえ、おかしいよね。だって、刑部くんはもう一年前に……」

 震える声は、殊更ヒステリックに上ずっていた。

「もう、華子。さっきからずっとそればっかじゃん。だから今日確かめちゃおうって。きっと誰かが偶然見つけて、悪戯か何かしてるんだって」

 女子の声は、場違いなほど弾んでいた。


 三沢高校の二年生の大半は、この声の主たちが笹島純一郎、池森水葉、盛山大勢、黒澤華子の四名であると容易く想像できる。

 映像が捉えるそこは薄暗い部屋で、壁一面には書棚が並んでいた。


「そうだ。『おみとおし』が何者であれ、俺たちを告発するようなマネは出来ん。……決定的な証拠がない限りはな」

 笹島はそういい、彼らは書棚を端から端まで探し始める。


「でもよ。本当にナニモンなんだ? ケーブに俺ら以外で仲のいい奴なんて居なかったし、兄弟もいないだろ。誰が遺書の事なんか知っているんだよ」

 盛山は馬鹿でかい声で喋り、笹島に睨みつけられる。

「わからん。しかし、まつりの件もある。単に学内でゴシップを集めていた陰キャが偶然何処かから見つけたんだろ」

 それきり、会話を打ち切り書棚を漁り、“遺書”を探す。


 しかし、一向にお目当ての物に辿り着かず、次第に苛立ち始める。

「ねえ、どうせ見つからないんでしょ。遺書なんて」

 その時、黒澤が妙に響き渡る金切り声で言った。


「何を言っている。何かあるはずだ。でなきゃ、ヤツの言っていることは妄言に過ぎん。奴は絶対に何かを掴んでいるはずだ」

 笹島は焦りからか、本を乱雑に床に落としながら調べ続ける。

「もうやめてよ。大体、全部笹島くんが悪いんでしょ」

 黒澤は一切本を触ろうともせず、笹島を見据えて話し続ける。

「なんだと? お前もいい加減にしろ」

 本を探る手を止め、笹島は黒澤ににじり寄る。 


「どうしたの?」

 笹島と黒澤の言い合いに、他の二人も集まる。

 睨み合い、対峙する二人。

 黒澤はそれでも、臆せず口を開いた。


「あのキャンプの夜にさ、川に刑部くんをおびき出そうって言ったの、笹島くんだったよね」

「今更何の話だ」

 一年前。

 一人の学生が事故に遭ったその日。

「悪者が自分一人になるのが怖いからって、私たちまで巻き込まないでよ」

「……ふん、何を言い出すかと思えば。そもそもケーブに告白するフリまでして、自分も楽しんでいただろうが! 抜け駆けなどできんぞ!」

 当事者にしか、詳細な事実は分からない。

 互いが都合のいい事実を記憶し、不都合がある部分を誰かに擦り付け合う。

「それに責任と言うなら、実行犯は突き飛ばしたりした大勢だろうが!」

「ちげえよ! 俺は少し脅かしてやろうと思っただけで、飛び込んだのはアイツが自分からだ!」

 怒号のような叫び合いが始まり、もはや遺書を探す者はいなかった。

「水葉も他人事のような顔をしているがな、助けをすぐに呼べばよかっただろうが! 笑い転げて動画を取っていたバカも同罪だろ!」

 笹島は額に青筋をたてて捲し立てる。

「もうやめてよ! 今更言い合ったって意味ないじゃん。あんな浅い川で溺れるなんて誰も想像してなかったでしょ!? 姿が見当たらなくなっても、どうせハズイから一人でロッジに帰ったって言い出したのは……」


「うるさい!」

 黒澤のヒステリックな一喝に、シンと沈黙が取り戻される。

「怖くなったんでしょ? 刑部くんの一回忌で」

 黒澤が言い放った言葉に、その場に居た全員が息を呑んだ。

 それは図星であり、的確に痛い所を貫く言葉の弾丸だった。


「ご両親の所へ行って。だから、『おみとおし』とか始めて」

 それは8月2日のこと。

 刑部圭介の一回忌には、仲の良かった同級生が彼の実家に集まり、仏壇の前で手を合わせた。

 その際、出迎えてくれた彼の両親の姿は、一介の高校生では想像できなかった風貌だった。

 2人の大人が、人生の中で大切な柱が欠落したように、崩落寸前の様相を呈していた。

 それは、もしも彼の死に対して自分たちも同じ感情を持っていたとしたら、その痛みを共有することができたのかも知れない。


 けれど、彼ら、彼女らは。

 その死に対して、全く別の感情を抱いていた。

 バレたりしないか、告発されないかという恐怖。 


「悪いのは一人じゃなくて、グループのノリだったってことにしたいんでしょ? そう書いてでっち上げた遺書が出回ればみんな信じるものね。だから注目してほしくて『おみとおし』なんて始めて」


 その日から。

 元々は一年前の不幸な事故として、世間的にも、自分たちの感情としても片付けてきたものが。


「私は悪くない。私のせいじゃないから。私は、まだやりたいことがあるの。美大に行くために……夢をかなえるために……だから、こんなことに巻き込まれたくないの」

 楔のように胸に刺さり、呪詛のように心を蝕んでいる感覚に囚われていた。


「華子、自分で何言ってるのかわかってる……?」

「私の、私のせいじゃないから。私、知らないから。あなた達が悪いんだよ」

「お願い、もうやめよ。今日は帰ろうよ。きっと遺書なんて無いんだよ」

 壊れた人形のように繰り返す黒澤に、池森は泣きべそをかきながら縋りつく。

「無理。だって、あのアカウントが晒すって言ってたじゃない。それは今日なのよ。宿命の日だから。”刑部くんが生きていれば17歳になったはずの日”だから。きっと、この場所を大々的に発表して、正義の鉄槌を下す側だけの人間の関心を呼び集めて、私たちは生き地獄にさらされるんだわ。消さなきゃ、消さなきゃいけないの」


 突然、黒澤が持って来ていた紙袋から、太い筒状の物を取り出し、栓を開けた。

 周りの三人は、呆気にとられたようにその挙動を見守ってしまった。

 それは、焼酎などを入れておくような、巨大なペットボトルだった。

 普段は、特別棟で学生が灯油を運ぶために使用されている。

 その中の液体を、彼女は周囲にばらまいた。

「……何の匂い?」

 鼻を衝く匂いに、一同は固まる。


「本なんて、もう見たくない。全部、消えればいいの」

 彼女がライターのオレンジ色の光を掲げた直後、轟音が膨れ上がり一面は炎に包まれた。



「これやばくね?」

 滝谷は自宅のベッドに寝転び、スマホの画面を見つめながら呟いた。


『てか笹島会長だよな、今の声って』

『二年の会長グループじゃん。どう考えても』

『ガチで刑部の呪い?』

『遺書があるなら自殺だったってことでしょ』

『つまり、笹島たちは……』

 配信画面に寄せられるコメントは絶えない。

 

 画面の中で燃え上がる炎と、配信に寄せられるコメントの嵐。

 どっちの炎上もおぞましいと、滝谷は一人身震いしていた。



 

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