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影山真琴の嘘の無い未来  作者: やしろ久真
第一章 影山真琴の嘘の無い未来

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第十七話「最後の確認」

9月11日。


 日を改めた放課後、真琴と幹人の二人は美術準備室に残されていた予言の手紙の内容を解き明かすべく、廊下の端で作戦会議中だった。


「それで、これからどこを調べるんだ」

 幹人は、壁にもたれ、腕を組む真琴に向かって尋ねる。

「あの手紙に書かれていた内容の後半。『来たる宿命の日に、過去から送られた手紙が、すべてを教えてくれるでしょう。運命の場所は、我らの秘密の書庫の中』。この内容が未だ不明。宿命の日と運命の場所……秘密の書庫、これらを特定しなければならない」

 真琴は顔を上げずに答える。

 答えを急ぐ理由として、おそらく幹人の見た予知夢の出来事が眼前に迫ってきていると思われるからだ。

 具体的な根拠は無くても、笹島の憤る秘密と、噴煙に塗りつぶされる光景の交錯点が徐々に近づいているのは感じる。

「つっても、宿命の日も秘密の書庫もほぼノーヒントじゃないか」

 幹人はお手上げとばかりに言うが、真琴は思考を止めない。


「あたしたちにとってはね。けれど、本当に誰にも答えが分からない問題なんて出題する意味すらない」

「あー……笹島とかにはなんとなくわかる場所や日にちってことか」

 おみとおしのターゲットは既に笹島か、あるいはその周辺の人たちに絞られている。

 外野の連中と笹島たちを切り離すのが目的ならば、その後の出来事も予想される。

「そう。だからそれを確認する」

 真琴が足を動かした。

 向かった先は、一年生の教室の前だった。


「春田まつりはいる?」

 教室の出入口付近で、適当な下級生に真琴が尋ねる。

 相手の一年男子は、突然上級生の女子、しかも鋭い眼光の真琴に話しかけられてドギマギしている。

 可哀想に、と内心同情していると、男子は件の人物を引き連れてきた。


 春田まつりは真琴を認めるや否や、顔を綻ばせて飛びついてくる。

「真琴せんぱい! 私に会いにきてくれたんですね!」

 少し幼い顔立ちの春田は、顔いっぱいに愛嬌を込めた笑顔で抱きついた。

 それを男子に向けられた日には、あの笹島も落ちてしまうのだろうと察する。

 眉を曲げて困り顔の真琴は、「少し場所を変えましょう」となんとか絞り出し、注目が集まる教室から離れることにした。


 中庭に移動した三人は、人目を避けるように木陰のベンチに並んだ。

 春田は真琴が自分の所に来たのがよほど嬉しかったのか、ソワソワと目を輝かせている。

「春田さん。少し聞きたいことがあるのだけれど……」

「もう、私のことならまつりって呼んでいいですよぅ、真琴先輩」

 腕にしがみ付かれ、無垢な視線を向けられる真琴は心底困った顔をしている。


「あなたにとって嫌な思い出かもしれないけれど、どうしても教えてほしいの」

 真琴の真剣な声音に、春田は静かに頷いた。

「あなたが笹島純一郎と逢引をする際、使用した秘密の場所などはあるかしら」

 真琴の問いに、春田は硬直した。

「……あいびき……ハンバーグの話でしょうか?」

 言葉を失った真琴の代わりに、幹人が訂正する。

「あれだ、恋人同士が二人きりで会う秘密の場所のことだ」

 訂正され、合点が行ったように目を瞬かせた。

「あ、はい。実は純く……笹島先輩が持ってる鍵があって……」

 言ってよいのか、躊躇するように言い淀むが、真琴が前のめりに彼女の顔をのぞき込むと、意を決したように言葉を続ける。


「旧コミュニティーセンターって知ってますか?」


 春田が言うには、笹島は生徒会の業務の中で旧コミュニティーセンターに出入りしていたそうだ。

 幹人たちが押し付けられた蔵書の整理かもしれない。

 その対応を行っているうちに、彼はある計略を思いついた。それが鍵の複製である。

 生徒会では、黒澤が美術準備室の鍵を紛失した際もそうだったが、実際に業者に注文するのは教員だが、鍵の紛失及び再制作の申請書を管理し、生徒から受理している。

 それを応用し、勝手に旧コミュニティーセンターの鍵を複製して、秘密の場所として活用していたということだ。

 笹島は一年の時から生徒会に所属していた。


「そこは笹島だけが知っているの?」

「いいえ、仲のいい人たちで集まったりしてたみたい……私が行ったときは、二人だったけど」

「秘密の場所……書庫……そういうことか」

 幹人は、謎が一つ解けたと納得している。

 

「でも、どうしてそんなこと聞くんですか……あっ」

 春田は、真琴と幹人の顔を交互に見交わし、頬を押さえた。

「もう、先輩ったら……鍵は笹島先輩が持ってるから開けられませんよ」

 うふふと言わんばかりに妙に赤面するフリをしながら、しなを作る春田をよそに、真琴は用が済んだとばかりに立ち上がる。

「ありがとう。春田さん。助かった。さ、行きましょう」

 真琴は駆り立てられたように、幹人の袖を掴むとその場を後にする。

 引っ張られながら、幹人は後輩の様子を振り返る。

 なぜか、ガッツポーズのように拳を握りしめて幹人を鼓舞するようなジェスチャーをする春田と目が合った。

「なあ、何か勘違いされていないか……」

「勘違いではない。あたしたちは、着実に真実へ向かっている」

「えっ!? ああ、まあ、そうなんだけどさ……」

 釈然としない幹人は、けれど些末な問題だと切りかえた。



「それで、どうする? コミュセンに行ってみるか?」

「いいえ、まだ宿命の日が分からない。行くべきは……」

 二人は今後の方針を話し合いながら、足早に校門を抜けようとした。

 その時、まるで二人を待ち構えていたかのように飛び出してきた生徒が、行く手を阻むようにたち塞がった。

 驚き、立ち止まるとそこにいたのは姫野千歳だった。

「あ、ゴメン……驚かせるつもりは無かったんだけど」

 申し訳なさそうに俯く彼女だったが、それでも退けるつもりは無いらしく、二人に対して向き直した。


「おう、姫野。どうかしたか?」

「う、うん……。最近、変だよね。学校のみんな」

 彼女は、『おみとおし』の騒動に困惑している様子だった。

「ねえ、『おみとおし』の正体はわかったのかな?」

 幹人は、最初に刑部圭介とおみとおしの関係性を示唆したのは姫野だったと思い返す。

 彼女には全く進捗を知らせていないので、美術準備室の手紙の件などは知る由もない。

 申し訳ないが、適当にはぐらかすしかないかと思った矢先、真琴が一歩前に出ていた。


「姫野千歳さん。あなたは、刑部圭介と同じ中学校出身だったのよね。クラスは何組だったか覚えている?」

「え、刑部君のクラスは確か……」

 急な質問で返され面食らいながらも、千歳は記憶を辿り、刑部圭介が所属していたクラスを告げた。

「三沢高校で同じ中学出身の人を教えて。それから彼の部活動は文芸部だったのよね」

「そう、文芸部。それに私の他には三沢高に来た人は居なかったはずだよ」

 それだけ確認すると踵を返して立ち去ろうとする真琴を、千歳は彼女の手首を掴んで引き留めた。

 急に触れられ、目を丸くした真琴は千歳を見返す。

「あ、ごめんなさい。……その、わかったの? 『おみとおし』の正体。やっぱり刑部君が……?」

「……いいえ、今はまだ言えない。けれど彼はこの件には無関係ではないはず、とだけ」

 含みのある言い方にも、千歳は素直に頷いた。

「そっか。うん、私は当事者じゃないから別に構わないけど……その時が来たら真相を教えてね」

「ええ。きっと真相は伝わることになる」

 それだけ言葉を交わすと千歳は手を離した。

 そして、真琴は幹人に視線だけで促すと、足早に目的地へ向かった。


「さ、最後の確認を済ませましょう」

「確認って、まさか」

 幹人は一抹の不安を抱きながらも、真琴の後に続いた。



 常盤中学は、三沢高校から電車に乗り三駅離れた場所から、さらに二十分程度歩いた場所にある。

 一般的な公立中学で、校門から見える校舎は薄汚れているが、グラウンドからは野球部の活気ある声が聞こえた。


「それで、こっからどうすんだ」

「どうって、入るだけ」

「お、おいおい……」

 いくら近隣高校の制服を着ているからと言って、中学校とは何のアポも無しに入れるような場所ではない。

 しかし、さも当然という表情で真琴は校門をくぐると玄関へ突き進んだ。

 そこで、丁度玄関前の落ち葉を箒で集めていた年配の教師らしき人物と目が合う。

 

 怪訝そうに眉を上げる年配の男性教師は、静かな足取りで真琴に近づいた。

 彼女は臆せず、準備していたであろう言葉を並べる。


「こんにちは。私、三沢高校二年の影山です。本日は以前ご連絡していた文芸部の文集の事で打ち合わせに来たのですが」

「……はて、失礼。文芸部の顧問をしております尾美と申します。三沢高校の方からその様な話は聞いた覚えがなくてのう……いやはや、年寄りなもんで恐縮ですがね」

 真琴の出まかせも出鼻を挫かれる格好になり、思わず幹人は叫び出したくなるのを堪える。

「そうでしたか。こちらこそ失礼しました。EーMAILでやり取りをしていたので、てっきり先生方にも伝わっているかと。いきなりで申し訳ありませんが、『バン校祭』のアーカイブを閲覧することは可能でしょうか」

 それでも淡々と真琴は言葉を紡ぐ。

 というか、ちゃんと年配の人には礼儀正しい言葉遣いはできるのかと、幹人は脇で棒立ちしながら考える。

「ええ、まあ構いませんよ。私が同伴しますのでね」

 そのまま促され、老教師の後に続き校舎内に踏み入れた。

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