第十四話「現世帰り」
その日の放課後、真琴と幹人は廊下で合流し、肩を並べて歩き始めた。
幹人はスマホで日課になりつつある『おみとおし』のアカウントの更新状況をチェックする。
「また更新されてるな……」
その度何かが起きる状況に辟易しながらも、今度の投稿内容を読み上げる。
『真実とは、時に残酷なものですよね』
『私の力を使えば、どんな真実も明らかになります。嘘で固めた外面で、人前に立っていい気になっている厚顔無恥な人は、今頃震えているのでは?』
『お望みとあらば、貴方の嫌いな人の真実も暴露しましょうか?』
今日の投稿はそれだけだった。
しかし、そのアカウントの一挙手一投足はもはや全校生徒の注目の的であり、リアクションは大いに湧いていた。
「……全く、調子のいい連中が多いな」
幹人はSNSの画面を苦々しい表情で眺めている。
「まるで教祖だ。誰それの秘密も暴露してってメッセージで溢れてる。それに金を払うから自分の受験結果を未来視してくれだの、人生が上手く行くかの相談がしたいだの……。奴の目的はこれなのか?」
「現金入りカバンが自作自演なのだとしたら、金銭的目標のハードルは高いでしょう。下手をすれば警察沙汰になりかねない」
いくら信仰されていても、学生から二十万円以上を巻き上げるのは困難だ。
それに、振り込み方法も限られているので現状では金銭のやり取りは無いと見える。
2人は歩きながら、今朝得た情報を共有する。
「刑部圭介は笹島を中心としたグループの一員だった様子」
滝谷が言っていたことに嘘は無い。
刑部と笹島の関係性は見えてきたが、肝心な『おみとおし』と刑部の関係は謎である。
「他に親しい奴とかは居なかったのかな。それか、親か兄弟とか……でも『おみとおし』は確実に三沢高の関係者だよなぁ」
親が英語の小テストの答案を盗むとは考えにくいし、SNSを通じて笹島の秘密を暴露するとは思えない。
学内に、刑部という名字の学生が居ないことも、すでに調査済みだった。
「あなたたち、もしかして刑部圭介の事をしらべているのぉ?」
「うわ!?」
突然声がして幹人は驚き飛び上がった。
彼の背後から黒いオーラのようなものを纏った藤木あさひが顔を出し、その口を愉快そうに歪ませて立っていた。
彼女は急に現れたわけではなく、真琴たちが彼女の根城である新聞部の部室に向かっていた。
生徒会メンバーの動向は注視しなければならないが、建前としていた密着記事の作成も時折行わないとならない。
記事の執筆時間はもっぱら情報を整理し推理を交わす時間となっていた。
「いや、まあなんというか」
幹人は答えに窮するが、藤木は意に介せずボソボソと話を続ける。
「わかるわぁ。いま学校中で話題だものね。『おみとおし』さま」
「え、刑部とおみとおしの関係で何かあるのか?」
幹人は思わず餌に食いついたように、藤木に詰め寄る。
一方の幽玄な女子は不敵な笑みを浮かべたまま、2人を新聞部の部室へ誘う。
相変わらずオカルトチックな雑貨でごった返す部室で、三人は向かい合って座った。
「ええ。だって……おみとおしさまは現世帰りを果たした刑部圭介の魂だもの」
「……そんなバカな」
期待した分だけ、幹人はガックリと肩を落とした。
「私ねぇ……去年急逝した刑部圭介のこと、色々調べたのよぉ……」
それでも構わず喋り続ける藤木に対し、真琴はいつものように腕を組んで尋ねる。
「調べたっていうのは、何故?」
「だって、おかしいことが多いんですもの」
至って真面目な態度で、藤木あさひは自身のたどり着いた真相を2人に披露する。
「刑部圭介は同級生と自然公園内にある宿泊施設でキャンプ中に、夜の川に立ち入り溺死した……というのが地方新聞に掲載されていた内容よ……コピーがこの部屋にもあるわ」
そう言い、怪しげな戸棚を漁ると一冊のスクラップブックが現れた。
そこには、三沢市在住の高校生が川で溺死した事故についての記事があり、当時の現場検証の結果から夜間に川遊びをしていてそのまま水難事故にあったという結論となっている。
「警察の調べもあるから、おそらく暴行がされていたとか、何か薬物を盛られていたとか、そういうこともなかったんだな?」
「流石に司法解剖までは行なっていないでしょう。でも、警察はこの件に事件性はないと判断した」
幹人と真琴も、オカルトな部分を無視すれば有益な情報と判断し、居住まいを正す。
「でもぉ、そこがおかしいのよぉ。当時は夏の晴れた夜で、川が増水していたわけではないのよぉ。それに、ひとりで夜に川遊びなんてしないわよねぇ」
「問題は誰とキャンプに行っていたか、ということか」
彼女が言わんとしていることを、幹人が引き継ぐ。
「そうなのよぉ。……それが、笹島純一郎、池森水葉、盛山大勢、黒澤華子の4人」
「……まんま、会長の友達グループだった、ってわけか」
幹人の頭の中で、藤木が考えついた筋書きの想像が付く。
「そうなのよぉ。表面上は5人組の仲良しグループだったみたいだけど、その中での関係性は四対一だったに決まっているわぁ」
幹人は苦々しい表情でそこに頷く。
「その、刑部が川で溺れたのは他の四人の仕業で、そいつらに怨みがあるから魂が戻ってきて、彼らの秘密を暴露している……と?」
「なあんだ、あなたもわかってるじゃない。……見込みがあるわ。私とソウルフレンドにならない……? 今なら儀式もすぐにできるわ……」
「え、遠慮します……ああ。用事を思い出したから行くな、おい。影山も来い」
そう言うと、そそくさと部屋を後にした。
*
「どうしたの。ソウルフレンドになればいいじゃない」
「バカ言え。でも、案外有益な情報じゃないか」
廊下を足早に移動し、真顔で冗談を言う真琴の肩を軽く小突きながらも幹人は思案する。
「まさか、本気で魂が戻ってきたなんて?」
「それは99パーセント無いだろ。わざわざあの世から戻ってきたのにやることがSNSって」
吐き捨てるように言った後で、「まあ、絶対とは言えねえけどよ」と付け足した。
自分たちの特異体質が、2人だけの物とは確定できない。
もしかしたら、本当に異能の力を持つ人間が居たとしたら、推理もしようが無くなる。
「刑部の事故と笹島たちが関係しているなら、藤木が言うような筋書きはある程度合っているような気がする」
「けれど、肝心な彼はもうこの世にはいない……」
刑部圭介という人物を、真琴たちは知らない。
全く見たこともない人物の顔が、急に身直に迫ってきたような気がした。
「……いったいお前は誰なんだ」
幹人は再び、スマホのアカウントを見つめる。
眼球を模したアイコンが、沈黙したまま見つめ返していた。




