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影山真琴の嘘の無い未来  作者: やしろ久真
第一章 影山真琴の嘘の無い未来

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第十二話「卑怯者の、傍観者」

 その後の出来事は存外あっさりとしていた。

 激昂した笹島は訳の分からない罵詈雑言を発しながらも最終的には「帰る」とだけ言い残し、一人で夜の校舎を飛び出してどこかへ行った。


 残されたメンバーで、沢口に事情を説明し、結局なんの証拠も得られなかったことを伝えた。

 後味の悪さだけを残した夜のゲームは終了し、解散した面々はそれぞれの帰路に着いた。


 夜遅いといえど、時刻は夜の10時を回った程度。

 辺りは住宅街なので軒先の明かりが灯る他、道路を走る車のヘッドライトが時折瞬き、まだ街は穏やかに息づいている。


 真琴はまだ最終バスに乗れば帰宅が可能である。 

 一方の幹人は、路線の都合で徒歩での帰宅だった。

 バス停までの道すがら、幹人と真琴は並び歩いた。

 秋の夜は、この北海道の地では肌寒いを越してすでに寒い。


 ふと、幹人は道路脇で青白く光る自動販売機を指さして言った。

「なあ、ホットココアを奢るから、バスが来るまでちょっと話しに付き合ってくれないか」



 無機質な街灯が照らすバス停の横に二人並び、互いに白い息を吐き出した。

 真琴は、じっと缶の飲み口の奥に広がる暗闇に視線を落とし、思考をまとめていた。

 やがて、一口大きくあおった幹人は口を開いた。


「結局、ゲームには勝てなかったな。それに、『おみとおし』の正体も分からずじまいだった」

「そうね。ゲームの結果については、笹島純一郎が出した『図書室』という答えが不正解だっただけのこと。仮に正解に辿り着いたとしても、素直に正体を晒したかどうかも分からないけれどね」

 真琴は淡々と言う。

 もっとゲームの結果に憤っているかと思ったが、あくまで笹島の回答に従ったまでのことのようだ。


「まあな。結局、笹島の秘密を暴露された……。あの動画はきっと、交際相手とのトラブル……だよな」

「避妊に失敗し、中絶を迫る男子。そう解釈するのが妥当でしょうね」

「直球だなおい……でも、笹島のキレ方を見るに、そういう事なんだろうな」

 遠慮のない真琴の物言いに、幹人も冷静になり事態を客観視できた。


「じゃあ、『おみとおし』の正体は動画にでてくる相手の女子か? 隠し撮りしてたっぽいし、当事者なら笹島に対して復讐というか……」

 リベンジポルノという言葉は、すでに学校教育の場にも広まり、幹人も教科書の載っている語彙として理解していた。

 今回のシチュエーションがそう呼ぶにふさわしいかはともかく、目的は同様と捉えることが出来る。

「いいえ。動画の撮影者が『おみとおし』と決めつけるのは早計。……ある意味で自身の正体をばらすようなものだから。ゲームの勝者としての行動とは言い難い」

 真琴はそれでも、疑うことをやめない。

 その態度に、ある種のもどかしさも感じながら、幹人はもう一口飲み下す。

「……まあ、確かに。ただ、一つ確信を持ったことがある。『おみとおし』は笹島純一郎に対して、強い恨みがあるということだ」

 真琴は、幹人の推理の続きを汲み取り言葉を並べる。

「他の生徒達から見れば、学年集会で批判的な言葉を言ったことに対する報復のように見える。まるで、超能力か何かで、笹島の秘密にしたい出来事を見抜いたかのように」

 笹島が『おみとおし』の活動に苛立ち、何か物を申す立場や性格であると理解していれば、この状況までの筋書きはそう難しくない。


「けれど、あたしたちは『おみとおし』は最初から火災を予告しており、事実笹島純一郎がそれに巻き込まれることを知っている……。つまりは事前に交際トラブルの動画を入手して、計画的にことを運んでいるのではないかという推測」

 この先待ち受ける災厄と、それを示唆する投稿。

 これらの情報から、行き当たりばったりに笹島が狙われたわけではないと判断できる。

「そうだ。俺たちの視点からなら、『おみとおし』は笹島に対して私怨があり、この状況をまんまと作り出したってことが分かるんだ」

 そこで、幹人は一旦息を吸い込み、深く吐き出した。

 ここまでの会話は、別に歩きながらでも出来る。

 ここからが本題だと、彼は意気込んだ。

 

「俺から協力を依頼した手前、勝手すぎるかもしれない。だけど、お前はもう、この先現場に同行しない方がいいかもしれない」

 幹人が言い切ると、真琴は視線を鋭くして彼を睨みつける。

「それはつまり、もう手を引けということ? 笹島純一郎には復讐をされるような理由があって、火あぶりにされるのが妥当と?」

 幹人から始めたこの物語を、ここで降りろと告げるのはあまりに勝手すぎる。

 真琴の怒りもすでに予測済みの幹人は、手のひらを上げて弁明する。


「そう言いたいわけじゃないんだ。彼を見捨てるつもりはない。ただ……何か危険が伴う気がする。もしも火災が今日の出来事だったとしたら、お前を巻き込んでしまうことになったかもしれない。俺は夢の出来事には必ずその場面に遭遇するけど、お前は別にそうとは限らない」


 真琴はあの夢には出てきていない。

 だからと言って、必ずしも安全とは限らない。

 顔の見えなかった学生は他にも数人居た。

 夢の前後の出来事は、幹人の行動次第で変わると、彼自身は信じている。

 だからこそ、その後の展開が夢の出来事よりも悪い方向に行く可能性だって、大いにある。


「……けれど」

 躊躇するように視線を逸らせる真琴を、幹人は初めて見た。

「それは……君も同じ……。命をかけてまで、彼を救う必要は……」

 真琴は、改めて幹人の境遇について思い知る。

 未来の出来事を知るということは、逃れられない運命が決まるということ。

 その苦悩と、時に訪れる絶望は、計り知れない。

 視線を足下に巡らせ、次の言葉を探した。


 その時、幹人はふっと息を吐いた。

 真琴が顔を上げると、彼は頬を緩ませていた。

「まさか、こんな話をする相手が出来るなんて思ってもいなかったよ。想像してたよりも、やっぱり未来はいいもんなんだ」

「ちょっと、どういう……」

 場違いなほど楽天的な言葉を言う幹人に、けれど真琴は棘のある返しをすることはできなかった。


「少し、俺の話を聞いてくれないか。俺が、最初に『予知夢』を見た出来事の話だ」



「それは、小学五年の時の事だった。それまで予知夢なんて見たことなかったか、まあ見てても気づいていなかったんだろう。だけど、その夢は俺の脳裏に強く残った。当時はそれが未来の出来事なんて、思いもしていなかった」


「小学校の俺のクラスメイトには、『タケちゃん』っていう男子が居た。家が貧乏でいつもシャツ一枚、冬でも半袖短パンで、丸刈り坊主の痩せたヤツだった。ドジが多くて、勉強もできなくて、みんなからはいじられキャラとして定着していた。本人は、何を言われても、何をされても照れ臭そうに笑ってヘラヘラしていたんだ」


「先生にとっては、子供達のそれがイジメなのか、じゃれているのか、判別するのは難しかっただろうし、直視するのも恐ろしかったんだろうな。クラスのみんなもイジメとは認識はしていなかった、けれど中には暴力的な奴が居て、陰では結構キツイイジリが続いていた。だけど、みんな見て見ぬふりだった……俺も含めて」


「タケちゃんはそういう奴。本人も気にしていない。だから別に大変なことじゃない。きっと大丈夫。……そんな認識のせいで、誰も止めなかったんだ」

 

「ある時、クラスのボス的存在だった深田ってやつが、いつものようにタケちゃんを陰でイジメていた」


「彼の服を引っ張って遊んでいた。その日、タケちゃんはいつもと違って綺麗なセーターを着ていた。……きっと、新しく買って貰ったものだったんだろう。いつもとは違って殊更嫌がる姿に、深田は増長した」


「その時、深田がさらに強く引っ張ると、セーターは音を立てて裂けてしまった。だけど、深田は謝りもせずに、貧乏人だから服までショボいなと吐き捨てた」


「誰もがやりすぎだと思っていたけれど、タケちゃんはいつもそんな感じだし、深田は弁が立つし体も大きいから逆らうのは怖かった。だけどその日。その時だけは、タケちゃんの目の色が変わった」


「驕り高ぶる人間の足元を掬うのは容易いんだろう。タケちゃんは怒りに任せて深田の両肩を正面から掴むと、そのまま猛進して壁まで押し付けた」


「鬼のような形相で、ただ『謝れ』って彼は言った」


「そのショックで、深田は泣きべそをかいた。絵に描いたような反撃劇に、クラスメイトたちも面食らった」


「でもその日から、タケちゃんをイジる奴はいなくなった。深田も少しはおとなしくなって、クラスの空気は良くなる気がしていた」


「数日が経ったある日、午後の授業が始まる直前で、先生が言った」


「『深田君は?』」


「クラスメイトたちは口を揃えて知らないといい、先生はみんなで探しに行こうと言った。渋々、クラスメイトたちは体育館やグラウンド、視聴覚室を巡って彼の名を呼んだ」


「そのあたりから、俺は嫌な胸騒ぎが始まった。まさかとは思いつつも、俺は一人、足は自然と屋上へ向かっていた」


「屋上へ続く扉を開けると、一瞬眩しさに目が眩み、視界がやがて慣れてくると、俺の心臓は恐ろしさでバクバク鳴った」


「深田が、屋上のフェンスの向こう側から、俺を振り向いた。夢で見た光景と全く同じ。そして、彼は俺を見ると、口を開く」


「『なんで……お前が来るんだよ。卑怯者の、傍観者のくせに』」


「その次の瞬間、彼は視界から消えた」



「……決して、全ての事象に責任があるなんて、思わないで」

 真琴が絞り出した言葉に、幹人はいつもと同じように苦笑する。

「お前って、やっぱり優しい人間だよな」

「……君に、言われたくはない。このお人好し……というのは、やっぱり酷ね。御免なさい」

 真琴は、毛束を手で梳きながら幹人を見上げる。

「いいんだ。それ以来、決めたんだ。俺は偽善者でもいいからお人好しでいたい。手を伸ばしたから、だから仕方なかったなんて言うつもりは無いけど、でも、あの時あの場所で立ち尽くしていなければって、後悔はしたくないんだ」

「……あたしも、決めた。君の未来を一緒に見届ける」

「おいっ、話聞いてたのかよ。俺は俺自身の勝手なポリシーで動いているだけなんだ。今回の件だって身勝手な罪滅ぼしを笹島に対してしようとしているだけだ」

 結局は自分のため。

 自分を許せなくなるくらいなら、とことん足掻きたい。

 幹人の行動理由は、過去の忘れられない情景に囚われているからだった。

「それでも、あたしは見届ける。君の未来の、真実を。それは、きっとあたしにしか出来ない」

 真琴は、そんな彼のことを少しだけ理解し、そして今までよりもっと信頼することが出来た。

 偽善者であっても嘘吐きでは無い。

 それだけで十分だった。

「……。ははっ、全く、俺の思惑は全部裏目だ。わかったよ、勝手な事言って悪かった。これからも、お前が協力してくれるのはありがたい」

「当たり前でしょう」

 そこに、大仰な音を立ててバスが滑り込んできた。

 2人の会話は打ち切られ、真琴は無機質な光で満ちた車内へ入っていく。


「それでは、また明日」

 真琴は振り向きざまに、そう言うとドアが閉まった。

 

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