第十一話「暴露」
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『おみとおし』が提示したゲームの開始時間までは、一旦各自帰宅し、再び校門前で集合することになった。
真琴と幹人も半ば強引にゲームへの参加を決め、校門前で笹島たちと合流する前に、二人で先にバス停で落ち合っていた。
すでに日は落ち、夜の時間帯になったが道路を行き交う車の量は変わらず、街灯の灯は煌々としていた。
「なあ、どう思う?」
眼前を流れるテールランプの残像を眺めながら、出しぬけに幹人が尋ねる。
「どうとは? 具体的に質問を述べてくれる?」
「ええと、つまりだな……ようは、『おみとおし』のゲームについてだが」
そこで幹人は一旦考えこみ、言葉を選んで口を開いた。
「『おみとおし』の目的はなんだ? 誰それの秘密の暴露がしたいなら、とっくに晒せばいいし、わざわざゲームの結果次第で自分の正体を晒すリスクを掲げる必要もなくないか」
「そうね。想像できる理由は二つ」
真琴は白く細い指を二つ並べて突き上げた。
「一つは、笹島純一郎たちを夜の学校に集めたかった」
「それって……」
幹人の脳内には、自身が夢で見た火事の光景が想起される。
特定の人物を、特殊な環境に集める……その先の事態を考えると、自然と手のひらに汗がにじんだ。
幹人のリアクションを見て、真琴はそれ以上の説明は不要と判断した。
「もう一つの理由。それは『ただ注目を集めたいだけ』」
「そっちである事を願いたいな。確かにこれまでの投稿もテストの問題やら現金やら、とにかく三沢高生の興味を引く内容ばかりだ。今回のゲームもどっちが勝つにしろ観衆としては面白いものが観れそうってことか」
そこで、スマホを取り出し幹人はSNSをチェックした。
「思惑通りなんだろうが、野次馬連中はそれなりに湧いているな。もちろん、うちの学校の生徒達の間だけだから世の中で炎上するような騒ぎにはななってないけど……」
「でも、注目を集めた後『おみとおし』はいったい何をするつもりなのか。まだ、判断できない」
真琴は白い息を吐きながら言うと、幹人は視線で頷き、会話は自然と途絶える。
幹人の脳裏には、あの業火に包まれる夢の景色が浮かぶ。
具体的に顔を見た笹島について、助かる方法を考えなければならない。
また、他に誰が巻き込まれるのか、どうなるのかわからない。
今夜がその日でないことを、祈るばかりだった。
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「諸君、集まったようだな」
笹島を筆頭に、校門前には生徒会のメンバーとして池森、滝谷、須田の三人。
そして沢口先生が私服のネルシャツに身を包み、苦笑を貼り付けて立っていた。
頻りに貧乏ゆすりをしているあたり、夜中にわざわざ学校に呼びつけられて苛立っているのかもしれない。
そこに、幹人と真琴が合流し、計七人の大所帯で『おみとおし』のゲームに挑むことになった。
「いやはや……こんなことになるなんてね。守衛室の人から鍵は借りてきてるから、みんなで調べてきなよ」
「え、センセは行かないの?」
白々しく言う沢口は池森の驚く声にも、わざとらしい苦笑を返すばかりだった。
「僕はここで待っているよ。君たちが調査している間に誰か出入りしないとも限らないしね」
もっともらしい理由だが、単に夜の学校に入るのが嫌なように見えた。
「じゃあ、いくぞ」
笹島は気にせず、隊長を気取り暗闇の校舎を指さした。
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「それでさ、誰かあのナゾナゾの答えはわかってるの?」
「ふん、どうせ大した内容じゃない。場所はおそらく……図書室だ」
池森の問いに、言葉とは裏腹に迷い無い口調で答えたのは笹島だった。
「……なぜです?」
その様子を怪訝そうに一年の須田が聞き返し、他の者たちも耳を傾ける。
「『誰にも届かぬ助けを求める声。幾つもの綴られた思いを読み解けば。死を覆す、答えに漕ぎ着くことでしょう。』だったな」
鼻息荒く笹島は理由の説明を始めた。
「まずは、『幾つもの綴られた』や『読み解けば』というところから、書籍が多くある場所と判断がつく。『誰にも届かぬ』云々はおそらくあまり人気の無い本か、通常の貸し出しではない書架ということか。そして最後の死を覆す……答えに漕ぎ着く……それはきっと作品の中身を示しているんだろう」
笹島の推理はやや強引ながらも、ある程度の合理的な回答にはなっていた。
他に回答案がある者はおらず、ひとまずはその一案に従うことにする。
一同は職員室に向かい、図書室とその奥にある書庫室の鍵を拝借した。
元に戻せば問題ないと、事前に沢口からの許可は得ている。
「なあ、手分けして他の場所を探す必要はないか? 図書室が正解とも限らない気がするが」
幹人が提案するが、笹島は首を振った。
「やめとけ。あまり校内で分散するのは良くない。一応許可を得て入っているが、相手の企みが何かわからない以上、余計なことをされたくない」
それは言外に、幹人たちはもちろん、生徒会メンバーもをそこまで信用していないと言いたげだった。
特に言い合う気も無かった幹人は閉口し、一同は全員で図書室に向かった。
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引き戸を押し開けると、沈黙の書庫がそこに広がる。
普段から静かな場所だが、夜の校舎内では音が吸い込まれるように感じるほど、静謐な空間だった。
「さて、何かアイデアはないか? 生と死が関係する船や航海が出てくる本だ」
笹島が取り仕切り、一同は会議を始める。
「死といえば、ミステリ小説か? あれだ、『そして誰もいなくなった』とか」
「あれは確かに船の描写はあれど、舞台は孤島」
幹人のあてずっぽうな回答は、真琴によって却下される。
「へえー、お嬢ってミステリ詳しいんだ……じゃあさ、なんか豪華客船で殺人事件のやつとかないの?」
馴れ馴れしく口を挟む滝谷にも、無表情のまま真琴は返事をする。
「そもそもミステリ小説なら、貸出禁になる理由はないと思う。別の、英語原書とか……資料文献としての意図が強いもの……」
「『老人と海』……はあまり関係なさそうですね」
須田も読書家なのか、小説のタイトルを上げるが、的を射るようなものではない。
「逆に、もっと単純なみんな知ってるやつなんじゃない? てかそうじゃないと答えられないよ。浦島太郎とか桃太郎とか」
「それは高校の図書室にあるのか……?」
池森の提案には幹人が苦笑しながらツッコミを入れる。
本人は存外真面目に提案していたようで、頬を膨らませて反論する。
「別に絵本じゃなくてもさ、なんか絵巻的なのとか紙芝居の原書とかあるかもしんないじゃん。ほら、昔コミュセンとかでやってたでしょ。読み聞かせ会みたいな奴。それに使う道具とかさ……」
「さすがにないだろ……」
言っている本人も最後の方は尻すぼみになっていた。
幹人の言葉にも、だよねと頷くだけで終わった。
「そもそも、コミュセンで行われてたのは紙芝居じゃなくて人形劇ですしね」
普段は無口な須田が、追い打ちのように訂正を加える。
普段は全く会話をしている様子はないが、須田の性格的に池森のようなかしましい相手にはツッコミたい場面が多々あるのではないかと、幹人は部外者ながら心配になる。
「……シェイクスピアの作品に、『テンペスト』というものがある。それは確か嵐に船が襲われる描写があったはず」
議論が停滞し始め、気怠い空気が漂い出した辺りで、真琴は呟くように言った。
「それだ! 海外の劇作家で、原書が保管されているんだろう」
凛とした声はよく響き、笹島は膝を打って歩を出した。
その後一同は手分けをして図書室内や資料室にある蔵書を調べ始めた。
真琴の一案であるシェイクスピアの他に、各自はそれぞれの推理や、手当たり次第に目につく書架をあさっていく。
幹人が貸出禁の本が並ぶ蔵書室の棚から、埃にまみれた古い演劇の本を手に取った時だった。
「ひゃん!?」
「ん、どうした?」
急に小動物が鳴くような声がして、幹人は振り返った。
そこには、書棚の前で硬直する真琴と、彼女の視線の先には500円玉ほどの大きさの蜘蛛が書架の隙間から這い出していた。
「なあ、大丈夫か?」
硬直する真琴に、手を嚙まれでもしたのかと呑気な声を掛ける。
「……はい?」
「いや、『はい?』じゃなくて。いま悲鳴を」
「いいから自分の書棚の探索を進めることね。今はもう時間が限られているから無駄口を叩いている暇があったら自分の書架の探索を進めて。それとも何か妙案でも思い浮かんだのなら聞かせてもらいますけど」
「……」
早口で捲し立てる真琴の目は、鋭く尖っていた。
「なあ、お前って蜘蛛が苦手……」
「い・い・か・ら。今は手を動かすべき」
「……お前の首筋に、蜘蛛乗ってるぞ」
「ひゃん!?」
*
涙目の真琴に冗談だと告げてもなお、幹人はひとしきり殴られた。
その後、二人は他のメンバーと合わさり、探索に戻る。
「くそっ、どこだっ!」
しかしここまでの捜索の結果は虚しく、笹島の怒号が響くのみだった。
滝谷はスマホで関連しそうな書籍名を調べ、それ以外の面々は半ば手当たり次第になりながらも書架を漁った。
「もうタイムリミットまで、あと5分しかないよ……」
池森は困り果てたように音を上げる。
蔵書や本棚の周辺、図書室自体をひっくり返しても、『おみとおし』に関連する物体は発見できなかった。
「……おそらく、正解は『図書室』ではなかった。そもそもの前提から違ったのね」
至極冷静な真琴の声に、笹島は憤った。
その時、夜の学校にチャイムが鳴り響いた。
誰もいないはずの校舎になるチャイムは、普段よりも一層無機質で、けたたましい程の音量と余韻を残した。
おもむろに、幹人はスマホの画面を確認する。
午後10時。
件のアカウントには、新たな投稿がされていた。
「『残念ながら、時間です。挑戦者は正解には辿りつきませんでした』」
代表して読み上げる幹人の声に、一同は固まる。
「『ゲームは私の勝利です。よって、私の存在を信じない不届者の秘密を一つ、暴露します』」
知らず、誰かが息を呑む。
「『そして、これからも、私の存在を疑うのであれば、そのような人全員の秘密を暴露します』」
「『覚悟なさってくださいね』……だとよ。最後に、なんか動画が添付されているな。……ん? なんだこれ」
幹人が見ているのは、『おみとおし』のSNSアカウントの投稿した動画だった。
「なんだ、この薄暗い画面は」
横から笹島が覗き込み、更に真琴も見ようと身を寄せる。
その他のメンバーは各自のスマホで確認する。
やがて、図書室には動画の音声が重なり鳴り響く。
『……馬鹿、アレほど飲めと言っただろうが。グズが』
『だってしょうがないじゃん、アレ飲むとめっちゃ具合悪くて次の日死ぬんだよ』
『じゃあ、どうするつもりなんだ』
男女が言い争うような声がする。
息を呑んだのは、笹島だった。
『いいから早く二十万円用意してよッ」
『ふざけるな! お前が鈍臭いのが原因だろ! そんなもの堕ろせ!』
『あっ、待ってよ純くん!』
動画から聞こえてきたのは、笹島純一郎の声で女子と言い争う音声だった。
動画の最後に、叩くような鋭い音と共にカメラが転倒したような衝撃音が加わり、終了となる。
画面は終始真っ暗で、時折繊維が擦れるような音が拾われることから、衣服かカバンの中にあると思われる。
直後、その投稿には三沢高生と思われる幾多のアカウントからコメントが押し寄せた。
『会長やばくね? クズ過ぎww』
『あの噂ってまぢだったんだ』
『てかコレただの私怨じゃん』
困惑するもの、非難気味のもの、嘲笑するもの。多種多様な無責任の言葉が羅列される。
半匿名のような、インターネット上でも限られた界隈の中で、名無しの生徒達が一斉に蠢き始めたような、真琴はそんな想像をして悪寒を感じ身を抱いた。




