第十話「ゲーム」
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特別棟へは、一階の渡り廊下を通じ隣接する建物へ向かう。
旧校舎であった建物の再利用のため、一部は教室以外の部屋も再利用されて各部室となっている。
美術室は一階の奥、旧視聴覚室を改修されており、その隣の美術準備室は元は宿直室であった。
「ほんとだ。開かないね」
ドアノブを握り、回そうとしてもロックされていて動かない。
黒澤としては、だからそう言ったでしょうと言わんばかりにその様子を憮然とした態度で眺めている。
「鍵は一個しかないんだっけ?」
「そう。職員室のキーボックスにある分しかないって。一応、型番は控えてあるから再制作はできるみたいだけど」
女子二人の会話を聞きながら、幹人は口をはさむ。
「窓とかは開いてないのか? 一階だから外から入れるかも」
さすがに秋のこの時期に窓を開けっぱなしにしている可能性は低いが、一応確認しておくことにした。
非常口から一旦外に出て、樹木が日光を遮るほど茂り、手入れがほとんどされていない特別棟裏のじめついた芝生の上を歩くと、美術準備室の外側に来る。
窓ガラスが二枚並んでおり、外から触ってもビクともしなかった。
「だめだ。開いてないね」
事実を繰り返す池森に対し、黒澤は徐々に苛立ち始めたのか、しきりに爪を噛んでいた。
幹人が窓の中を覗き込むと、マネキンやイーゼルなど、雑多な美術部の道具が押し込まれた教室の半分ほどの部屋が見える。
カーテンは窓際でくくられており、西側に向いた窓であっても、生い茂った木々のおかげで必要とされていないようだった。
真琴もその隣に並んで、少し背伸びをして中を確認する。
「あの机の上。鍵が置いてあるようだけれど」
出し抜けに真琴が言うと、黒澤も集まり額を寄せる。
「……本当だ。あれだよ、美術準備室の鍵」
赤色のタグが付いており、普段から使用する彼女にとっては見慣れた代物だ。
「どうしてあんなところに? 外から鍵を閉めたんだろ?」
「……あり得なくは無いの。あのドアの鍵、昔から同じものが使われていて、内側でボタンを押すとノブが回らなくなるような仕組みだから」
いわゆるボタン錠というタイプで、もとは宿直室として使用していたからか、簡易的な鍵でしかないようだ。
ロックがオンになった状態で、勢いよくドアを閉じると鍵が内側にあっても閉め切られてしまうという。
「……さすがに、窓をたたき割るわけにもいかないよな」
「うん。先生に相談してみるよ」
「まー、鍵の所在が分かっただけでもよかったね」
楽天的に言う池森に促され、一同は生徒会室に戻ることにした。
*
四人はそのまま生徒会室に戻った。
生徒会室の扉を開くと、今朝と同じく不機嫌そうな笹島が鼻息荒く、自席の椅子に座っていた。
他の2人の男子は、相変わらず自分の都合を続けていた。
「全くどいつもこいつも……学生の不祥事の責任は生徒会だと? ふざけるな。悪いのは悪行をした人間だろうが」
笹島吐き捨てるように独り言を言うと、一同は押し黙った。
下手に刺激をしてはいけないと心得ているのか、生徒会メンバー、おもに池森は口をつぐむ。
そのまま、しばしの沈黙が訪れた。
幹人が今日はそろそろ退散すべきか、頃合いを見計らっていた時に、意外な人物が静寂を破った。
「あ……更新されているみたいですよ。例のアカウント」
書記の須田が会長に向かって棒読みのような声で自身が持つパソコンの画面を指さして教えた。
「この状況で燃料投下はやばいって」と小声で講義する池森をよそに、笹島はイキリ立って須田のパソコンにかぶりつく。
その間、幹人も自分のスマホで確認し、真琴は横からその画面を覗き込んだ。
「本当だ。『私の存在が悪質なホラ吹きと罵る方もいらっしゃるようで、非常に残念です。私の力は本物なのですが』……だってよ」
幹人はそのまま、本日投稿された文章を読み上げていく。
投稿はなおも続いている。
一同は黙読し、その内容を確認する。
『実は私。約一年前に死にかけた経験があってですね』
『心臓も一瞬だけ、止まっていたみたいです。でも奇跡的に生還出来て。それそれは幸運だったわけですけども。なんだか常人には分からない経験というヤツをしてしまいまして。それ以来、視えちゃうっていうんですかね。普段はなかなか信じてもらえないんですけど』
『証拠として私の能力を実演すれば、大抵は信じてもらえます。でもまだ信じられないという人の為に、今度は趣向を変えてひとつ、皆さんが知りたいような真実を明らかにしましょう』
『私はなんでも、おみとおしなのです。だから隠し事なんて、すぐに分かってしまうのです』
『ただし、一方的に誰かの個人情報を暴露するのは私も心苦しいところではあります。なので、ゲームをしましょう』
『私を嘘吐きと罵る不届者の方々、私からの挑戦を受け取ってください。もしもゲームに参加しなかったり、ルールを破ったり、敗北した場合はその時点で私の知っている真実を白日の下に晒します』
『一方で、そちらさんが勝利すれば、私の正体を晒しましょう』
「はん、いいだろう。おもしろい!」
笹島は歓声のような怒声で叫んだ。
『ゲームは至ってシンプル。宝探しです。私の出すヒントをもとに指定された制限時間内にお宝を探してください』
『ヒントです。『誰にも届かぬ助けを求める声。幾つもの綴られた思いを読み解けば。死を覆す、答えに漕ぎ着くことでしょう。』制限時間は、本日の夜8時から10時の間……場所は、三沢高校内です』
『では、お宝探し、がんばってね』
「……なにこれ、ふざけているの?」
困惑気味に池森が言った。その顔には得体の知れない相手への若干の恐怖が映っている。
「くくく……。おもしろい。そういうことなんだな」
一人、笹島はニヒルな笑みを浮かべて呟いている。
その顔から、それまでの『おみとおし』への怒りとは別な、歪んだ恨みのようなものを真琴は感じ取った。
「先生……そうだな、沢口辺りに打診して夜間の学校への入校許可をとるぞ。みんな、もちろんくるよな?」
笹島だけが勇んで立ち上がった。
「う、うん……、まあね。行くしかないよね。滝谷っちと須田君は寮生だけど門限とか大丈夫?」
池森は困惑気味ながらも、他の生徒会メンバーの確認を取る。
滝谷は「へへっ、おもろー。別に行けるんじゃね?」と軽薄な返事をする。
「ええ、まあ大丈夫です。夜間でも塾通いの生徒の出入りはありますし、夜の10時なら消灯時間ギリギリですが平気と思います」
須田は眼鏡を整えながら、律儀に答えた。
「よし、決まりだな」
笹島は手を打ち鳴らし、唇をなめ部屋を飛び出した。




