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誤解

 坂田の会社は好調だった。人数は会社を興した当時の8人をそのままで注文だけが増加している。

 バイトも3名ほど雇ってはいるが、坂田自信も配達で走り回っていた。


 もともとは坂田が一人で始めた仕事。今でこそ会社として成立しているが元はフリーターのようなもので知名度もなにも無く、配送便の仕事よりもバイトの収入で暮らしていた時期があった。

 そして2、3社の固定客が着いた頃にバイク便のブームが到来する。

 TVのいくつかのチャンネルでこんな業種があるという事が放送された事をきっかけにバイク便の知名度は一気に上がった。

 すでに注文形態を確立していたおかげで坂田の会社は他のバイク便の会社よりも注文を多く取る事ができた。

 もっとも、冷やかしあるいは話題の種に利用してみようかという客も多かったが、利用した客はその利便性を理解する者が少なくなかった。

 一度利用した客はコストに決定的な違いが無い限り別会社に乗り換える事は少ない。しかも坂田の会社は他に比べてローコストだったのだからなおさらである。

 坂田の会社の業績は次第に伸びていった。今では固定客としての企業が40社を数える。坂田は主に足立区を担当していた。

 最近毎日のように同じ所への届け物がある。依頼元はあるマンションに住む40代半ばの金持ちらしき人物。届け先はあるアパートだった。

 綺麗な人が住んでいる。最初に届け物をした時坂田はそう思った。

 一美はどちらかというと美人というよりは可愛いという感じだ。この人は美人ということになるのだろう。


《俺は一美の方がいいと思うけどね…》

 と、のろけ以外のなにものでもない考えを頭に浮かべながら荷物を届ける。それにしても同じ人から同じ人への贈り物がこんなにあるとは…おそらくプレゼント攻勢なのだろう。

 なるほどこれはなかなかすごい手かも知れない。一度にたくさん、あるいは高価な物を送るよりもよほど効果があるに違いない。もっとも物でつられてしまうような女性に自分は興味はないし、見たところ彼女がそんな部類の人間には思えなかった。

 まぁ、見た目と中身は違う場合も多いというのが人の常だが…。誰が誰を好きになろうと自由なのだから関係ないか。


 しかし…。と坂田は思う。


《しかし、これではまるで毎日俺が彼女に贈り物をしているみたいじゃないか…。一美が見たらきっと誤解しそうだな。》

 と、バカな事を考えながら荷物を持って届け先である彼女の部屋へと向かう。表札には『村崎良美』と書いてあった。贈り物には『ムラサキ様』と書かれた手紙が着いていた。


 ――ピンポーン――


 階段を上り、チャイムを鳴らす。30秒ほど待ってもう一度。何度か鳴らすが誰もいないようでインターフォンは無言のままだった。


《仕方ない。後にするか》

 持ってきた荷物はここが最後だったがのだが、携帯には既に数件の依頼のメールが入っている。坂田は別のところの配達に向かった。そしてそれを済ませ、2時間後にまたそこを訪れるたのだった。


 ――ピンポーン――


「は~い」

「あの、お届け物ですが…」

「すいません。開いてますので玄関に置いていただけますか?」

 インターフォン越しに話をして玄関を開け中に入る。彼女は風呂上りだった。バスローブを羽織った体からはまだ湯気が立っている。

 さすがに坂田もこれにはドギマギするしかない。彼女は気にならないのだろうか?

 目のやり場に困りながら坂田は荷物を置いた。


「…そ…それじぁ、ここに置きます…」

「すいません。それじぁこれ」

 ハンコを受け取ると、受領印欄にそれを押し、坂田は赤面したまま急いで玄関を出た。石鹸の香りがまだ鼻に残っている。いい香りだ…。


《…い…いかんいかん…》

 頭を何度か振って、坂田は階段を駆け下りてバイクにまたがりエンジンをかける。


《あれ?》

 ――今、誰かが見ていたような…?。…気のせいか…。


 まだ配達は残っている。気を取り直して坂田はヘルメットをかぶるとバイクを出した。


 ―― * ――


《あっ!!》

「陽次!!」


 フルフェイスのヘルメットを被ってバイクを走らせていれば、歩道を歩く人の声などは届くはずも無い。分かっているはずなのだが思わず声をかけてしまった。


《なぁんだ…》

 気付いてくれなかった事に少しがっかりしながら、当たり前か…と気をとりなおす。一美は休暇を取り、先日結婚したばかりの短大時代の友人の住むアパートへと向かう途中だった。

 坂田のバイクが消えていった角を曲がってすぐのところに目的のアパートはあるはずだ。


 ――あれ?


 坂田のバイクが止まっているのが見える。ここのアパートに届け物だろうか?バイクの後ろから荷物を出している坂田の姿がそこにあった。

 一瞬駆け寄ろうかとも思ったが仕事の邪魔をするのもなんだか気が引けた。配達の注文が多く、このところ忙しいと連日のように言っているのを思い出し我慢することにする。

 アパートは二棟から成っていた。玄関側が向かい合わせに同じつくりの建物が建っている。

 坂田は一美の友人宅とは別棟の2階に駆け上がる。一美はそれを見送って友達宅へと入った。


「久しぶり!!」

「結婚おめでと~!!」


 友人は既に新婚旅行から帰ってきて、旦那さんは会社に出勤している。休みの日にしようかとも思ったが、自分としては平日のほうを希望したかった。

 坂田の仕事は会社からの荷物の届け物がほとんどなので、土日に仕事がある事は少ない。逆に言うと平日休みが少ないのである。

 しかもこのところ会社が忙しく平日には会えていない。先週など土日も会えなかった。

 そのかわり、毎晩のように電話では話しているのだが…。


「平日でも大丈夫だよ。有休ほとんど使ってないし。」

「じゃあ、平日でいい?そのほうが、旦那に気兼ねしなくてしゃべれるしね。」


 そういって平日に約束をしたのである。それにしてもこんなところで坂田の姿を見れるとは思っていなかった。少しだけ気持ちが上向いた気がする。

 友人宅の玄関で靴の向きを直す時に、閉まるドアの隙間から向かいのアパートの玄関先でチャイムを鳴らす坂田の姿を一美は目にした。右斜め向かいの2階の部屋だった。


《がんばってね…》

 心の中でそう呟き、一美は友人の手招きでリビングへと向かったのだった。


「それでね、旦那がね…」

「またぁ…」


 お土産のケーキを平らげ、旅行の話や写真を見せてもらい、他愛も無い事を話して…。

 いつの間にか2時間が過ぎていた。


「あっもうこんな時間…。それじぁ、また来るね。」

「ぜったいだよ」


 玄関を開けた途端、一美は硬直した。


「どうかした?一美」

 友人が玄関から外を見る。


「あ~、あのバイクまた来てる。ここのところ毎日だわ…」

「…ま…毎日?」

「うん…向かいのアパートの2階のキレイなひとのところに…」


 一美は話を上の空で聞いていた。2時間前に坂田が2階にあがって行ったのをこの目で見た。ということは…。


《ここのところ毎日…キレイな女…》


 ――ガチャッ――


 決定的だった。少なくとも一美はそう思った。坂田がドアを開けて出てくる。そしてその後ろに彼女が見える。その姿は…。


《バ…バスローブ…》

「ちょ…ちょっとごめん…」

 一美は靴を履きなおすと言って玄関を閉めた。鼓動が激しい。頭がくらくらする。


《落ち着かなきゃ…》

 バイクのエンジンのかかる音が聞こえる。そして走り出す音も…。


「そ…それじゃあね…」

「うん、また来てね」


 友人は自分の事をどう思っただろう?

 声の調子からして何も気付いていないようだったが自分はどうだろう。 声は震えていないだろうか?

 相変わらず鼓動は激しく鳴っている。友人宅の玄関が閉まると同時に一美は道路まで駆けた。曲がり角を曲がった広い道まで駆けた。

 何故だかはわからない。呼び止められるはずも無い。もしも呼び止めれたとしても何を言って良いのかわからないのに…。

 一美はただ、もう豆粒ほどになった坂田の後ろ姿を虚ろな目で眺めていた。


 ショックだった。あのときの光景が頭を離れない。


「大田区の担当をもう一人増やしたいくらいだ。こんなに忙しいのが続くようなら本気で考えないと僕の体が持たないよ…」

 あの日の夜の電話で、坂田はクタクタだと言っていた。

 坂田の事を信じたいという気持ちとは裏腹に一美の頭の中には彼女のバスローブ姿がちらついていた。


《彼に全てをあげてしまったのは失敗だったのだろうか?》


 そんな事はない。


 ――裏切られた?――


 何を信じて良いのか…。

 一美の頭の中にはさまざまな思いが交錯し混乱していた。ここ数日会社に行っても何をしていても考えるのはそのことばかりだ。


「どうしたの一美?」

「う…うん…」

 いつも昼食を取るレストランで同僚の心配そうな声に何でも無いと答えたが、一美は明らかにいつもとは違っていた。彼女を見かけたのはそんな時だった。


《あ…あのひと…》

 あの日、ほんの一瞬見ただけだったが、その光景は目に焼き付いている。バスローブと普段着との違いはあるにせよ、間違いなく彼女だと一美にはわかった。


 ――隣にいる男性は…

 必死にその男の顔を見ようとつい乗り出してしまう。仕事中の坂田がここにいるはずは無いのに…。同僚達もその視線の先を追う。その男の顔を見て一美は驚いた。


《こ…広太?》

《あぁ…なるほど…》

 同僚達は一美の様子がおかしいのは、彼女の弟に恋人が出来た事に戸惑っているのだと解釈した。

 一緒に歩いているのか、それともたまたま同じ方角に歩いているだけなのか良く分からないが、あれは彼女に違い無かったし、広太に間違いない。


《もしかしたら…》

 陽次のことも自分の勘違いではないのか?


 ――確かめればいい…


 そう、確かめればいいのだ。

 でも何をどのように聞けばいいのか分からなかったし、もしそうだったら…。しかし、あの状況はどう考えてもそうとしか考えられない。

 だいたい毎日のように彼女に届け物が?もしそうだとしてもあの日二時間彼女の部屋で何をしていたの?

 問い詰めたところで返ってくる答えは一つしか考えられなかった。

 でも、あれから陽次と何度となく話しをしていても彼が自分のことを一番に考えていてくれているように思える。

 彼女と自分とどちらが上位なのかは分からないが自分のほうが上だと信じたかった。


 その夜、帰ってからすぐ広太の部屋に怒鳴り込んだものの、広太が坂田と彼女の関係を知るはずはなかったのだ。なのに…。


《広太にまで…聞いてしまった…》


 坂田があの場所にいたはずなど無いのに…。


《このままじゃ、気が変になりそう…》


 一美は一人、覚悟を決めていた。


 平日の午後…。

 一美は彼女のアパートの玄関の前に立っていた。


 ここに立ってからどのくらいの時間が過ぎたろうか?チャイムを押す事ができないまま一美はただその場に立ちつくしていた。


《どうしたのよ一美…覚悟を決めてきたんでしょ?》

 心の中で自分を叱咤する声が響く。しかしチャイムに伸ばした手は押す事もなく引っ込みそしてまた伸ばして…。その繰り返しだった。不意に隣の部屋のドアが開き、学生らしき男性が一瞬怪訝そうな顔をしてこちらを見てから階段を下っていく。ハンテンを羽織っていた。おそらく近くのコンビニにでも何かを買いに行ったのだろう。彼が帰ってきた時にまだここにいたら今さっき怪訝そうな顔をしていたくらいだ。さらに自分の事を怪しむだろう。別に悪いことをしている訳ではないのだからかまわないはずなのに、どうにもさっきから自分が悪いことをしているような気分になっている。鼓動が早くなっているのが分かる。


《早くしなきゃ…でも…》

 目の前のドアの向こうに人の気配が現れた。一美は驚いて反射的にのはしていた指に力が入ってしまう。


 ――ピンポーン!


「はい!」

 ――ガチャッ


 すぐに目の前のドアが開けられた。


「どなた?」

 ドアが開くと同時に彼女の声が一美の耳に飛び込んだ。瞬間、一美は黙ってしまう。そしてドアの向こうで顔を上げる女性を睨みつけていた。


 彼女が顔を上げるとそこには初めて見る女性が立っていた。自分の事を睨みつけている?

 どうやら、何かのセールスとは違うようだとすぐに悟った。しかしなんで睨まれているのか?。まったく心当たりが…。


「ど…どうしました?」


 ブワッっと一美の目から涙が溢れ出た。何がなんだかわからずに彼女が声を掛ける。


《このひとと陽次が…。考えたくない…でも言わなきゃ…。》


 一美は彼女に泣きついた。そして、彼女に懇願した。

「お願い…彼と…別れて…。お願い…」


《えっ?…》

 美咲の頭の中に浮んだ名は『シュウ』だった。この人はシュウの彼女なのだ…と。しかし俄かには信じられない。あの人が嘘をついているとは思えなかった。


「お願いですから、もう彼とは会わないで下さい。」

 一美は泣き止み彼女から離れて、再び彼女を睨みつけて言った。


「あなたは?」

 信じられない思いでいっぱいで、美咲はそう言うのがやっとだった。しかし、一美から見てその様子は落ち着いて見えた。

「彼の…婚約者です。」

「…そう…」

 息が詰まりそうだった。


「お願いですから…。もう会わないで下さい。」

「・・・」


 彼女は、今日で店を辞める事になっていた。既に数週間前から勤めには出ていない。今日最後の給与明細を受け取りに行こうという時に一美の訪問を受けたのだ。表札は今までのものから本名の書かれた表札へ付け替えてある。一美は気づかなかったが…。


「失礼します…」

 一美は自分の言いたい事を言い終えると、そのまま一礼して立ち去った。そして、美咲はそのまま一美の後を尾行(つけ)ていった。


《本当に彼って彼の事なの?》

 信じられなかった。何かの間違いにきまっている。


《でも…、だったら何故、私は彼女を尾行ているのだろうか?》

 美咲は心の中で『疑ってゴメンなさい』とつぶやきながらなおも一美の後を追った。


 一美は、坂田のアパートに向かっていた。事業が成功したというのに引っ越すのが面倒だと、坂田は大学時代から住んでいるアパートにいた。


『引越しは同居人が増える時でいいよ』

 去年、一美にプロポーズしてから坂田は照れくさそうに言っていた。


 その日、広太は外回りをしていて坂田のアパートの近くの得意先を訪問していた。坂田に貸していた本を返してもらうためにアパートに来ていた。この前のデートで、彼女に貸す約束をした恋愛小説だ。鍵は昼休みに坂田と会って借りた。彼の本棚から目当ての本を見つけ出し、アパートの扉を開けた。その時、広太は一美と出くわす。


「あ…姉貴?」

「・・・」


 ――ワァッ!…

 一美は広太に抱きつき、激しく泣き出した。


「ど…どうしたんだよ…」

「・・・」

「とにかく…」

 広太はドアを開け、そして一美を中に入れ、そして自分も中に入った。


 そして・・・


《ウソ…》

 アパートの近くでその様子を見ていた美咲は頭をハンマーで叩かれたような衝撃を受けていた。心臓を鷲掴みにされたように胸が苦しい。足がガクガクと振るえ、電柱につかまらなければ倒れてしまいそうだった。


《なんで、尾行てなんかきたんだろう?》

 知らなければ…でも、結局同じ事?


《全て…ウソだったの?》

 とても、彼がそんな人だとは思えない。でも…でも…。目の前が涙で滲む。世界が歪んで見える。今度彼と会ったら、店を辞めた事を言おう。そして本名を名乗ろう。そう思っていたのに…。彼から『ムラサキ』ではなく、『美咲』と呼ばれる事を楽しみにしていたのに…。


《それとも、これは夢?》

 何処をどう歩いたのか覚えていない。美咲はフラフラと自分のアパートとはまったく違う方向へと歩いていた。


「どうしたの?こんなところで」

「…えっ?」

「何か考え事でも?。あれ、目が赤いよ?」

 声を掛けてきたのは店の常連というよりも、美咲の常連だった安西だった。彼女はいつのまにか隣街まで来ていたのだ。


「もし良かったら、家によってく?」

 いつもであれば断っていただろう。それにもう店は辞めたのだ。しかし…、美咲は頷いていた。何も考えられぬまま、何故か用意されていた車に美咲は乗せられ、そして車は走り出した。


 ―― * ――


 何度目かのデートで、彼女のアパートに行った。彼女と出会ってから既に3ヶ月。


『…プライベートでは…初めて…だよ…』

 彼女との甘い時間は瞬く間に過ぎていった。

 アパートに入る時にその表札を見て、ムラサキという名が本名かと思ったが、


『あっ、それは違うの。そうしておかないと、『ムラサキ』宛ての物が届くから…それは本名じゃないのよ…』

 という彼女の言葉に


《な~んだ…》

 と江崎はちょっとガッカリした。

 この3ヵ月のあいだ、彼女は江崎の事を『シュウ』と呼び江崎は彼女の事を『ムラサキ』と呼んでいる。でも…


《そろそろ本当の名前を言うべきだろうか…。本当の名前を知りたい…》

 お互いにそう思ってはいたのだったが、きっかけがなく、どちらからも言う事もそして聞く事もできないでいた。

 彼女は、いまどきでは珍しく携帯を持っていなかった。


「電話って嫌い…相手の顔が見えないし…、相手の顔が見えないで話すのって、なんかいいかげんなことを言われても分からないじゃない?言うだけならタダって感じで…。でも手紙とかメールとかって、結構素直な気持ちとか書かない?言葉って言うのよりも書いたほうが伝わることってあると思うし。もちろん会って、相手の顔をみて、相手に触れて、の方がもっと良いけど、私は電話よりはメールのほうが好きだな…」

 彼女は職業がら、携帯でのやり取りを多く目撃した。奥さんからの電話や、恋人からの電話に、何食わぬ顔でウソをつく男たち…。江崎は彼女の言わんとする事を理解した。そして、二人の連絡のやり取りはメールが中心となった。


《これで今日何回目だ?…》

 パソコンの電源を入れて、起動画面をボウッとした顔で眺めているのは江崎だった。

 約束の時間、約束の場所に彼女が現れなかったのはもう1週間も前の事だ。


 ――カチ、カチッ


 静かな部屋にマウスのクリック音が響く。その前の何度かの確認と同様、メールボックスに新しいメッセージは無かった。


《何かあったのだろうか?それとも…》


 彼女のアパートの電話はイタズラ電話防止機能着きで、登録した電話番号以外からの着信を拒否するようにしてある。もちろん江崎の電話は登録されているが、逆に誰からの電話なのかを彼女は電話に出る前に知る事が出来る。電話も何度か掛けたが誰も出なかった。


《留守なのか…。それとも…居留守なのか?》


 電話機から自分の携帯番号が削除されていないのは、呼び出し音が鳴った事で分かる。それだけがせめてもの慰めだ。でも何で電話に出てくれないのだろう?この一週間、メールの返信もまったく無い。…もしかして…


《…フラれてしまったのだろうか?》

 メールが無いのは、彼女のアパートに行った後からだ。何か悪い事でもしてしまったのだろうか?それにしても身に覚えがない。


《そう言えば…》

 江崎は彼女のアパートでの会話を思い出した。


『シュウ…あの…私ね…』

『えっ?』

『…う…ううん…何でもない…』

 あの時、彼女は何を言おうとしたのだろうか?


《もしかして、別れ話しだったのかな…》

 姉に彼女と一緒にいる所を見られてから、いや、それ以前から江崎の中で何かが変わっていた。彼女が江崎の心を占める割合は既に姉のそれを凌駕している。仮に彼女にフラれたとしても…。


《でも、フラれたんならフラれたで、ちゃんと理由は知りたいな…》

今日は土曜日だ。彼女の休みは火曜と土曜…。きっと今日はアパートにいるはずだ。


「行ってみっか…」

 江崎は少し高まる鼓動を感じながら、彼女にアパートへと出かける準備を始めた。





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