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せつない思い

 何を着ていこう…。さんざん悩んだ挙句に、美智子は大学時代のクリスマスに田神からもらったセーターを着る事にした。

 仲間が集まってのプレゼント交換だったが、このセーターは田神が自分の為に選んでくれていた事を美智子は知っていた。

 薄いグリーンのセーター。シンプルだが好きな色だ。

 それに合わせてスカートと上着をコーディネートする。白のタートルネックのシャツの上にセーターを着込み、茶と赤茶のチェックのスカートに黒のコートを…。


 ― あっ…これって…


 鏡の中の自分の姿を見て思い出す。去年の忘年会の時のコーディネートと一緒だ。


「もう、やだ…ゲンが悪い!!」

 コーディネートのやり直しだ。このセーターは良いとしても、他のを変えないと…

 もっと早くに決めておけばよかった…。3日もあったはずなのに自分一体は何をやっていたのだろうか?

 江崎の家には1時頃に集合となっていた。ここから江崎の家までは道が空いていれば30分というところだ。とすると田神が迎えにくるのは0時過頃だ。あと1時間もない。


《…まったく何やってんだか…》

 ドアの隙間から姉の様子を覗き見て、部屋へと引き返す。隣の部屋で2時間以上もバタバタとやっている。真由美はそんな姉をカワイイと思っていた。


『ふ~ん。田神さんと初詣かぁ…』

『だ…だから二人じゃなくてみんなと一緒だってば…』

『で~も、嬉しいんだ』

『…それ以上お姉ちゃんからかうと怒るよ』

『からかってるんじゃなくて、羨ましがってんの!!』


 ― つい数時間前のやり取りを思い出す。


 なんで告白しないかなぁ…。

 姉の事を不思議に思う。私だったら告白しちゃうのに…。

 もちろん田神の事も不思議に思っている。はたから見れば似合いのカップルであり、互いに相手のことが好きだという事は周知の事実であったがどうも当の本人達は気付いていないらしい。

 どちらかがもうちょっと積極的になればうまくいくのに…。

 そうすれば私も諦めがつくのに…。


 田上が姉の事を好きだという事を、真由美が気付いたのは、二人が大学4年の時だった。姉が田神の事を好きなのは、その一年前から知っていた。確か自分が田神の事を好きになったのと同じ頃だと記憶している。


『ぐずぐずしてたら私が取っちゃうよ』

 冗談交じりで一度美智子に言ったことが有るが、それは本心だった。そして一年ほど経って美智子にじれったさを感じた頃になんとなく…田神の美智子を見る目が他のメンバー(もちろん女性達)を見る目と、なんとなく違うのに気付いた。


《…お姉ちゃんのことが…》

 好きなんだ…。


 その日、夜通し泣きとおした事を覚えている。切なくて、悔しくて…

 今でも田神の事が好きだという気持ちに変わりは無い。それでも姉を応援する事に決めていた。


《私は、二人が好きだから…》

 田神さんとお姉ちゃんに幸せになってほしいから…。と。


 ―― * ――


 一番最初に、美智子に『おめでとう』と云おう…


 初詣に行こうと言う話があり、家に帰った時に思いついた事はそれだった。


《何か、バカみたいだな俺…》


 そうは思ってみても、一度思いついてしまうと不思議なもので、その考えは膨らみこそすれ忘れるものではなかった。

 たった3日弱の間に、江崎の家に何時…松本の家には…と、何度逆算した事だろう?その割に、どうにも落ち着かない。一時間ほど前に準備を始めたが準備といっても着替えて髭を剃る程度のことでしかない。ものの10分ほどで準備は終わってしまった。

 さっさと出かければよいのだが、あまり早く着きすぎるのも考えものである。出かける準備が終わってしまい、する事が無いのでよけいにそわそわとする。

 年明けの30分前、田神は車のエンジンをかけた。ここから松本の家までは20分ちょい。深夜なのでもしかするともっと早く着くかもしれない。

 エンジンを温めてから出よう。江崎の家に集合するのは、一時頃である。ちょっと早いかもしれない。

 でも…、まぁ10分くらいならいいか…


「さて、いくか…」

 エンジンが温まった。田神は少しだけ胸を高鳴らせ車を松本の家へと走らせた。


「さすがにすいてたなぁ…」

 通常20分の道のりは、半分の時間しかかからなかった。

 さすがに早いな…。

 田神は松本の家の近くのコンビニでコーヒーを買うと、タバコをふかし少し時間をつぶす。


 やっとのことで出かける準備が整った頃、松本家のチャイムがなった。


《来た!!》


「美智子、田神さんがお見えよ!」

 玄関を入ると正面に階段は位置する。母が階段下から声をあげる。

 何でこんなにドキドキするのだろうか?美智子は自分の鼓動を強く感じていた。忘年会が年越しで行われたこともある。深夜に皆で集まった事もある。別にいつもの事なのに…。

 テレビでは年越しのカウントダウンが始まっている。もうすぐ年が明ける!!母はすでにリビングに戻っていた。美智子は急いで階段を駆け下り…


 ――ガチャ!!


 玄関を開け、外へと飛び出す。しかし、勢いがありすぎて足がもつれてつまずいてしまう。


「あぶっ!!」

 田神が美智子を受け止めていた。そして…次の瞬間年が明ける。


 ――ゴーン!!


 家の中と近所のテレビから除夜の鐘が聞こえ、何処かで花火があがる。 偶然ではあったが、二人は抱き合った状態で年を越した。

 一瞬、相手の胸の鼓動が自分と同じく高鳴っているのが聞こえたような気がした。がそれは自分の鼓動だったのだろうか…。


「…あ…明けまして、おめでとう…」

「え?…あぁ…お…おめでとう…」

 咄嗟に離れて、照れながら挨拶をかわす。


《田神さん…、お姉ちゃん、おめでとう。》


 二階のカーテンが開いて、そしてまた閉まる音に、二人は気づかなかった。


「今年こそはうまくやってよね!!」

 真由美はひとりごち、複雑な思いを胸にベットへと潜り込んだ。



 結局、江崎の家には上森と沙希も来ていた。


「…なんだ、やっぱり来たか。」

 吉村が上森達を見つけて声をかける。


「やっぱりって何だよ…」

「いいや、べ~つに…」


「さ…沙希がみんなと一緒に行こうっつうから…」

 上森が下を向きながら云う。吉村には分かっていた。恐らく言い出したのは沙希だろう。しかし、上森も皆と一緒に行きたかったに違いないのだ。

 忘年会の場では上森が沙希に気をきかせたに違いない。年末は忙しくて二人でどこへも出かけることが出来なかったと上森が漏らしていたのだから…。

 当時の上森からは想像もつかなかったが、ヤツは寂しがりやなのだ。それも人一倍。


 高校の卒業式、帰りに江崎の家に寄り夕食をご馳走になった。

 夜遅くまで騒いだその帰り道。途中まで江崎が送ると言って、3人で歩いていた。

 どこからくすねてきたのか上森がウイスキーのボトルと紙コップを出し、寒空の下3人で酒を酌み交わした。

 18だというのに何故か3人とも酒は飲みなれており1時間で半分以上入っていたボトルが空になる。

 体も中から温まって口も軽くなり、その時上森が自分の事を二人に語った。自分には仲間とか友達とかはいなかった事。それでも良いと思っていたという事。そして、自分は孤児院で育ったという事である。

 一見、私達はドラマなどの影響で孤児院を誤解する事がある。孤児院で育った子供達は、孤児院の仲間を家族として大切に思っていると勝手に解釈する…。

 しかしそんなことは決してないという事を上森と出会った事で彼等は知ることになる。

 上森は確かに孤児院の人達には感謝してはいた。しかし、彼にとって孤児院での生活は忘れてしまいたい忌まわしい過去に他ならなかったのである。そこが暖かいところであればあるほどに…。

 親に捨てられた彼にとって、そこは庇護の世界ではなく、偽りの世界だった。

 偽りの笑顔に囲まれて生活する事がなんと苦痛だったことか。


 中学を卒業すると同時に彼は迷わず孤児院を出た。上森はバイトをしながらの生活を始めたという。

 吉村は驚いたが同情はしなかった。それは恐らく上森がもっともしてほしくない事だと思ったから…。


 ――俺だって…


 つらい過去がある。一人ではなかったし孤児院ではなかったけれど似たようなものだ。

 吉村も江崎も自分の事をうちあけた。その時三人はそれぞれの境遇と心のうちを共有したのだった。

 それからだろうか…。本当に自分達が仲間になったのは…。


「まぁ、そういう事にしておくか…」

「本当…だからな…」

「わかった、わかった」

 吉村は上森をなだめ、上森の肩をかかえて皆のほうへと押していった。


「よう!みんな、明けましておめでとう!!」

 おめでとう。

 まだ集合時間になっていないのに田神と美智子が到着した時にはみんな集まっていた。


「なんだ、もうみんな着てたのか。俺等が一番だと思ったのに」

「結局みんなやることないんじゃんかよ」

 江崎が皆を見回しふてくされたように言う。だったらちゃんと賛成してくれりゃいいのに…

 笑い声が上がる。


「まぁまぁ…みんな集まった事だし、よしとしようよ。なっ」

 江崎の肩を抱き、丸山がなだめる。江崎はまだぶつぶついっている。


「よかったね美智子」

「えっ?」

 照美が耳打ちした。『最初におめでとうって云ったんでしょう』と…

 美智子は一瞬ドキッとした。偶然ではあったけれども抱き合って年を越したのだ。

 一番最初に田神に『おめでとう』と云った事は事実だったが、それを照美に言われたとき、有り得ない事と分かっていながら抱き合って年を越した事を見られたような、心の中を覗かれたような錯覚にとらわれたのだった。


 ――そんな訳ないか…


「…うん…」

 美智子は照美にだけ分かるように小さくうなずいた。



 初詣を終え、江崎の家に戻ってきた一行は家の前で車から降りる一美の姿を目にした。


「おっ…」

《うわぁ…》

 助手席のドアを開けたのは坂田だった。一美は車から降りて、そして坂田にキスをした。一行はそれを目撃したのだ。

 キスをして、坂田が走り去った後、一美は皆に気付き、少し顔を赤らめながら小走りで家へと入っていった。


「…じゃあ…これでかえるわ」

 口火を切ったのは上森だった。皆がそれぞれの車へと向かうが、江崎はその場に立ち尽くしていた。


《まさか、年明け早々…》

 あんな光景を見る事になろうとは…。


 一美姉は、皆とも仲が良かった。まるで本当の姉のように…。

 しかし彼の話となると江崎を気にしているわけでもないのだろうが恥ずかしいらしく口を開く事はなかった。

 また、人前でベタベタするのは苦手なようで、皆の前では坂田と腕を組む事すらしていなかったのだ。こちらに気付かなかったにしても人目のあるところであんな大胆な事ができる人ではなかったはずだが…。


 ――なにかあったのかな?この旅行中に…


 それはたぶん間違いないだろう。誰もがそう思っていた。


 そういえば…

 沙希が思い出したように上森に耳打ちした。一美姉が旅行に行く前に私に電話があって…


「なんて?」

「…あの時って…痛いの?って」

 沙希がくすっと笑いながら云う。沙希はその時初めて一美がその事に関しては自分より後輩であり、自分のほうが先輩だということを知った。


『坂田さんの事好きなんでしょ?だったら大丈夫!!』

 一美にそう云ったという沙希の言葉を上森は神妙な顔で聞いていた。


 さて、この事を江崎に云ってよいものやら…。


 恐らく、江崎自信も感じ取っているだろう。もしかすると本人の口から聞くことになるかも知れない。それよりは、自分から聞いていた方がいくらか気が楽だろうか?

 しかしなんと言えばよいだろう。言葉が見つからない。とにかく今日のところはそっとしておこう…。車に乗り込んだ上森は立ち尽くす江崎を心配そうに見た。


「どうしたの?」

 沙希が不思議そうに上森の顔を覗き込む。江崎の姉に対する気持ちを女性陣は知らない。


「…いや…なんでもない。いこうか」

 上森はエンジンをかけ、早々にそこから走り去った。


「あ~、びっくりした。あんな場面一度も見たこと無かったね…」

 美智子が顔を上気させて言う。びっくりして、そして祝福して。彼女が興奮しているのが伝わってくる。

 田神とて半分は祝福していたのだが。


「坂田さんだっけ?。一美姉の事、大事にしなかったら承知しないからね…」

「って、俺に言うなよ」

「だって、田神だってそう思うでしょ?」

「えっ…あぁ…」

 田神は曖昧な返事をする。

 田神も丸山も、男性陣は皆江崎の気持ちを知っていた。確かに美智子の気持ちは判る。たぶん女性陣は皆同じように思っているに違いない。


 もちろんそれが叶わぬ想いだと判っている。江崎の想いは決して報われる事はない。

 それでも江崎の事を思うと、素直に一美姉の幸せを素直に喜ぶ事はできなかった。


《他に好きな娘でもできればなぁ…》


 そんな簡単な事ではないということは知りつつも田神はそう思わずにはいられなかった。


―― * ――


 分かっていた事だった。そう、ずっと以前から分かっていた事だった。

 彼女に彼がいると分かってから覚悟していた事ではあった。

 しかし、気持ちというのは複雑な物で頭では分かっていてもどうにもなっとくする事ができないでいた。


 ――なんでだ…


 自分と坂田を比べた時、答えはおのずと導き出される。自分はなんとちっぽけな存在なのだろうかと思い知らされるのだ。

 片や父が社長を勤める会社に就職した者。そして、片や自らの力で会社を興し(運送業ではあったが)その会社で働く者とである。

 どちらが優位かと聞けば恐らく万人が江崎の方を指さすであろうが、彼自身はそうは思っていなかった。なぜなら、坂田が会社を興して既に3年が経とうとしているが、その会社は無くなるどころか業績を伸ばし、大きくはならないものの続いていたからである。

 小物の運送便はバイク便と呼ばれ、自転車による配送便、通称メッセンジャーと並び、今では東京で無くてはならないものとなっている。

 いくつもの会社が存在するが、坂田の会社は、携帯電話を利用して、バイクを運転する者が直接受注を受けており、元々は坂田がフリーとして行っていたものを仲間を集め、有限会社として登録したものだった。

 アイディアがよかった。他社に比べて事務が少ないので人件費が安く、運送コストが押さえられていた。当然安い分だけ、配達の依頼は多くなった。

 彼は成功したのだ。姉の目が正しかったと父も坂田の事を認めていた。

 もっとも姉は坂田の商才を見込んで、彼を好きになったわけではないのだが、最初ゴミを見るような目で坂田を見ていた父が今では一人前の男として扱うようになっていた。

 江崎は坂田につらく当たる事で一美を悲しませる父もいやだったが、今の父はもっといやだった。

 一美と坂田はもう親公認同然になっている。それでも…


 江崎は胸が引き裂かれる思いだった。


 皆が帰ってしばらく。自分の部屋でボウっとしていた一美は、突然気づいたように江崎の部屋に押し入り、旅行の話を延々と語り始めた。


『それでね…陽次が…』


 言葉の端々にも姉の変化を見て取ることができる。

 二人でいるときはどうかしらないが、いままで『坂田さん』といっていた名が『陽次』に変わっている。親密さが増した証拠…

 江崎は泣き出したい気持ちをこらえながら必死で笑顔を造り一美の話しを聞いていた。今、彼女は幸せでいっぱいなのだ。それでいいじゃないか…と自分に言い聞かせながら…


『この旅行の事はきっと、一生わすれないわ…』


 うっとりとして言う一美の言葉に江崎はうなづいた。それは自分にとっても忘れられない出来事に他ならなかったのだから…。


 そして…


 江崎は待合室にいた。そこは吉原のとある店の待合室だった。





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