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出会い

 12月28日…

 街は年末特有の慌しさに包まれている。正月の買い物であろう、買い物袋をいくつもぶら下げた多くの家族連れが繁華街を行き交う。

 もうほとんどの会社が休みに入っており、繁華街を行き交う人の多さに比べ、オファスビル街の灯は、ところどころ灯っているのみとなっており、その一画だけ取り残されたような寂しげな雰囲気に包まれている。


「ふぅ…。やっと終わった。」

 机の上の資料を整理し、パソコンの電源を落とす。


「さて、急がないと…」

 田神は、荷物をまとめ、急いでエレベーターに乗り込んだ。


「いけない!、ロッカーに定期忘れてきちゃった。」

「またぁ…。ともえ、早く取りに行かないと、うちのビル8時半に閉めるって言ってたよ」

「え~」

「もう…。先に帰るよ」

「…うん、じゃあね。良いお年を…」

「じゃあね!」


 午後八時を過ぎようとする頃、オフィス街から駅に急ぐ人影と、反対に駅からオフィス街へと急ぐ人影が曲がり角でぶつかる。


「あっ!!ご…ごめんなさい」

「こっちこそ…。大丈夫?」

 今日は、大学時代からの仲間との忘年会。仕事収めとはいっても営業回りではない彼にとって仕事内容はいつもと変らない。残業で遅くなったので急いでいたから、走りながら時計を見ていて…

 まさか、こんな時間にオフィス街に向かう人がいるとは…。


「私が悪いんです。会社に忘れ物しちゃって、慌ててたから…」

 幸いどちらとも怪我はなかった。急ぎの用だったらしく、「すみませんでした」と言って彼女はオフィス街へと消えて行った。


《かわいい娘だな…》


 しばし彼女の後ろ姿に見とれていたが、自分も急いでいることを思い出し、駅へと走り出す。



―― ピンポーン ――


『遅いぞ!!』

 インターフォンを押した途端に声が響く。田神が着いた時には既に飲み会は始まっていた。忘年会の場所は例年のごとく江崎の家。彼の父は大手企業の社長で家もでかい。大学時代から何かと言うとよく彼の家を利用させてもらっていた。

 江崎の家は、複数の棟からなっており、彼の部屋は離れにある。離れと母屋は、地下でつながっており、地下には、カラオケルームもある。地下のカラオケルームは当然防音。多少騒いでも周囲に迷惑がかからないということもあり、忘年会は、いつもそのカラオケルームで行われる。


「悪い悪い、仕事が終わらなくって。」

「どうせどっかで油でも売ってたんだろ?」

 そう言ったのは丸山貴義。田神とは中学からの腐れ縁で会社も同じ。部署も一緒だから彼が田神の残業を知らない訳はない。


「おまえなぁ…」

「さぁ、全員揃ったことだし、乾杯しなおすか」

 江崎が言って田神にグラスを渡し、ビールを注ぐ。


「じゃあ、カンパ~イ!」

 江崎の音頭で、カチンとビールを注いだグラスが音をたてる。


 既に休みに入っている者もいる。翌日からは皆正月休みに入る日を設定するようにしているので、毎年この飲み会はエンドレスだ。


「ところで…」

 上森真也が江崎がカラオケを歌っている時に話かけてきた。


「今日、江崎妙にハイだと思わねえ?」

「そう言われてみればそうかもしれないけど?なんで?」


「一美姉がいないんだよ…。旅行とか言ってたっけ…。年末に旅行なんて初めてだもんなぁ。しかも彼氏と2人でだぜ」

「そうは言ってもなぁ」


「何話してんだ?」

 自分の曲が終わったらしく江崎が後ろから声をかけてきた。


「えっ!!いや…別に…」

 二人とも、正直心臓が飛び出るほどびっくりして、上森がどもる。一瞬、江崎はきな臭そうな顔をしたが、

「いや、俺達の仲って妙だよなぁって話してたんだよ…なぁ…」

「…あぁ…うん。」

 田神が平静を装いうまくごまかした。


「妙って?」

「よくこうやって、仲間になれたなって事。よくもまぁこれだけ個性の強い奴が集まったもんだよってね」

 何年も前から、田神は本当にそう思っていた。


「…そうだな…まぁ、少なくとも俺と吉村が仲間になれたのは上森のおかげだけどね…」

 江崎が話しだした。


 高校時代、彼は少なからず自分の家が金持ちである事を自慢し鼻に掛けていた。吉村はその当時グレていて、そんな江崎を人一倍快く思っていなかった。上森はというと、自分で働いて学費を稼いで高校に通っていた。

 あるとき、吉村が江崎を捕まえて路地裏で恐喝しようとしていたところに上級生の不良グループが現れた。吉村は追い立てられ路地裏から出てきたところを運良く?上森に見つかり、吉村の態度と不良達に囲まれている江崎を見て状況を把握した上森からこう言われた。


「お前が脅すんじゃねぇのかよ…。先輩方ににらまれるのがそんなに恐いか?臆病者が…」

 吉村はカチンと来たらしいがほおっておこうとしたという。だが上森が路地裏に入って行くのを見て、不良達の声を聞いて、さすがに上森の後を追ったらしい。


「それで喧嘩になったの?」

 美智子が聞いた。いつのまにかカラオケを中断して皆が集まっていた。


「いや、ならなかったよ。もう一人その場に現れた人がいたから」

「あぁ、シュウとか言われてたっけ?その人の顔見た途端にあいつら逃げちゃったもんな」

「シュウって人も、すぐいなくなっちゃったけどね」


「でも、上森がいなかったら、少なくとも俺と江崎はとんでもない仲になってたろうな。俺もきっとまだ不良やってるぜ」


「ところでそのシュウって人は?」


 田神は複雑な思いでその話を聞いていた。丸山だけが皆の方と田神とを交互に見てにこやかにながめている。


《そういえばそんな事もあったっけなぁ…あれは江崎達だったのか…》


 田神の高校時代のあだ名は秀雄の秀で"シュウ"と呼ばれていた。当然丸山は知っている。


「しかし、なんで先輩等、逃げたのかねぇ…」

 江崎が言い吉村と上森がうなずいている。


「本人に聞いてみれば…。なぁ…田神?」

「えっ?」

 丸山の言葉に皆が振り返る。《このバカ…》と田神は心の中で呟いた。


「いや、田神もシュウってあだ名だったんだよ。なぁ?」

「…そういや、似てるかも…」

「そんなわけないか」

 丸山の言葉に『なんだ…あだ名が同じ…だけか』という残念そうな声で、江崎達が答える。


「実はそうなんだけどね…」

「えっ?」

 田神の言葉に、今度は丸山も含めて皆が驚いていた。


「世の中狭いな…あれはお前らだったのか…」

「本当に田神かよ!」

 江崎等が驚きながら言う。女性陣も目を丸くして田神の顔をじっと見た。


「ところで、なんで先輩等は逃げたんだ?」

「田神のうわさはいろいろあってね…」

 丸山は田神が暴力団を壊滅させたなどといううわさ話をみんなに聞かせた。


「本当かよそれ!」

「んなわけねぇだろ」


「…でも…何かしら〈うわさの元〉があるんだろ?」

「まぁ、…あんまり話したくないんだけどね…。そいつらが逃げ出したのはたぶん、俺が族とケンカして潰したって噂を聞いてたんだろうよ…」


 そう言って田神はその時の事を初めて人に語り始めた。丸山も田神の口からは初めて聞く。それは当時の田神とその彼女の悲しい出来事から始まる。


 田神には、中学時代からの彼女がいた。彼女は、プロのピアニストを目指していた…


 彼女の名は、海野絵美。高校2年の夏休み、ピアノのレッスンの帰り道。突然、公道で暴走族同士の抗争が始まって、彼女は逃げようとしたが、歩道もパニックになっており、そこに1台のパイクが突っ込んできて…、彼女は左手の指の腱を斬ってしまい…


「小指と薬指が動かなくなってしまったんだ…」

 もちろん、手術で腱はつなげたから動くには動けれど、難しい曲なんかは弾けなくなってしまった。


「俺は慰める事もできなかった…」

 しばらくして彼女は、家族と共に北海道に引っ越した。そのまま音信不通…


「それで…彼女の仇討ち…って事か…」

「…その時はそう思っていたけどな…。でも今にして思えば、自己満足だったように思う…それと…彼女との関係にケリをつけたかったって感じかな…」

「それで…」


 その暴走族が集まるのはだいたい土曜の夜、荒川の河川敷のグランドだった。そこへ一人で乗り込んでいった。 彼女が遭遇したのは2つの族の抗争だったが、その一つはもう一方に吸収されていて俺が幹部たちに向かっていったところ、吸収されたほうの族のメンバーだと思われる奴らが仲間に襲い掛かって。…結局、内部崩壊のような感じでそのグループは潰れた。


「その時に『なんだてめぇ』とか言われた時に、『シュウ』という名を口にしたんだと思う。実は良く覚えてないんだ。」

 はっきり覚えているのは、族の前に出て行く時の恐怖と緊張感と、そして俺が胸倉をつかんでいた族のヘッドの顔面が血だらけになって泡を吹いていたのと…


「その間の記憶が定かじゃないんだ…」


「こえ~…」

「…田神…お前キレるとおっかね~んだな…」


「誰だってそうだろ?キレて怖くなかったらキレるとか使わないって」

「いや、怖さの程度がね…。頼むから俺等にはキレないでくれよ…」


「キレるようなことしなけりゃな…」

「しない、しない。今の話聞いたら絶対しないって…」


 ハハハハ…


 丸山がおどけて言って皆から笑いをとった。それで、田神の話は終わりとなった。


「再会を祝して…」

 再度乾杯が行われ、忘年会の夜は更けていった。


 ―― * ――


 翌日、昼になろうとする頃にようやくごそごそと起き出し顔を洗い、例年通り、みんなで近くのファミレスへブランチをしに出かけた。


「あれ?ここってデ〇ーズじゃなかったっけ?」

 江崎がすっとんきょうな声を上げる。


「なんで近所に住んでるお前が知らないんだよ。」

 丸山が江崎に言う。


「先月来た時はC〇SAになってたよ。いいから入ろうぜ」

 上森がいい、さっさと中に入る。それにみんな続いた。まだ昼ちょっと前なので、ガラガラだったが、食事が終わる頃には混んできていた。


「年末はみんな予定どうなってんの?」

 コーヒーを啜りながら、江崎が言う。江崎の姉が泊りがけで出かけている為、いつもと違う年越しをする彼は、他の面々の過ごし方が気になっていた。他のメンバーは、これといって変わりない事を江崎に告げた。


「じゃあさ、初詣にでもみんなで行かないか?」

 江崎が皆を誘う。


「う~ん、初詣ねぇ…」

 と吉村。


「あぁ、俺と沙希は、パス。二人で年越しで初詣いくから。な!」

「うん。江崎ごめんね」


「私らは、予定無いから行くよ、ね、美智子。もちろん田神も丸山も行くよね?」

 吉岡が松本の手を取って言う。


「あ…う…うん」

「分かったよ。俺も行くよ」

 と吉村。


「じゃあ、6人って事で…」

 食事も終わり、ようやく解散となった。


「じゃあね」

「それじゃ、詳しい事はメールで知らせるから」

「良いお年を!」

 それぞれのクルマに乗り込み、帰っていった。


 田神は、松本と帰り道が同じ。江崎の家からだと松本の家のほうが近い。昨日の朝、江崎の家に車を置かせてもらっていた田神は、その車に松本を乗せて走っていた。


《そういえば…》

 田神は去年の事を思い出す。去年は、田神の車で松本を乗せて江崎の家に行って、帰りは、田神がまだ酔っていて松本が運転して帰ったのだった。


《帰り道で、告白して、振られたっけ…》

 チラッと横目で松本を見る。松本も同じ事を思い出していた.


『俺等もさぁ、上森等みたいに付き合っちゃおうゼ』

『なっ…なんでよ…』

『俺が…お前の事…好きだからさ…。な?いいだろ?』

『…わ…私はいやよ!』

 その時の会話が思い出される…その時の気持ちも…


《もう…田神のバカ…酔ったままで言われたら本気かどうかわかんないじゃない!》

 松本は大学時代から田神のことが好きだった。女性陣は皆知っている。しかし去年、田神は本気で振られたと思っていて、松本の気持ちに気付かずにいた。


「あ~あ…、たまには美智子以外の女性を隣に乗せてドライブしたいな…」

 何気ない田神の一言に松本は思わず田神の腿をつねる。


「いてっ!!」

「あら、ごめんなさ~い」

 プイっと窓の外に顔を向ける松本。


「なんだよ、いて~なぁ…」

《酔っていなければOKしたのに…》


「じゃあ、また来年ね」

「ん…あぁ…じゃあ」

 松本の家の前で、彼女を降ろし、どうしようか迷ったが結局そのまま田神は自分の家へと車を出した。


《2年連続で同じ女性に振られることもないだろう…》

 松本は、走り去る田神の車が見えなくなるまで見送っていた。





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