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 12月に入る頃には、皆元の関係に戻っていた。もっとも、去年の今ごろにはまだ江崎は姉を想い、美咲は事務職ではなく風俗に勤めていた訳だが…。


「今年中に、これとこれは覚えてもらいますからね!」

「えぇっ?二つも?…」

 吉岡の紹介で美咲は設計事務所の事務員として働いていた。そこは吉岡の叔父の経営する事務所で、彼女もそこで働いていた。昨年より注文が好調で、丁度、事務員を増やそうと考えていたところだったらしい。

 もちろん美咲にとっては全てが始めての事務職だったが、高校時代に習った簿記の知識をまだ覚えていた事が少し役立った。

 美咲自身そんなことをまだ覚えていた事は驚きだったが、しかし嬉しくもあった。もちろん、それだけの知識で出来る仕事は限られており、一から勉強しなければならない事は数多く存在したのだが…。


「そうです!」

 拗ねたように口を尖らす彼女を見ると、とても自分より年上とは思えなかったが、しかし間違いなく仕事の上では自分の方が先輩なのだからと、彼女は美咲を叱るように言った。


「も~、お姉さん!かわい子ぶってないで、さっさとやる!!」

「は…、は~い」

 当初、江崎が美咲の仕事の世話をしようかと考えていたところに吉岡が割り込んだ。


「それはどうなんだろう…。そこまでされちゃうと彼女が引け目感じないかなぁ…」

「えっ?じゃ…じゃあ、どうするんだよ!!」

「結婚しちゃえば?」

「えっ…あ…そんな…」

 即座に、そんなせりふを返されて、江崎は目をキョロキョロとさせて口ごもった。


「…な~んて、まだ早いか・・・」

 からかわれた事に気づき『そりゃ、したいけどさぁ…』と口の中でモゴモゴと云いながら江崎は吉岡に抗議の目を向けた。


「じゃあ、あたしが面倒みるよ!いいよね?ケン!!」

「あぁ・・・」

「えっ?『ケン?』…あぁ?…えっ?…えぇっ!?」

 江崎は一瞬眉を顰め、二人の間に漂う雰囲気に気づいて驚いた。

 この時、江崎は二人が付き合っているということを初めて知ったのである。仲間うちではまだ誰も知らない事だった。


「いつの間に?」

 美咲が目を覚まして程なく…、吉村は彼女に連絡していたのだった。


「まったく…お前らいつからだよ!」

 江崎は突っかかったが、それは抗議ではなく驚きからの言葉だった。なにしろ全然そんなそぶりを吉村は見せていなかったのだから…。


「いいじゃない別に…ねぇ!」

「・・・」

 全く、なんて変わりようだよ…。江崎は困惑の表情を吉岡に向けた。吉岡といえば、ハリキリ娘そのもので、『あねご』と呼ぶのがピッタリな存在だったのに…。


《女って…こんなに変わるもんなのかな?》


 江崎は思った。そういえば自分も美咲を最初に見たときは美人だって思ったっけ…。


《でも今は…。》

 彼女の事を『カワイイ』と江崎は思うようになっていた。恐らく他の人から見てもそう見える事だろう。


「ふ~ん」

 吉岡と吉村を交互に見て江崎は言った。


「な…なによ!」

 吉岡が、急に恥ずかしくなったのか、片頬を膨らませて、怒ったように言う。


「いんや、べ・つ・に」

「じゃあ、照美、頼むな!」

 江崎の答えに、言い返そうとした照美の気をそらすように吉村が彼女の肩をポンと叩く。


「う…うん。任せて!」

 そういうわけで美咲は今、吉岡と共に働いていた。


「…これで、…いいのかしら?」

「・・・はい。OKです!」

「やった!」

「それじゃぁ、次これね!!」

「…は~い…」

 吉岡は優しく、時に厳しく美咲を指導していくのだった。


―― * ――


「スキーにでも行かねぇ?」

 突然の江崎からの連絡に、驚かなかった者はいなかった。江崎、吉村カップルが、ダブルデートで、時には坂田・一美を混ぜての、トリプルデートで計画していたのがそれだった。

「えっ?いつ?」

「年末!」

「えぇ?今から予約したって無理…、あっ…あぁ…蔵王か!!」

 忘年会を兼ねて…という話に、メンバーのほとんどは乗り気だった。蔵王には江崎の家の別荘があり、そこに行こうという話である。


「いいだろ?そこで、姉貴らのお祝いも兼ねてさ…」

 坂田・一美カップルは、結納の日取りも決まり、いよいよカウントダウンにはいっていた。式は来年になるだろうから、独身での年越し旅行はこれが最後だろう…。

 仲間うちでの祝いも兼ね、さらにまだ仲間うちにも知られていない新たなカップルを紹介する場としてもいいのではないかと江崎は考えていた。


「じゃあ、いつも通り江崎ん家に集合だな!」

「あぁ…、詳しくはメールするから見てくれよ!!それとさぁ…」

「ん?」

「他に参加させたい人とかいたら、連れてきていいぜ!」

 江崎は田神と丸山だけにそういった。そして、女性陣にも…


「・・・」

 照美はどうしたものかと悩んでいた。吉村達に美智子の事を教えるべきだろうか?

 本当に気づいていないのかどうかも疑問だった。

 田神以外はみんな知っているのでは?とも思う。でも、もし本当に知らなかったらヤブヘビだ…。


《ほんとに…美智子はもう!!》

 男どもが気づいているどうか知らないが、自分にはあの二人が好き会っていることは知れていた。


《…なのに、なんで?――あ~、もう!!じれったい!!》

 以前は、自分が煮え切らない事もあり、美智子の気持ちも判ると思っていた。

 でも、いまや自分はうまくいき、照美は美智子の事を余計に考えてしまっていたのだった。もっとも、あの二人がくっつくのは時間の問題だと、彼女は考えていたのだが…。


《まぁ、丸山くんの為に、誰か呼んでもいいかもね…》

 田神と美智子がうまくいけば、あと残るは丸山だけだ。彼はどんな娘がお好みかしら…。


「久しぶり!!、照美だけどぉ…」

「えっ?吉岡さん?どうしたの~、久しぶり~!!」

 照美のかけた電話に出たのは、ともえだった。


 その前の日…

『美智子、あのさぁ…』

『どうしたの?照美?』

 吉岡は、松本に電話し、ともえの電話番号をきいたのだった。


『ほら、今度のって、女性が一人少ないじゃない?で、丸山の好みって考えてたら彼女に行き着いたってわけ』

『…そ…そう…』

『…なんか元気ないじゃない?』

『そんなことないよ。あっ…なんなら、あたしが誘おうか?』

『ううん、久しぶりだし驚かそうかなって…だめ?あっ、でもフォローはお願い!!』


「…というわけで、一緒に行かない?もちろん美智子も行くし…どう?」

「いいのかな?あたしが行って?」

「大丈夫、大丈夫。」

「う…うん」

「とりあえず、美智子にもフォロー頼んどいたから。話してみてよ!なんかあんた達、毎日電話してるんだって?ほどほどにしなよ、誤解されるから…アハハッ!」


 返事は美智子に伝えておいてと電話は切れた。


《はぁ…変わってないなぁ…相変わらず元気いっぱいで…》

 行ってみようかな…。

 いつものように美智子へ電話する前に、ともえはその誘いに『OK』する事を決めていた。



 江崎からの連絡を受け、田神は職場の同僚達に声をかけた。しかし流石に年末年始の予定が空いているものはおらず、誘いに乗るものはいなかった。


《ちぇっ、もうちょっと早く計画すればいいのに…》

 別荘には何度か行った事がある。炊事やらを考えなければ、人数的にはまだだいぶ余裕があるはずだった。もっとも多ければ多いなりに苦労もあるだろうが…。

 まぁ、しかたないか…。


「さてと…」

 仕事を終え、田神が目を上げた時には既に丸山の姿は無かった。


《そういや、『お先!!』って帰ったっけ…》

 人の事をとやかく言えた義理ではないが、『彼女とか、つくる気ねぇのか?』と、思ってしまう。彼が、何で早く帰るかと言えば、ほとんどの場合が『ゲーム』ということだ。

 確かに、早く帰る理由が、デートという時もある。まぁ、そうなのかもしれないが、彼の悪い癖というかなんというか…。大体が本命ではない娘だったりする。


 『良い人』というレッテルの貼られている彼は人あたりが良く、聞分けがいい。

 とりわけ女性陣にとっては良くご意見番として男性の立場としては?と模範回答を求められたりしている。

 ただし『良い人』というのが必ずしも恋愛対象とはならないようで、彼がデートと称していたもののほとんどが、相談であったり、愚痴の聞き役であったりしたことも良く知っている。


《…もしかして、実は女性のことを一番良く知っているのは奴だったりしてな…》

 ブルッっと、ちょっと嫌な考えが浮び田神は身震いした。だからあいつは彼女つくんないんだったりして…。


「んなわけないか…」

 コートを羽織り、田神は会社を後にした。


《あっ…》

 駅のホームに行くと、例の彼女の姿が見えた。そうだ!彼女を誘ってみようか?恐る恐る近づくと、彼女もこちらに気づいたようで、お互いに会釈を交わす。


「この間は…本当にどうも…」

「あ…いやぁ…たまたま通りかかっただけですから…」

「あのぉ…」

「あのぉ…」

 同時に言った言葉が重なったのが何故かおかしかったらしく、彼女かクスクスと笑った。

「どうぞ、お先に…」

「あの…お名前…お聞きしてもいいですか?あっ…私は『志田ともえ』っていいます。」

「俺は、あ、いや僕は、田神…『田神秀雄』っていいます。そうですよね…よかった。

また名前聞くの忘れるとこでした…」

「あっ、田神…さんのお話しは?」

「あ…あぁ…。あのぅ…年末なんですけど…」

 田神は彼女にスキーの件を説明した。日付と泊りがけのことを彼女に告げた時に彼女の顔が曇ったことに気づいたが、とりあえず最後まで説明をするだけはしてみる。


《…そうだよなぁ…いくら何度も会ってるからって、今名前を名乗ったばかりの奴がいきなり泊りがけのスキーに誘ったら、なんだコイツって思われるよなぁ…》

 失敗したなぁ…。田神はそう思ったが、口に出しては「どうかな?」と聞くにとどまった。

「…残念なんですけど…」

「そ…そうだよね…いきなりこんな誘いするほうがおかしいよね…。ゴメン今の忘れて!」

「あ…違うんです!その…友達と先に約束しちゃってて…」

「そ…そうなんだ…」

「せっかく…誘っていただいたのに…すみません…」

「あ…いや…」


 電車が来て乗り込み、彼女が降りるまでに少し話をしたものの、実際には二人とも別の事を考えていた。

 ともえは、《照美の誘い…どうしようか…でも、今更断れないよなぁ…》と考え、田神は彼女が本当に友達と約束しているとは思わず、《バカな誘いをしたな…》と反省した。


「それじゃ」

「おやすみなさい!」


 田神と別れた後も、彼女の頭には『せっかく誘ってもらえたのに…』という思いが渦巻いていた。

 その夜、ともえが美智子にかけた電話では、『今更断れないよね…』というともえの独り言だけが聞かれ、そこに『田神』という名は登場しなかった。


―― * ――


 田神が板を積んで江崎邸へ到着したのは、集合時間の2時間前だった。


「あれ?松本は一緒じゃねぇの?」

「ん?、あぁ、なんか友達連れて来るって言ってたから…。それにしてもお前等早いな」

 田神は既に到着していた吉村と吉岡に言った。二人が一緒に立っているのを見て、片眉を一瞬つり上げて首を傾げる田神の表情に、吉村は視線をそらして答えた。


《もしかしたら…気がついたかな?》

 吉村はそう思った。


「あちゃ…、そこまで考えてなかった…」

 それとは全く関係なしに、吉岡は田神の言葉に反応して右目をつむり、右手の人差し指をこめかみにあてて、視線を下げる。


「えっ?…なにが?」

「あ…ううん、こっちの話…」

 自分が迎えに行けば良かったな…。自分が誘っておいて、なんて気の利かない事だろう…。

 吉岡は思った。そうすれば美智子は田神と一緒に来れたのに…。


《ゴメン美智子…》

 この時、まだ彼女は知らなかった。ちょっと気が利かなかったなと、美智子に対して思ったその謝罪の気持ちは、後にもっと大きなものとなる事を彼女はまだ知らなかった。



「忘れ物な~い?」

「うん。大丈夫…」

 美智子の車に荷物を積み込みながら、ともえは田神の事を考えていた。


「なぁに?なんだか暗いじゃない?」

「そ…そんなことないよ?美智子のほうこそ…」

「えっ?そ…そうかな?」

 二人ともこれから向かう事に乗り気ではないような…。そんな雰囲気が漂っていた。


《せっかく、田神さんが誘ってくれたのに…》

《…田神が…こなければいいのに…》


 この前の電話の時…、


《こんなことばっかり分ったって…》

 電話を切った後に、美智子はひとりごちた。

 ともえが、『スキー…いまさら、断れないよね…』といったその言い方に美智子はピンと来た。


《…きっと…田神に誘われたんだ…》


『なに、どうしたの?急に…』

『えっ…あ、ごめん、なんでもない…』

 流石にこれだけ長い付き合いともなると、聞き役の方は相手の考えている事がある程度、分るようになってくる。しかし、分ったからといってどうなるものでもなかった。どちらにしても、田神とともえは会うことになるのだから…。

 一瞬、彼女が断れば、結局は一緒にスキーに行く事になって、彼女が気まずい思いをして、田神ともうまくいかなくなるかも…そんな思いが頭に浮かぶ。


《な…私…何考えてんだろ…なんて…》

 自分が、こんなにも卑劣な、醜い考えを浮かべるとは思っていなかった。田神が悪いのだと思ってみても、それらは全て自分にも返ってくる言葉だった。

 そもそも、まだ自分は田神と付き合っている訳ではない。どちらもフリーなのだから、彼が誰を何に誘おうと、文句を言える立場ではない。

 そしてその事は誰に聞いたところで自分にも責任があると言われるだろう。いや、今となっては自分の方にこそ、その責任は多くあるのかもしれない。


「ともえに…田神の事を話していれば…。」

 美智子はカーテンの隙間からぼんやりと外を眺め、その日あまり眠る事ができないでいた。


「行くよ!」

 二人を引き合わせることになる…。それがどういうことになるのか、美智子には分からなかった。

 彼女は不安をかき消すように声を上げて、アクセルを踏み込む。車は走り出し、そして、江崎の家へと向かうのだった。


―― * ――


「こんばんは!」

 集合時間の10分前。後は松本の到着を待つばかりというところで、車が到着した。


「みなさん、初めまして!」

 松本の後ろから現れてお辞儀をした女性に、男どもは注意を向けた。吉岡は丸山の表情を観察して、彼が彼女に大いに興味を示した事に満足した。ところが…


「あれ?彼女って…」

 酔っていたとはいえ、一応、記憶はしっかりしている。彼女の顔を覚えていた吉村と江崎のふたりが声を上げた。もちろん田神も気がつき、彼女に声をかける。


「もしかして…、志田さん?」

「えっ?えぇ!?た…田神さん?うそ~!!」

 田神とともえは、松本が共通の友人だと云うことを知り、奇妙な偶然と縁を感じた。ともえは、それほどスキーに乗り気ではなかったが田神に会えたことで元気になっていた。


 一方、美智子は、分かっていた事とはいえ、気が気ではなかった。他の連中が騒いでいる中でなぜだか自分だけが仲間外れにされたような…そんな寂しい気分を味わう。


《う…ウソ!?》

 驚いたのは吉岡だった。照美は美智子に目を向け、しかし彼女がその視線に気づき力無く微笑んだのを見て愕然とした。


《そんなぁ…美智子…。何で?何で云わないのよ!!》

 新しく加わった仲間に皆が注目する中、二人は視線を交わし呆然と立ち尽くすのだった。


「さぁ、出発!!」

「すげぇ…マイクロバスかよ…」

 ワゴン車でも乗り込めない事はわかっていた。今回の計画にはスポンサーとして父も参加しており、姉のお祝いという事で、かなりの予算を貰っていた。江崎は全員が一緒に乗れるようにと、マイクロバスを手配していたのだった。もっとも当初は大型にしようとして一美、美咲に止められたのだったが…。


 バスを利用する利点は全員が一緒に乗れるという以外にも、もう一つあった。


「じゃあ、とりあえず、今年もお疲れさん!カンパーイ!!」

「カンパーイ!!」

 バスの中は忘年会の場となり、いつものように飲んで歌っての騒ぎが展開された。ワゴン車では考えられないことだ。

 バスは前の2列くらいが通常の座席で、残る座席はコの字を形成しており、中央にコップ用の穴のあいたテーブルが置かれている。カラオケ用のモニターが、右の普通の座席の上あたりに据え付けられ、マイクは左右に1本ずつあった。通信カラオケとはちがうので、最新の曲は入っていないが、それでも新しめの曲もだいぶあった。カラオケと、おしゃべりと…。バスの中は盛り上がっていた。


「毎年こうやって、みんなで集まるんですか?」

 ともえは対面の田神に声をかけた。キョロキョロと、左右に目を配らせてから人差し指を自分に向け、田神が目を大きくする。その仕草がおかしかったのか、微笑みながら彼女がうなずく。

「あぁ…うん、いつもは江崎(と江崎を指差し)ん家に集まるんだけど…、なぁ松本?」

「え…、あ、うん、そうだね。去年は8人だったしね!」

《?》

 一瞬…、美智子の様子がおかしいと田神は思った。しかしこの時は、首をちょっと傾げただけにとどまった。


「そうなんだ…みんな、仲がいいんですね」

「じゃ…じゃぁ、仲間に入れば?いいんじゃ…ない…かなぁ…」

 羨ましそうに云う彼女に今度は丸山が声をかける。しかし、最後のほうが尻切れトンボのように、消え入るようになっていた。すかさず田神は、横目でチラッと丸山を見た。


《…こいつ…》

 田神だけが知り得る丸山の癖だった。

 こいつはいつもそうだ。女の子に平気で声が掛けられる割りに、気に入った娘の前ではてんでだらしがないのだ。今のように伝えたい事すら最後まで云えない始末…。


《彼女でなければ、協力するがな…》

 単に、丸山の好みの女性を選んだ…。そういう意味では吉岡の選択は間違っていなかった。しかしともえは、それだけではなかったのだ。


「えっ?…いいのかなぁ…だって、みんな大学時代の仲間なんでしょう?」

「いいんじゃない?」

「そうだよ!、美咲も加わった事だし、入りなよ!!」

「本当?うわ~、うれしい!!」

 松本を見て、田神、丸山、江崎、そして吉岡とを見回し、彼女は笑顔を振りまいた。


「ともえ、よかったね」

 美智子が声をかけ、そして視線が田神に移る…。すぐその視線ははずされたのだったが…


《松本?》

 表面的には楽しそうに見える彼女の内面が再び垣間見えた気がした。やっぱりさっき感じたのは気のせいではないみたいだ…。

 そういえば…、あの日、アパートの前にいたのは、実は偶然ではなかったとか…?


《…まさかな…》

 二人がいつも電話で話しているということも、バスの中でのおしゃべりで知れていた。あの日…。田神が彼女を助けた日・・・、もしかして電話で自分の事が話題に上がり、それで彼女がアパートの前に…


《なんて、そんな訳ないか…。》


 田神は内心苦笑した。あまりにも自意識過剰というものではないか。

 第一俺は彼女に振られたんだぞ。

 しかし…、そうなると彼女が暗くなっている理由が見つからない。


《もしかして…いや…でも…》


 田神は、笑顔を見せながら思いを巡らせていた。

 ただ…。彼女の様子がいつもと違う…。それだけは確かだった。





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