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第8話 クロエの提案

「これで準備は整ったのか?」

「何言ってるのよ。これからが本番よ。園児を集めないと」


 夕飯を食べながら、マリーはシンと話し合っていた。

 入れ物が立派でも、肝心の園児がいなければ意味が無い。それも一人や二人では意味が無い。

 多くの園児が集まれば、保育士も雇える。


「まだ、保育園が何をするところかわからないけど、子ども達にとって良いところなんだろう。だったら、任しとけ! 子供がいる知り合いに声をかけてみる」

「ちょっと、まって」


 今から飛びだしそうな勢いのシンをマリーが止めた。

 それは今が夜だからと言う理由だけでなく、園児を集めるにあたって大事なことを聞かず募集しそうだったからだった。


「みんな、保育園ってなにかわからないでしょう。だから、説明会を開きたいのよ。だから、ママ達に保育園がどういうものかわかってもらって、安心して子ども達を預けて欲しいのよ」

「そうだな.俺が説明してもわからないよな。わかった、それでいつ、説明会をするんだ?」

「親方の話だと、あと五日で園の方は完成するって言うじゃない。だったら、そこで園を見てもらいながら、説明会をしたいわね」

「よし、わかった。園児を集めるのは俺に任せとけ。保育園の準備を進めてくれ」


 そう言ってシンは、さわやかな笑顔を見せた。

 その笑顔に、マリーは思わずドキッとしたが、さすがにその笑顔はシンの標準装備だと分かってきて、持ちなおす。

 だめだめ、シンは誰にでもこの笑顔を振りまくのだから、勘違いしたら馬鹿を見る。それよりも、今は保育園のことを考えないと。でも、イケメンの笑顔のカロリーは高いわね。

 マリーがそんなことを考えていると、屋敷に初めて来たときに案内してくれた使用人の女性が食後の紅茶を運んできた。


「シン様、最近楽しそうですね」

「ああ、楽しいぞ。いろいろ新鮮で」

「それはよろしゅうございますね。ところでマリー様」


 マリーに紅茶を注ぎながら女性は、マリーに話しかける。

 真っ黒な美しい髪の猫の獣人である彼女の名前はクロエで、昔からシンの面倒を見ているらしい。そのため。シンが連れてきたマリーも何かと面倒を見てくれている。


「何? クロエさん」

「その保育園は、マリー様だけで運営されるのですか?」

「どのくらいの子供が来てくれるかわからないから、当面は私ひとりかな。まずは午前保育だけで、お昼も無しかお弁当にしようかと思ってるから」

「……そうですか」


 クロエはちょっと不満そうな顔をして答える。

 もしかして、保育園に興味があるのだろうか。クールそうな顔をしているけれど、シンを小さいころからお世話をしているということは、子供好きなのかもしれない。家事のプロのクロエが手伝ってくれるというのなら、これほど心強いことはない。

 マリーはクロエを誘ってみた。


「クロエも保育園で働いてみない?」

「結構です。子供はシン様で懲りました。それよりも、人手が必要でしたら、体が大きいだけの暇人がマリー様の目の前にいますので、こき使ってはいかがでしょうか?」

「体が大きい、暇人?」


 クロエの言葉にマリーは辺りを見回した。

 今、この部屋にはクロエとマリー、そしてその目の前には怪訝そうな顔をしているシンがいるだけだった。

 思わず、マリーはシンを指さした。釣られるようにシンも自分の顔を指さす。

 クロエはゆっくりと頭を下げるのを見て、シンは叫んだ。


「誰が暇人だ!」

「暇人ですよ。マリー様が来るまで、毎日毎日遊びまわっていただけじゃないですか」

「遊びまわってなんかないぞ。あれは、商売のネタを探してただけだ」

「おかしいですわね。先日は自分探しとか言ってませんでしたか?」

「そんなことは言ってないぞ。たぶん」


 そう言って、シンは子供のようにホホを膨らませる。

 そのシンの顔と二人のやり取りを聞いて、マリーは思わず笑い声が出た。

 まるで仲の良い姉と弟のようだった。

 そんなマリーを見てシンは不思議そうに尋ねた。


「何がおかしいんだ、マリー?」

「ごめんなさい。仲がいいな、と思って」

「まあ、クロエは俺が物心ついたときかからいるから、姉弟のようなものだ」

「あら、でも、シンにはお姉さんがいるわよね」

「あ、ああ。じゃあ、クロエは俺にとって母親か?」


 にやりと意地悪そうな笑顔を見せながら、シンはクロエに言った。

 そんなシンに対して、クロエは嫌そうな顔を隠しもせず言い返す。

 

「勘弁してください。こんなダメ息子を生んだ覚えはありませんよ。それで、マリー様。うちのダメ息子を手伝わせてはいかがですか?」

「いえ、結構です」


 生んだ覚えはないと言いながらも、『うちのダメ息子』というクロエの言葉に笑いをこらえながら、マリーはきっぱり断った。

 正直、男手も欲しいし、獣人の世界のことをよく知っているシンが一緒にいてくれる方が、心強い。しかし、見知らぬマリーのために衣食住を供給してくれているだけで、ありがたいのに、保育園を開く場所も提供してくれた。これ以上、シンの好意に甘えるわけにはいかない。いまのマリーには、シンの好意に返せるものがない。

 何よりも、こんなイケメンが職場で一緒にいるのは心臓に悪い。

 そんな、マリーの言葉にシンは悲しそうな顔をしていた。


「もしかして、マリーって俺のことが嫌いか?」

「いえ! 決してそんなことはないですけど……」


 マリーは慌てて否定する。

 シンに対しては感謝の気持ちしかない。そして嫌いと言うよりもどちらかと言えば好ましい。だから、シンにこんな悲しい顔をされるとマリーは心が痛んだ。


「わかりました。シンが良ければ、保育園を手伝ってください」

「よっしゃ! まかしとけ! って、具体的に何をすればいい?」

「何をするのかわからないのに、手伝うって言ってたんですか?」

「まあ、マリーと一緒に働けば楽しそうじゃないか」


 マリーはあっけらかんとそういうシンにあきれたが、そんな後先考えない性格だからこそ、マリーを保護し、保育園を作る手助けをしてくれるのだろうと思いなおした。

 こうして、従業員第一号が誕生したのだった。

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