第48話 ルイスとアイリスの処遇(最終話)
「ああ、そうだ。やはり、この男は人間の国の王子というのは本当なのだな」
トニーは牢屋の中から、マリーを睨むルイスを指さして言った。
「はい、間違いありません。マドック王国第一王子、ルイス殿下です」
「ほら、僕の言った通りだろう。僕は王子なんだ。早く、ここから解放しろ。そうでないと、王国から僕を救うために軍隊が山のようにやってくるぞ! そうなったらあの化け物がいようが、こんな街ひとたまりもないぞ」
ルイス王子は牢屋の中でふんぞり返るようにして、どや顔で言った。
こんな状況でも、王子は王子だと感心しながらマリーは反論する。
「おそらく、その心配はありません」
「は? 何を言っているんだマリー?」
「あの時、王族である彼が船にいないにも関わらず、彼らはあっさりと逃げ帰りました。他の仲間たちを救う時間があったにもかかわらず。おそらく、彼らの多くは第二王子派だったのでしょう」
「どういうことだ、マリー。詳しく聞かせてくれ」
トニーはマリーの話に体を乗り出した。
ルイスたちの処遇を決めるのに、ルイスの立場、人間たちからの報復の可能性を考えなければならない。そのため、ルイスの人間の国での立場を詳しく知る必要があったのだ。
「元々、マドック王国はこのルイス第一王子と、マリーン第二王子がいます。当然、王位継承権は第一王子であるルイス王子が持っています。しかし、王族をはじめ、有力貴族は第二王子であるマリーン王子こそ国を治める才覚を持っていると思っている人がほとんどです。それでも、順調に行けばルイス王子が国王になります。そうすれば、ルイス国王派とマリーン王子派に分かれて、国が二つに分かれる可能性があることを多くの人間が考えていました」
「な、なにを言ってるんだ。僕は第一王子で、他の貴族たちからも支持されている。父上だって、僕が次期国王で、マリーンは補佐に回れと、ずっと言っていた」
ルイスは鉄格子をつかみ、マリーに抗議する。
マリーはそんなルイスを憐みの目で見つめて言った。
「それは私が、ルイス王子のために、有力貴族だけでなく、地方貴族にまで根回しをしていたからです。そしてマリーン王子とも密に連絡を取り、ルイス王子を国王に、実務を私とマリーン王子で行うように、話をしておりました。穏健派であるマリーン王子は、むやみに国を危機に陥れ入れるような野望を持たず、私とともに陰ながらルイス王子を支える約束をしてくれたのです。それをあなたが私を流刑者にしたことにより、第二王子派であった貴族たちを、マリーン王子一人では押さえることができなくなったのでしょう。そんなときに、ここにあなた自らやってきました。第二王子派としては、事故としてあなたがいなくなることを願ったはずです。ですから、あなたが海に落ちた時、誰もあなたを助けなかったのでしょう」
「そ、そんな……じゃあ、マリーがいなくなった後、貴族たち態度がおかしかったのは……そう言うことだったのか。平民のアイリスを妻に迎えるということが原因じゃなかったのか……じゃあ、なんでマリーのアーネット家は僕のためにアイリスを養子にしたんだ?」
鉄格子を持ったまま、力なく膝を付いたルイスにはマリーの言葉に心当たりがあったが、それを認めたくなかった。
それに対し、マリーは無慈悲に事実を告げる。
「お父様たちには、この話はしていません。実の親ながら、あの人たちはそのような政治的な考えは乏しいのです。ただ、アーネット家の存続のみが生きがいですから。たとえ、国が滅びようとアーネット家だけは生き残ると本気で考えているような人ですので、跡継ぎがいなくなった後、跡継ぎを用意してくれると言うのなら、誰でもよかったんでしょうね」
「じゃあ、何かい。僕はこれまで自分の才覚と人望だと思っていたものは、何一つなかった言うのか?」
「逆にお聞きしますが、あなたは人から尊敬されるようなことを、自ら率先してやって来たのですか? 面倒なことや苦しいことから逃げ続け、楽しいことや楽なことばかり手を出し、人の成果を褒めず、自分の行いばかり自慢してきたあなたに人望があると思っていたのですか?」
「アイリス! 君は僕を慕ってくれているんだよね」
「ねえ、今の話だと、このままじゃ、ルイスは国王になれないどころか、迎えも来ないってこと? ちょっと、勘弁してよ。あたしは、ルイスに騙されてここに来ただけだし、騎士たちに命令してたのもルイスだから、どっちかって言うとあたしは被害者なのよね」
「アイリス……」
唯一の味方だと思っていたアイリスにも裏切られ、ルイスはただ座り込むだけだった。
そして、ルイスの国での立場を理解したトニーは、マリーに言った。
「すると、この二人は人間の国では、すでに溺死あつかいの上、報復はないと考えていいのだな」
「そうだと思います。たとえ、一部の人間が報復を考えたとしても、この王子のために最新鋭の大型軍艦をあっという間に二隻も沈める海神様がいるここに来るとは思えません。あの船はマドック王国の守り神として長い年月と莫大な資金を投入して作った船だったんですから」
「……わかった。最後に、マリーに問おう。この二人の処遇はどうした方が良いと思う」
「マリー、助けてくれ。僕が悪かった。僕にはもう、君しかいないんだ」
「あたしは、被害者なんだからね。さっさと国に帰る手はずをしてちょうだい」
あの時と全く逆の立場。マリーが二人の生殺与奪の権利を握っている。
二人には冤罪をかけられ、罪人にされた恨みがある。アーネット伯爵家をアイリスに奪われた。
しかし、結果として真に愛する人と出会うことができた。
だから、マリーは二人の罰を口にした。
「二人をこの街から追放してください。人の国に帰ろうと思っても、この街を通らなければ不可能です。ですから、この街から追放するということは、二人はただのルイスとアイリスとして、あなたたちがさげすむ獣人たちが暮らす大陸で生きてください。そして、生きていくうえで何が本当に大切なのかを見つけてください。これが私の最後の温情です。万が一、二人が再度この街に現れるようでしたら、その時は処分をお願いします。それでは失礼します」
そう言って、恨みとも謝罪とも後悔ともとれる悲し気な声を上げる二人を背にした。
「僕は、マリーによって、第一王子の地位を守られていたのか……」
ルイス王子の力ない独り言に、マリーは振り返った。
「ですから、あの時、私は尋ねたはずです。本当によろしいのですね。私を追放ということで、と」
最後にそう言い残すと、マリーは警察署を後にした。
そして、マリーを追いかけてきたシンが、心配そうに尋ねた。
「あれでよかったのか? マリー」
「良いのよ。私も死刑でなく、流刑だったんだから、追放でおあいこでしょう。さあ、そんなことより、早く保育園を復旧させましょう」
マリーは晴れやかな顔でそう答えた。
~*~*~
それから数日が経ち、新しくなった保育園には海の民の子供達も参加していた。
元気いっぱいの園児たちと、愛するシンの隣でマリーは幸せいっぱいに言った。
「さあ、今日も元気よくマリー先生と遊ぼうね~~~~~~!!」
(おしまい)