第47話 ルイス王子の後始末
「殿下、私を……」
マリーがそう言いかけた時、一隻の軍艦が大きな音を立てて沈み始めた。
『我の海で、不快な音を出すな』
そこには尻尾で軍艦をたたき割った海神様が、怒りの声を上げていた。
今度は軍艦側が悲鳴を上げ始める。
しかし、さすがは訓練された者たちである。標的を海神様に向けて、大砲を撃ち始めた。
「海神様! 逃げてください!」
「大丈夫よ、マリーちゃん。ワタさんがあれくらいでどうにかならないわよ」
マリアが海から現れると、マリーを安心させるように言った。
そして、マリアの言った通り、海神様に当たった砲弾はその鱗にはじかれて、海に落ちて行った。
海神様がその腕を振るうと海水を大量に巻きあげた竜巻が発生し、軍艦を飲み込んだ。
それを見たマリアが海神様に声をかけた。
「船は全部壊しちゃだめよ。彼らが帰れなくなるからね」
『さあ、我が妻の慈悲で一艘だけは残してやる。早々に立ち去れ! そして二度と来るな!』
海神様の言葉に、軍艦は海に放り出された仲間を拾うと、一目散に逃げて行ったのだった。
それを見届けたマリアはマリーに確認を取った。
「詳しい事情は分からないけど、これで良かったかしら? マリーちゃん」
「ありがとうございます。マリア様」
「良いのよ、先日はワタさんが迷惑かけたし、一応、あの人はこの海の守り神だからね」
『そうだぞ、マリー。私はえらいんだぞ』
「はいはい、ワタさん。久しぶりに仕事してえらいわね。あら、忘れ物があるわね」
そう言って、マリアが指さした方には、ルイスとアイリスが打ち上げられていた。
海神様に壊された軍艦のどちらかに乗っていたのだろう。
しかし、身分が高いこの二人を残して、帰ってしまったことを考えると、騎士たちに対しても人望がなかったのだろう。
さすがに、そのままにしておくわけにもいかず、二人を保護、監禁したのだった。
~*~*~
街の被害は思ったよりも大きくはなかった。
ひとつは広場に落ち、もうひとつは保育園の側に落ちたのだが、広場にも保育園に運よく人はおらず、けが人も出なかった。しかし、建物の被害はあり、保育園も補修を行うことになった。
その時、シンの父親であるトニーは、『砲弾が落ちたようなところなど縁起が悪くて、今後迎賓館戻すことは考えない。だからシンとマリーの好きにしろ』と言ってくれたのだった。
今までは、迎賓館としての機能も考えながら、保育園に改造していたのだが、トニーの言葉に、マリーとシン、状況の呑み込めないトレーシーを交えて、猿獣人の親方たちとともに保育園をパワーアップさせたのだった。
「ねえ、シン。どうせ改造するのだったら、ここに住めるようにできない?」
「え!? 家から出て行くつもりか?」
「ええ、あそこはトニー様の家でしょう」
「まあ、あそこはレトリー家で、親父は当主だからな。それが、何か問題なのか?」
シンはマリーの言葉の意図が分からずに、キョトンとした顔で答えた。
保育園の改造作業の途中のため、周りには大工たちがいる。マリーはシンの耳に口を寄せた。
「ほら、私たち、恋人になったじゃない。そうすると、二人っきりになりたいじゃない。そこだと、人が多くて……だから、ここに二人で住まない?」
「二人でここに住む……良いな」
「お二人きりで、生活ができるのですか? シン様もマリー様も生活力ゼロでしょう」
いつの間にかクロエが二人の後ろにいたんのだった。
「クロエ、いつの間に……」
「なんだか、お二人が楽しそうに内緒話をしたので、ちょっと耳を澄ませていました。それで、お二人で生活をするにしてもどうなさるのですか?」
「大丈夫よ。これでも私、一人暮らし長かったもの」
マリーは思わず真理の記憶を口にしてしまった。
すると、クロエは急に寂しそうな顔をした。マリーはその顔を見てハッとした。クロエの仕事はシンのお世話をすることだ。それを奪うということは、トレーシーの一件と同じことになってしまう。
「で、でも昼間は保育園の仕事で二人とも忙しいから、クロエに来てもらえると助かるかな。朝、ここに来てもらって、夕方、夕食の支度が終わったら帰るのはどう? そうすると、万が一の時、クロエにも保育園の手伝いをお願いできるじゃない」
「でも、それですと、私もここに住んだ方が良くないですか?」
「あ……でも、ほら……あ! 夜はクロエの自由な時間になるのだから、カイエンさんとデートでもすればいいんじゃない?」
「なぜ、ここでカイエン様の名前が出てくるのですか?」
「え!?」
海神祭のダブルデートでクロエがカイエンのことを好きだと、マリーは勘違いしたままだった。
そもそも、クロエはマリーとカイエンを引き離そうとしていただけで、カイエンに好意を抱いていると思われていると気が付いていなかった。
そのため、二人はお互い何を言っているのか分からずに、会話が止まってしまった。
その沈黙を壊したのは、渦中の人だった。
「お! それ良いな。クロエはいつ誘っても『仕事が忙しいので』って断るんだもんな。夜だけでも、テートしようぜ。夜の海なんてロマンティックだぞ」
「カイエン様、なぜこちらに?」
「なに、ちょっと、マリーに用事があってな。ちょうどいい、シンもいるな。トニー様がお呼びだ。クロエ、デートの約束を忘れるなよ」
「約束なんて……」
クロエが全部言い終わる前に、カイエンはマリーとシンを連れて外に出てしまった。
外には馬車ご用意されており、カイエンは二人を押し込んだ。
「強引だな、カイエン兄さん。何があったんだよ」
「悪い。急ぎの用事でな」
「……ルイス王子とアイリスの処遇の件ですか?」
「さすが、マリー。察しが良いな。二人の処遇を決めるためにマリーに話が聞きたいんだと」
「分かりました」
マリーが伯爵令嬢の時、ルイスからありもしない罪で断罪された。それが今、逆の立場になる。ただ、ルイスの罪は決して冤罪ではなく、誰もが目にした間違いのない罪だった。
街に対して砲弾を撃ち込み、海神様が現れなければ、街を壊滅させていたかもしれない。ただ、マリーを連れ戻すためだけに。しかも、それまマリー自身が望んだものではない。街を盾に取った脅迫である。
そんな二人の処遇を決めるために、マリーに何を聞きたいのだろうか? いや、何となく想像はついていた。
マリーとシンはカイエンに引率され向かった先は、マリーが保育園を造るときに訪れた警察署だった。
受付にはあの時の豹の獣人がいたが、カイエンの姿を確認すると最敬礼でマリーたちを迎え入れた。
そこは、地下の牢獄だった。薄暗い石畳の部屋に鉄格子がハメられていた。
廊下にテーブルと椅子が置かれ、トニーが座っている。
「よく来てくれた、マリー」
「この度は私のために、街を破壊してしまって申し訳ございませんでした」
トニーを見るなり、マリーは深々と頭を下げて謝った。
あの時から、マリーはずっと思っていた。
自分がルイスの言葉を受け入れていれば、そもそも、この大陸に着いたときにシンに助けられていなければ、今回のようなことは怒らなかったのではないだろうか。
原因は自分にもある。
そんなマリーに向かってトニーは言った。
「事情は聴いている。決して、あなたのせいではない。マリー、あなたはもう、この街の民だ。そして民を守るのは我々施政者の役割だ」
「ありがとうございます」
マリーは頭を下げたままお礼を言った。
そして、トニーは少しうれしそうな声でシンとカイエンに話しかけた。
「そういう意味では、シン、カイエン、良くマリーを守った。馬鹿息子にしては頑張ったな」
「まあ、好きな女のために頑張るのが男だろう。なあ、カイエン兄さん」
「ああ、そうだ」
シンの顔が、父親に褒められて少し照れ臭そうにしているのを見て、マリーも嬉しくなった。
しかし、話の本題はここではない。
マリーは真剣な面持ちでトニーに話しかけた。
「それで、私に話があるというのはルイス王子のことでしょうか?」