第45話 ルイス王子の要求
「お前に恩赦を出す。だから戻ってこい」
「恩赦って、何があったんですか?」
「何がって決まっているだろう。僕とアイリス伯爵令嬢との結婚だ!」
ルイスは、どや顔で言い放った。
マリーはルイスの言葉にショックを受けた。
ルイスが結婚することにではない。アイリスが伯爵令嬢と呼ばれたことだ。
アイリスは平民である。平民であった。
それなのになぜ、アイリスが貴族になっているのか。
その答えにマリーは心当たりがあった。あったが、それは当たっていて欲しくない。しかし、マリーはルイスに確認しないわけにはいかなかった。
「アイリスは、どの伯爵家の養子になったのでしょうか?」
「アーネット家だ。王家の嫁となる者が、平民のままではまずいだろう」
やはり、そうだ。アーネット家の跡取りはマリーしかいなかった。
マリーが咎人になった時点で、アーネット家の未来はなかった。最悪はマリーが流された時点で、お家取り潰しになっても仕方がなかった。
「そうなると、アイリスは私の妹となったのですね」
「何を馬鹿なことを言っているのですか? この咎人は」
そう言って、ゆるふわの艶やかなピンクの髪の少女が現れた。
それはマリーからルイスを奪い取った少女。
マリーは思わず声を上げた。
「アイリス・グルエフ!」
「今はアイリス・アーネットですわ。それに伯爵令嬢のわたしには敬称を付けるべきではありませんか? 元アーネット伯爵令嬢の罪人マリー」
「あなた!……いえ、そうね。私は今はもう、ただのマリーですものね。失礼しました、アイリス様」
そう言いながら、アーネット家はマリーを本格的に切り捨てたと確信してしまった。
これは、マリーは人の国に帰る家が無くなったことを意味する。
すでにマリーが罪に問われた時、アーネット家はマリーをかばうどころか、マリーを差し出すことによってアーネット家を守ろうとしたのだった。家を守るために、マリーを陥れた相手を養子にするくらいするだろう。
マリーは自分の両親に対して、ため息が出た。
「ふん、マドック王国の白薔薇と言われたあなたが、今は流刑者ですか……いい気味ですね。まあ自業自得ですよ」
「自業自得? 私が何をしたって言うの?」
「何もしないくせに、ただ生まれた家が良かっただけで王子の許嫁になっただけでなく、わたしにあれだけの嫌がらせをしたじゃないですか。挙句の果てに、ルイス王子殺害未遂をわたしに押し付けようとして失敗しましたよね。今度はここの獣人たちをたぶらかしているのですね」
アイリスはそう言って勝ち誇ったように笑った。
アイリスの言っている、マリーがやったという嫌がらせはアイリスの自作自演である。ルイス王子の殺害未遂は何のことかすら分からない。
しかし、それを証明する術をマリーは持っていない。
だからこそ、マリーはあの時黙って罪を受け入れた。真理の記憶で混乱していたとはいえ。
そして、すでにルイスに対して愛想をつかしていたというのもあった。
ここでマリーは、シンになぜこの地に流されてきたのかを言っていないことに気が付く。
マリーはずっと隣にいてくれているシンに説明しようと口を開こうとした時、シンは言った。
「マリーは、そんなことはしないだろう。あんたたちの勘違いじゃないか?」
「シン……」
「何なんですか? あなたは? そもそも獣人ごときが、王子の前で口を開くなど不遜ですよ。あなたの従者ならちゃんとしつけをしなさい、マリー」
「シンは従者なんかじゃありません」
「そうだぞ、俺はマリーの恋人だ」
シンは胸を張って、アイリスに言い放った。
それを聞いて、カイエンは驚いた。
「シン、お前、いつの間に! あれ、マリーは俺に惚れてたのでは?」
「カイエン様、その話はのちほど詳しくお話ししますが、私とシンは恋人同士です」
マリーはそう言ってシンの手をぎゅっと握る。
それを見ていたルイスとアイリスは顔を見合わせて笑い始めた。
「マリー、いくら僕に捨てられたからと言って、獣人はないだろう。なあ、アイリス」
「良いんではないですか、ルイス。今の彼女にぴったりのお相手ではないですか。ふふふ」
二人はマリーたちを馬鹿にしたように笑い始めた。
ルイスたちは、明らかに獣人たちを馬鹿にしている。人間たちにとって、獣人たちは未知の生き物である。ただ、人と獣の合いの子、非常に野蛮で危険な者たちとしか伝えられていない。それはこの地に流されてきた者が、再度人の地を踏むことはないからだ。
現にマリーもシンに会うまでそう思っていた。
しかし、今のマリーは違う。この街の獣人たちの方が、よっぽど人間らしい暖かさに包まれている。
ここでそのことを熱弁することは簡単である。
しかし、どうせすぐに帰ってしますルイスたちにそんなことを言っても信じないだろうから、話すだけ無駄である。そんなことよりも、恩赦で刑が軽くなったとして、王子自身がわざわざこんなところまで来るだろうか? 先ほどの話では、マリーを連れ戻しに来たようだった。今更、連れ戻して死刑を執行しようという考えでもないだろう。
「それで、殿下。恩赦の意味は分かりましたが、それでなぜ、私を連れ戻そうとするのですか?」
「お前が、僕の仕事を手伝うことを条件に、国に戻してやろうと言っているんだ。なんて僕の心は広いのだろうか。なあ、アイリス」
「本当に、ルイスはなんてお優しいんでしょう」
マリーはふたりの三文芝居を見てうんざりしていた。
ルイスの仕事を手伝う。おそらく、それは断罪されるまでルイスの代わりにマリーが行っていた仕事をしろということだろう。
マリーがいなくなれば、当然その仕事をルイスが行う。元々、ルイスの仕事であるのだから。
しかし、ルイスにはその仕事を行う能力がなかったのだろう。
「しかし、補佐の方がいらっしゃったでしょう。あの方々がいれば私など不要でしょうに」
「クビにした」
「へ!? クビにしたって、どういうことですか?」
「どいつもこいつも『マリー様の時は』『マリー様であれば』って、口を開けばお前の名前を出すから、クビにした」
「当然ですわよね。咎人と高貴な王子を比べるような無礼な無能は、王子の側近にふさわしくないですわ。ルイスは間違っていません」
ルイスの言葉に、アイリスが即座に賛同する。
マリーは、頭を抱えそうになった。いくらマリーが優秀とはいえ、一人で仕事などできない。その道のプロと相談しながら、最終決定と責任を担うのが、上の者の仕事である。
さては、彼らからの説明がさっぱり分からず、癇癪を起して、クビにしたが、にっちもさっちもいかず、国王に怒られたのだろう。
面倒ごとは全てマリーに丸投げして、ルイスとアイリスは楽で美味しい所だけを持っていこうと考えているのが、はっきりわかった。
あきれ果てたマリーが口を開こうとした時、シンが言った。
「お前、馬鹿だろう。仕事は一人で、できるわけないだろう。みんなで力を合わせないと、いい仕事なんてできないだろう」
「ふん、お前ごときに何がわかるというのだ。僕のように優秀な人間であれば一人でなんでもできるんだよ」
「だったら、マリーはいらないだろう。マリーはもう、この街にいなくてはならない存在なんだよ。当然、俺にとってもな」
「……ありがとう。シン。殿下、シンが言った通り、私はもうこの街で生きていくことに決めました。ですから、殿下のお願いは聞けません」
シンの言葉に後押しされて、マリーはルイスに頭を下げてきっぱりと断った。
それはもう、人の国には戻らないという、マリー自身の決意表明でもあった。
そんなマリーを見て、ルイスはため息を一つついた。
「これだから、頭の悪い女は嫌いなんだよ。なあ、アイリス」
「そうですわね、ルイス。誰があなたにお願いをしているんですか? これは王子からの命令ですよ、マリー」
そう言うとルイスの後ろに控えていた騎士たちが、マリーを捕まえるために動き始めた。




