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第43話 海神祭の終わり

 シンと海神様の言い争いを無視して、マリーは考えていた。

 初め、マリーに間違えてローラが海神様に捕まった。それは目に見えない海神様が、歌声を頼りに手を伸ばしたからだ。そして、ローラを助けるために声を出した自分が捕まった。それは多くの歌声の中から、マリーの声を海神様が聞き分けていたからだろう。

 海神様が言うように、マリーとマリア様の姿は違う。それなのになぜ、海神様は、マリーをマリア様と間違えたのだろう。

 その疑問に、マリアが小さな声で答えた。


「私がね、ワタさんの心をつかんだのは、私のすべてを、それこそ身も心も捧げるほどの愛を歌に乗せたからよ。あなたの歌声は誰に向けて歌ったのかしらね。人生の、女の先輩として言ってあげる。あのワタさんを勘違いさせるほどの熱い恋を簡単に手放しちゃだめよ」


 そう言ってマリア様はウインクして見せた。


「は、はい」

「そう、いい返事ね。さて、そこのお馬鹿な男性陣、そろそろやめなさい。ワタさんも、あまり長くここにいるとみんなに迷惑だから、お家に帰るわよ」

『そうだな、マリーがいない家は寂しかったんだ。一緒に帰ろう』


 そう言って、二人を陸に下した海神様とマリア様は海と戻ろうとした。

 その背に、マリーが呼び掛けた。


「海神様、マリア様、今度はゆっくり遊びに来てください。今度は津波なしで」

「ええ、今度ゆっくりお話ししましょう」

『その時は、我も一緒だぞ……しかし、迷惑をかけたな。何かあればお前たちに力を貸そう。これを握り、強く念じれば我に通ずる。大事にしろ』


 そう言って、海神様はマリーの手にすっぽりハマるくらいの珠を渡すと、海に消えて行ったのだった。

 マリーはシンと手をつないだまま、海神様たちを見送る。

 その姿が見えなくなった時、シンはマリーに言った。


「なあ、マリー。海の中で俺に言ってくれたことなんだが……」


 マリーはそう言われて、シンに自分の気持ちをぶちまけていたことを思い出した。

 シンに気持ちを伝える気はなかった。しかし、死を目の前にして、思わず声に出してしまった。

 マリーは思わず顔を手で隠して言った。


「あ、あのね……アレは忘れて!」

「分かった。忘れる」

「え!? 良いの?」

「ああ、マリーがそう言うのなら、忘れる」


 シンはマリーの目を見て、はっきりと言った。

 マリー自身が忘れて欲しいとお願いしたが、シンが忘れると言ったのは、マリーの気持ちに応えられないということだろう。とはいえ、家も保育園も一緒にいるのだから、はっきりと断ってしまうと気まずくなってしまう。だから、忘れた方がお互いのためと思ったのだろう。

 マリーは、悲しいという感情が腹の底からゆっくりと上がってくるのを感じた。

(がまんしなきゃ、泣くな。泣いちゃだめだ)

 マリーは、自分の意志に反してあふれようとする涙を歯を食いしばって我慢する。

 そんなマリーの手をシンは取って言った。


「マリー、愛してる。俺と恋人になって欲しい」

「え!? 忘れるって言ったじゃない」

「俺だって、男だ。大事な時にはかっこつけさせてくれよ。女性に告白させるなんて情けないじゃないか。だから、俺から告白するんだよ。それで、返事は?」


 マリーは片膝を付いて、自分を見上げているシンに抱きついた。


「もちろん、OKよ。愛してるわ、シン」


 マリーの目には大粒の涙があふれた。先ほど我慢した悲しい涙ではなく、嬉し涙が。

 こうして、マリーとシンがお互いの気持ちを確かめ合って、恋人になったころ、遠い海の向こうで不穏な船が浮かんでいた。


~*~*~


「ちょっと、ちょっと、ちょっと、なにがどうなってこうなったのよ!!!」


 特別な海神祭が終わり数日が過ぎたころ、ローラが家にやって来た。

 三大歌姫として海神祭を盛り上げたローラは、海神祭後も色々なところに引っ張りだこだった。それは、歌姫としてもそうだが、海神様に捕まれた一人としてもあちらこちらから取材を受けた。

 同じように海神様に接触したマリーは一般人として、シンと一緒にレトリー家から守られて、表ざたにはならなかった。そのため、ローラに民衆の関心が集中してしまった。そのせいで、ローラがシンの家を訪れるのが遅くなったのだった。

 海神祭後、クロエたちには二人が恋人同士になったのを話した。というよりも、海神様を見送った後のやり取りをクロエは遠くから見ていたのだった。レトリー家では一日お祝いムードだったが、二日目からは落ち着きを見せ始め、すでに二人が恋人であることは自然に受け入れられていた。

 つまり、ローラがやって来たころには、今更、何を言っているのだろうという空気に包まれていたのだった。

 そんなローラを落ち着かせるように、クロエは香り立つハーブティーを差し出しだした。


「ローラ様、落ち着いてください。好きになった者同士が恋人になるのはごく自然なことではないでしょうか?」


 そう言いながら、クロエは二人が付き合い始めた時に、自分の勘違いに気が付き、冷や汗が止まらなかったことを思い出していた。

(海神様がいなければ、危うく私の手で二人の仲を引き裂いているところでした。海神様に感謝です)

 しかし、そんなことはおくびにも出さずに、まるで『初めからこうなることをわかっていましたよ』と言わんばかりの顔で、クロエはメイドとしての仕事を続けた。

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