第37話 マリーの相談
「マリー様、いかがしましたか?」
それは普通の街の女性と同じような服を着ているクロエだった。
マリーはメイド服姿のクロエを見慣れすぎて、初め誰だか分からなった。
「あ、クロエ……なの?」
「はい、あなたの味方クロエです」
「あの、自分で味方って言うのは大体裏切者ってイメージなんだけど」
「何を言っているのですか? この澄んだ目を見ても同じことを言えますか?」
「目には『好奇心』って書いてるんだけど」
クロエはマリーの言葉に瞼をぱちぱちさせて、瞳から発せられる好奇心オーラを隠そうとする。
そして一つ咳払いをすると、クロエは改めて、マリーに尋ねた。
「それで、いかがなされましたか?」
「あ……」
クロエとのやり取りで思わず、忘れていたが、マリーは自分の恋心に気が付いてしまった。そのため、シンはどのように接して良いか分からずに逃げ出したのだった。
この街に友達と呼べる人間のいないマリーは、そんな自分の気持ちを相談できる相手がいない。そうかと言って、自分一人でどうにかできる自身もなかった。
「あのね、クロエ。私、恋したかも」
「マリー様が恋を……」
クロエはその一言で、全てを理解してしまった。
毎年、このお祭りになると恋をする人が続出する。クロエは何人もの人から、「恋した」と相談を受ける。
海神祭の主催者、海の民の代表カイエン・サカマタ。海の名門サカマタ家の若き当主。男らしいさわやかな見た目。シンの姉レベッカと同じ年ながら独身。それゆえ、誰もが憧れる。男女問わず。
そして、その魅力は海神祭において、あたりかまわず振りまかれ、多くの女性が恋に落ちる。
ゆえに、今日、恋をしたと告白したマリーの恋の相手がカイエンだと、クロエが勘違いしても仕方がない。
そもそも、マリー自体、シンに対してそういう気持ちで接していなかった。だから、マリーがシンに恋心をいだいたとはクロエは全く考えが及ばなかった。
そしてクロエはシンのマリーに対する気持ちを知っている。
シンの恋を応援するのか、マリーの恋を応援するのかと言われれば、クロエは断然シンの恋を応援する。
「マリー様、恋は人生を豊かにする大切なものです。ゆえに、恥ずかしがることも後ろめたい気持ちになる必要もありません」
「恥ずかしがることはない」
「ええ、恋心を抱くことは何も問題ありません。しかし、恋愛とは一人でするものではありません。相手の気持ちも大事です」
「そ、そうよね。相手の気持ちは大事よね」
「ええ、それに相手の気持ちだけでなく、周りの環境も大事です。相手の立場という物もございます」
「立場……」
あまりにもシンがフレンドリーに接してくれているから忘れていたが、シンはこの街の領主レトリー家の一人息子である。そのうち、現当主のトニーの後を継いで、領主になるだろう。対してマリーは元伯爵令嬢とはいえ、人の国の爵位であり、この獣人の国では何の意味もなさない。それどころか、人の国から罪人として追放された『捨て人』だ。
シンにはそのうち、その立場にふさわしい婚約者が現れるだろう。それはローラなのかもしれない。今は、ただの保育士であるマリーよりは、三大歌姫のローラの方がふさわしいだろう。
マリーはクロエに言われて、自分の立場を思い出し、落ち着きを取り戻した。
「そうね。ありがとう、クロエ」
「そうです。マリー様も恋をするのであれば、周りから祝福された方がよろしいでしょう?」
「そうね……」
マリーの言葉に、クロエは胸の痛みを感じた。
シンのためにも、マリーにはカイエンへの恋心をあきらめてもらわなければならない。そのため、クロエは心を鬼にすることにした。
そんなクロエの気持ちを吹き飛ばすような声がかけられる。
「クロエ、祭りを楽しんでいるか?」
「カイエン様!」
クロエはその声の主にすぐに気がついた。唯一無二の存在感。海の王にして、全ての者が憧れる存在。
カイエンから声をかけられれば、誰であれ喜びの声を上げるだろう。
しかし、タイミングが悪かった。
たった今、クロエはマリーにカイエンのことをあきらめるように言ったところだった。おそらく、マリーは納得してくれただろう。
しかし、その憧れの存在が、目の前に現れればその気持ちも揺らぐかもしれない。
クロエは焦った。
マリーとカイエンを引き離さねばならない。シンのために。
「カイエン様、ご無沙汰しております。本日は良いお祭り日和ですね。しかし、祭りの主催者がこんなところにいらっしゃるのはどうかと思いますよ。さあ、あちらへ」
そう言ってクロエはカイエンを別の場所に誘導しようとした時、クロエにとって想定外の人がやって来た。
「お、こんなところにいたのかマリー」
シンが両手にレモネードスカッシュを持ってやってきた。マリーを見つけて、ぶんぶんと尻尾を振って嬉しそうに。
そんなシンを見つけたカイエンは、シンに抱きついた。
「おお、シン坊。大きくなったな」
「カイエン兄さん、なんでこんなところに」
「折角の祭りだ。ライブで感じないともったいないだろう」
「カイエン様、主催者が勝手に出歩いていれば皆さんが困ってしまいますよ」
「大丈夫だよ、クロエ。俺一人くらいいなくても、レベッカが何とかするだろう」
こうして、シン、マリー、クロエにカイエンの四人がそろってしまった。




