第36話 シンとマリーのお祭りデート
「ちょっと可哀想ね」
せっかくのお祭りだというのに、パーサに連れていかれたローラを見送ったマリーはつぶやいた。
同情しているマリーに、ローラを見送ったシンは、気にする様子もなく答える。
「まあ、仕方ない。運営側に回るとそんなものだよ」
レトリー家の一員として育ってきたシンは、今回のような催し事の運営を見て育った。家族でゆっくりとお祭りを回ったことなどなかった。両親とも運営で忙しく、レベッカが大きくなると両親と一緒に運営に携わっていた。そのため、シンも積極的に携わっていないまでも、そちら側ばかり見て育ってきた。
シンは大きくなり、逆に運営から遠ざかった。そして運営側も知っているからこそシンは、お祭りを心から楽しむ。
マリーの手を取ったシンは、笑顔を言った。
「よし、屋台を回るか」
船がゆっくりと岸に向かおうとすると、さっそく頭に籠を乗せた人が近づいてきた。そこには新鮮な海鮮を上げた物が入っている。
丸ごと一匹だったり、切り身の他、蟹やエビ、貝などその種類は様々だった。
シンは串に刺さった大きめのエビを二本を買うと、マリーに差し出した。
「さあ、今日は時間が足りないぞ。ほら、冷めないうちに」
「ありがとう。あ、頭まで食べれるのね。おいしいわ」
船に揺られながら、二人で雑談していると、魚人を背に乗せたイルカが近寄ってきた。
マリーとシンは別々のイルカに乗り、水上デートを楽しむ。
真理の頃でさえ、物語の出来事にマリーは初め恐る恐るだったが、慣れてくると思いのほか快適だった。
馬よりも上下に動くが、そのタイミングさえつかめば、楽しくなってきた。
その後、陸に戻り、そこでも屋台や大道芸、ゲーム、ダンスを楽しんだ。
その間、あちらこちらで園児や保護者と出会い、挨拶をする。
真理のころは、保育士とプライベートを分けるため、休みの日はなるべく保育園の近くに行かないようにしていた。
しかし、今は気軽に街で声をかけられることが嬉しかった。初めは誰も知り合いのいない獣人の街。ここに来るまでは、人の住めない野獣の大地と聞いていた。何日生きていられるのか心配していたのが、今では懐かしい。
また、マリーとしてはルイス王子の良き伴侶となるべく研鑽し、自分を殺して王子を陰ながら支えていた自分が嘘のようだった。いくら頑張っても、それが当たり前。もしくは王子の手柄となる。
しかし今は自分がしたいことを成し遂げ、街のみんなに感謝され、そして愛しい人と一緒にいることがこんなに楽しいことだと生まれて初めて知った。
「えっ! ちょっと待って!」
「どうした?」
ダンスの途中で急に大きな声を出して止まったマリーを、シンが気遣った。
しかしマリーはそれに気づくことなく、自分の考えを反芻する。
私は今、何を考えていた?
マリーはその人懐っこい笑顔を自分だけに向ける男性を見て思った。
私、シンのことを愛しい人って……
決して、嫌いではない。少し抜けていたりするけれど、優しいシンのことは好きだ。
それは、行き場のない私を何の見返りも求めずに助けてくれた。そして、一緒に保育園を手伝ってくれたパートナーとしてだ……と思っていた。
私はシンのことが好き?
マリーはシンの顔を見ていると、なんだか顔が熱くなり、恥ずかしい気持ちになった。
今までそうしているのが普通であった、腰に手をまわされて、身体を密着していることも、なんだか恥ずかしくなってきた。
私、お化粧、おかしくない? 髪は? 服は……クロエが用意してくれたから大丈夫。
でも、なんだか自信がなくなった。
「ちょっと、ごめん」
そう言って、マリーはシンから体を離そうとする。
シンはそんなマリーの態度に不思議そうな顔をした。
「どうした、どこか痛めたのか? 足か?」
「いえ、そうじゃないのよ、そうじゃ……あ、ああ、そうそう、ちょっと私、お化粧を直しに行ってくる。あ、ねえ、シン。私、あそこの飲み物が欲しいわ」
そう言って、マリーが指をさしたのは、街で評判のレモネードスカッシュ屋だった。
そこはレモンの酸味と苦み、そしてはちみつの甘みが絶妙なバランスで、連日行列ができる店だった。
当然、このお祭りではいつも以上の行列ができている。
「え!? あれに並ぶのか?」
「お願いね、シン」
そう言って、マリーはそそくさとお手洗いへと行ってしまった。
松原真理として、恋人ができたことがなかった。高校時代は短大への推薦、奨学金を取るために勉強漬けで恋などする暇がなかった。そして短大時代はアルバイトと勉強。社会人になってからは、一人前の保育士になるのに精いっぱいだった。恋人どころか、好きな人すらいなかった。
マリーとしては、物心ついたころからルイス王子に嫁ぐと言い聞かされていた。それはマリーの意志ではなく、アーネット家の意志だった。
そんなマリーに芽生えた、遅すぎる初恋に戸惑った。
お手洗いの鏡に映る自分の顔は驚くほど赤くなっていた。
「え、こんなに真っ赤になっていたの? シン、変に思わなかったかしら? 気が付いたわよね」
顔色よりも、その行動が変だったため、シンは全く気が付いていなかったのだが、そんなことはマリーは知る由もなかった。
どんな顔をして戻ろうかと、マリーは困っていた。すると、マリーの名を呼ぶ声が聞こえた。




