第34話 海神祭前夜
明日も休みである。
しかし、先ほど目が覚めるまで今日が休みだと言うことも忘れていた。だから、明日の予定など全くなかった。
「いいけど、どこに行くの?」
「お祭りに行こう。明日は海神祭なんだ。屋台もいっぱい出て、楽しいぞ」
お祭り。
マリーとしてのお祭りは、建物のなかでの出来事だった。
貴族同士の舞踏会の延長。
楽しそうな街の声は聞こえて来ていた。
うらやましいと思ったことは何度もあった。
マリーは返事をしようと口を開きかけた時、ドアが乱暴に開けられた。
「マリー、大丈夫なの!」
歌姫ローラが、部屋に飛び込んできた。
「ローラどうしたの」
「どうしたも、こうしたも無いわよ。目の前で倒れたら心配にするに決まってるじゃない。それで、大丈夫なの?」
ローラは心底心配そうな顔で、マリーに迫った。
その顔を見て、本気で心配してくれていることがマリーには伝わった。あれだけ、嫌っていたはずなのに。
「大丈夫よ。ちょっと疲れが出ただけよ」
「よかった~」
「心配してる割には、来るのが遅かったな。マリーは俺がちゃんと看病しておいたぞ」
シンはどや顔で、ローラに言った。
そんな、シンに対して、ローラは申し訳なさそうに言った。
「明日の打ち合わせが長引いちゃって」
「明日の打ち合わせって、もしかして海神祭りのか?」
「ええ、私、明日のお祭りで歌うのよ。その打ち合わせがあったのよ。当然、見に来てくれるわよね、シン」
そう言ってシンの腕にしがみついた。
いつものことのようにシンは、ローラの頭をなでる。
「ああ、行くぞ。マリーと二人で」
「マリーと?」
「シンは私とお祭りに行くのよ。はいはい、離れて」
マリーはそう言いながら、シンとローラを引き離した。シンとローラがむやみにスキンシップを取っているのを見て、マリーはそれを不快に感じていた。
そしてなぜ不快なのか考える前に、マリーはトニーが帰ってきたのはこの祭りのためではないかと思い至った。
「ねえ、もしかして昨日、トニー様が帰ってきたのって、海神祭のため?」
「ああ、そうかもな?」
「そうかもな?って、シンは何も聞いてないの?」
「シンはそういうのに、関わらないわよ。今日の打ち合わせだって、レベッカ姉さんとだったもの」
レトリー家はこの街の領主である。当然、祭りのように街での催し物にはかかわりをもつ。
しかし、そのレトリー家にお世話になっているマリーは、お祭り前日の今日までお祭りのことを知らなかった。
レトリー家におけるシンの立場はそう言うことである。
だが、昨日のことで、トニーのシンに対する見方が少しでも改善されればと、マリーは願うばかりだった。
「ところで、海神祭ってどんなお祭りなの?」
「そうか、マリーは初めてか。海神祭は、海の神様をたたえる祭りだ」
「いや、そのくらいはわかるけど、具体的にはどんなことをするの?」
「はい、はい、シンは黙ってて」
あいかわらずのポンコツ説明をするシンに対して、ローラが説明を始める。
「海神祭は元々、海の民のお祭りだったのよ。海の民が海の神をたたえるのは、ごく自然なことでしょう。その海の民が、あたしたち空の民と同様、シンたち陸の民と一緒に暮らすようになって、街の祭りの一つになったのよ」
「ちょっと待って、ローラが空の民って言うのはわかるけど、海の民って?」
「え? あんた、会ったことがないの? 道理で、あの保育園ってとこに海の子がいなかったのね。まあ、同じ街とはいえ、ちょっと離れてるから。まあ、明日祭りに行けば、嫌と言うほど見るからいいでしょう。それで、何をするって、海神様に一年の海の平穏を祈って歌をささげるのよ」
「歌をささげる? それにローラが選ばれたの? すごいじゃない」
「まあね、これでもあたしは空の民代表なのよ。えっへん」
そう言って、ローラは胸を張った。
空の民代表と言うことは、海と陸の民の代表もいるのだろうか。それでも、十分すごいことだろう。
マリーが感心していると、ローラは説明を続けた。
「屋台の他に三種の民の交流のための出し物とかが、あるわね。その中でも一番の目玉は海龍族の噴水ショーかしら」
「噴水ショーってどんなもの?」
「それはね……」
「ちょっと待った」
シンはそう言って、説明をしようとするローラの口を塞いだ。
「何するのよ、シン」
「祭りは明日だぜ。全部、説明したら楽しみが減っちゃうだろう。そこは明日見てのお楽しみで良いんじゃないか?」
「そうね。さすが、シン。遊ぶことに関しては頭が回るわね」
「そうだろう」
得意げに話すシンとそれをもてはやすローラを見て、それは褒めているのだろうかとマリーは首を傾げた。
しかし、それはそうとして、明日のお祭りが楽しみになってきたマリーだった。




