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第31話 真理と言う人間

「真理先生、()めていただけませんか?」

「何を?」


 真理は園児の帰った保育園で日報を書いていた。通常であれば、保育園での仕事の合間を見て、日報を書くのだが、今日は他のクラスでトラブルがあり、そちらの応援に行っていたため、この時間になってしまったのだった。

 早く日報を書き終えて、帰りたかった。

 一人暮らしの真理は帰って、洗濯や晩御飯、明日の準備など、帰ってからも暇はなかった。

 そんな真理に話しかけてきたのは、同じクラスを受け持っている年下の正社員だった。

 短大を出てからフルパートとして働いている真理に対して、彼女は四年制大学を卒業後、正社員として入ってきた。

 キャリアとしては真理の方が長い。しかし、正社員とパートでは、どうしても正社員の方が立場が上である。

 正直、彼女と組まされた時、厄介ごとを押し付けられたと真理は思った。

 しかし、真理はパートから正社員に登用してもらおうと考えている。それもあって、他の先生の仕事も率先して手伝っていた。

 そのおかげで、他の先生から『真理先生は二人分働いてるわよね』と言われるようになった。

 そんな真理に正社員の彼女は、睨んでいた。


「何をって、自分の仕事もして、その上他の先生の仕事を何時も手伝っていることです」

「なんで? 手伝えることは手伝った方がみんな仕事が片付いて助かるでしょう」

「そうじゃないんです。真理先生が普通だと思われると、私が仕事できないみたいじゃないですか!」


 真理は『仕事ができないみたいではなく、仕事ができないんですよ』と言いかけて、ぐっと抑えた。

 四大出身だからなのか、正社員という自負のがあるのか、彼女自身の性格なのか、プライドばかりが高く、屁理屈と言い訳ばかりが多く、全く実務が追い付いていなかった。

 口語で書く書類、保護者にタメ口、園児の様子をちゃんと見ておらず、怪我をしそうになっていたりする。

 そのため、真理の負担は彼女が休んでいるときの方が楽なくらいだった。

 それでも、彼女が経験を積めば楽になると信じて仕事してきた。

 そんな真理に対して仕事をするなと言ってきたのだ。

 真理は言葉を失った。


「……」

「あなたは、ただのパートだから分からないでしょうけど、仕事はみんな横並びでやるものなのよ。あなたみたいに変に目立とうとする人が出ると、和が乱れるのよ。わかったら自重しなさい」


 他に先生がいたならば、真理の味方になり、彼女を止めてくれたかもしれない。

 しかし、不幸なことに見えるところに他の先生はいなかった。当然、彼女はそういうタイミングを見計らって、声をかけてきたのだろう。

 これは、何を言っても聞く気がないだろうと真理はあきらめた。


「分かりました。じゃあ、他の先生からヘルプが来たときは、あなたの指示で断ると言っていいんですね」

「何を馬鹿なことを言ってるのよ。全く、これだから短大出は……そういう時は、私に言いなさい。ワタシがヘルプに行きますから」


 そう言って彼女は胸を張った。

 要は彼女は真理ばかり頼られている状況が気に食わないのだった。自分は頼られないのに。

 それもそうだろう、自分の仕事もまともにできない人間に、誰が助けを求めるのだろうか?

 真理は気力メーターが、急に減っていくのがわかった。


「分かりました。それでは今日はもう帰ります」


 真理は、さっさと片づけをすると家路についた。

 ゆっくりとお風呂に入った後、お弁当をつまみながら、一緒に買った酎ハイ開けて、犬の動画を見る。

 子犬の動画を見て癒される。

 大人同士のいざこざを、園児たちに悟らせてはいけない。そのためにも、真理は自分の心のリセットに集中する。

 一人暮らしの真理には、愚痴を聞いてくれる人がいない。

 両親はパートで働くくらいなら、実家に帰って来てお見合いをしろと言う。真理の夢である保育士をあきらめて。

 だから、両親に仕事の愚痴を言うこともできない。

 短大時代も、真理はアルバイトで自分の授業料を払っていた。そのため、恋人を作る暇もなかった。


 そんな真理にも夢がある。

 正社員の保育士となり、ペット可のアパートに住み、犬を飼うのだ。

 小型犬ではなく、自分を甘やかしてくれるような大型犬。

 ゴールデン・レトリバーなんていいだろう。大きくて優しい犬種。

 夜はベッドで一緒に寝て、もふもふに包まれたい。 

 そう、こんな風に暖かく、優しく、力強く。


 マリーはゆっくりと目を開けると、そこにはシンの寝顔が、今にも唇が触れそうなほど近くにあった。

 腕の中にはシンの尻尾があった。


「し、シン!?」


 マリーは思わず、驚きの声を上げそうになって自分の口を手でふさいだ。

 眠っているシンを起こしてはいけないと、瞬間的な行動だった。そして、周りを見回し、自分がどこにいるのかを確認した。

 自分の部屋だった。真理のではなく、マリーの、それもレトリー家で使わせてもらっているマリーの部屋だった。


「目が覚めましたか、マリー様」

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