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第29話 マリーとトニーの主張

 マリーが保育室のドアの前に着いたとき、中で園児の声が聞こえてきた。

 すでに目が覚めた園児がいるのだろう。


「それではトニー様。私たちは仕事に戻りますので、ごゆっくり見学してください」

「ああ、分かった」

「さあ、行くわよ。シン」


 マリーはそう言うと、ドアを開けた。

 そこには半分以上の園児が、お昼寝用のマットの上で遊び始めていた。


「はーい、みなさん、おはようございます」


 そこには、忙しそうにマットを片付けているトレーシーと、なぜかローラがいた。


「ごめんなさい、トレーシー先生。でもなんでローラが、まだいるの?」

「マリー先生たちの話が終わるのを待っていたのですが、そのうち園児たちが起きてくると、手伝ってくれたんです」

「そうなの。あとでお礼を言わなきゃね。さあ、トイレの子を連れて行って、おやつタイムにしましょう」


 シンは園児たちの様子を見ながら、マットを片付け始める。

 そして子供たちは、猿の親方の作った子供でも持てる、軽くて丈夫な机と椅子を準備し始める。

 その様子を見たトニーが、マリーに尋ねた。

 

「あれは何をやっているんだ」

「これから、おやつタイムですので、自分の机と椅子を準備しているんですよ。子供たちができることは自分たちで行うんですよ」

「あっ! じぃじ」


 それはすっかり保育園になじんだモレナだった。

 すでに机の準備を済ませ、ちょこんと椅子に座っている。そしてトニーを見つけて、元気に手を振っていた。

 トニーの知っている人見知りで大人しいモレナとは少し違って、ほかの子供とも、明るく接している。

 しかし、トニーはそんなモレナを見て、マリーに怒った。


「おい、女。なんで、モレナが机なんかを運んでいるんだ! 使用人はどこだ?」

「トニー様、ここには使用人はいません」

「なぜだ。では、モレナの世話は誰がするんだ?」

「お世話と言う意味では、私たち保育士です。しかし、保育士は使用人ではなく、先生です。子供たちは、自分で出来ることは自分でします」

「平民の子供はそれでいいだろうが、モレナは違う。なんで、こんなところにワシの可愛い孫娘がいるんだ!」


 マリー自身も記憶にある。

 貴族は平民を使い、身の周りの世話をさせ、自分は何もしない。使用人の雇用を守ると言う意味ではそれもいいかもしれない。

 しかし、子供教育のことを考えれば、自分のことは自分でできるようになることは、重要なことだ。

 それは、子供から大人になるために通らなければならない道。そして、子供の可能性を広げる道でもある。

 人を使うにしても、その内容や苦労を知っているのと知らないのでは、大きく違ってくる。

 たとえ、今日、この場で、この保育園自体を追い出されたとしても、マリーは自分の保育方針を曲げる気はなかった。


「保育園は、子供たちが楽しく安全に遊べる場であると同時に、子供たちの成長を促す場です。自分では何もできず、人見知りだったモレナちゃんも、今は友達ができ、その友達に教え、教えられながら、自分でいろいろなことを考え、成長しているのです」

「何が、成長だ! モレナは何の苦労も、雑事も知らなくていい」

「祖父として、お孫様に苦労をさせたくないという思いはわかりますが、それが本人にとっていいかは別問題です。私の目指す保育園は、笑顔のまま、色々なことを学び、自ら考え、行動できる子供たちになってもらう場所なんです」


 マリーは一歩も引かず、トニーと正面切って持論をぶちまけた。

 それは、何かただ事ではないことに園児たちも気づき始め、不安のため、泣き出す子もではじめた。

 マリーは失敗したと思った。

 トニーに逆らたことに対してではない。大人の事情で子供たちを不安にさせてしまったことにだった。

 そこに、不安そうな表情を浮かべたモレナがやってきた。


「じぃじとマリー先生はケンカしてるの?」

「いえ、そうじゃないの、そうじゃないのよ。モレナちゃん」

「ああ、違うぞ、モレナ。これは喧嘩なんかじゃないぞ」


 モレナの言葉に焦る二人。

 そんな、二人を見たモレナは、マリーとトニーの手を取って言った。


「あのね、ウルちゃんが教えてくれたの。ケンカしたら、お手てぎゅっとして、ごめんねって言うんだよ」


 モレナの言葉にトニーはハッとした。

 いつの間に、愛しの孫娘はこんなことを覚えたのだろうか? そして、闇雲に嫌なことから遠ざけてしまっては、嫌なことに対する対処方法を学ぶ機会もなくなる。そして、それを教えてくれる友人を、この保育園で見つけたのだろう。

 トニーはおぼろげながら、マリーの言う保育園と言うものがわかった気がする。


「そうだな、モレナ。じぃじに教えてくれてありがとう」


 優しいじぃじの目になったトニーは、マリーの手を取った。


「すまなかった。マリー先生」

「いえ、こちらこそ、感情的になってしまって、申し訳ございませんでした」


 そう言って手を取ったトニーの手は、シンと同じように大きく、そして暖かった。

 そして、マリーは気が付いた。

 トニーに初めて、名前を呼ばれたことに。

 認められたのだろうか? それはわからないが、トニーとの関係は確かに一歩前進した気がする。

 そんなトニーはモレナに問いかけた。


「モレナ、保育園は楽しいか?」

「うん、モレナ、保育園、大好き」

「そうか……マリー先生。これからも、ずっとここで保育園を続けてくれ」


 そう言って、トニーはマリーに頭を下げた。

 マリーは、感激のあまり一瞬言葉を失ったが、慌てて深々と頭を下げた。


「はい! よろしくお願いします」

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