第28話 シンと父親の関係
マリーはトニーの言葉に静かな怒りを覚えた。
同じことをしても姉であるレベッカは良くて、シンはダメだと言う。たとえ、シンがこれまで何をしていたかマリーには分からない。しかし、保育園で一緒に働いている姿を見る限り、そんなに言われる筋合いはない。
それがたとえ、シンの実の父親であっても。
マリーは、自然と大きくなった声でトニーに訴えた。
「トニー様、シンをもっと信用してください! 私は出会って数ヶ月ですが、シンを信用してます。確かに軽薄でいい加減な部分はありますが、無責任に投げ出すようには思えません! 保育士の勉強だって真面目にしてるどころか、自ら進んでやっています」
「シンが真面目に勉強しているだと?」
「ええ、憶測で文句を言う前に、実際にシンの働きぶりを見てください。あなたの息子の実際の姿を見てください。誰かと比べるのではなく、あなたの中の凝り固まった子供象に振り回されるのではなく、目の前のありのままのシンを見てやってください」
「ありのままだと、ふん! お前こそ、シンの何を知っていると言うんだ!」
トニーはテーブルを叩いて怒鳴った。
先ほどまでトニーの怒鳴り声に怯えていたマリーはすでにいない。シンのことにヒートアップしたマリーは対抗するようにテーブルを叩いた。
「あなたこそ、今まで何を見ていたのですか! シンは誰とでも仲良くなれて、困っている人を放っておけない優しい人なんです」
「優しさなど、上に立つ者には必要ない! 人を導ける正しさ、不正を罰せる厳しさが必要だ」
「不正を正す厳しさも必要でしょうが、間違いを犯してしまったものを許す優しさも必要です。特に子供は失敗や間違いを経験して大人になっていくものです。切り捨てるのではなく、寄り添い、子供が自ら立ち上がる手伝うのが、私たち保育士の仕事なんです。シンにはその才能が有ります」
「そんなものは、ただの理想だ! 人は罰によってのみ律せられるのだ。人に甘いシンには何もなすことができない!」
「このっ! 分からず屋の頑固おやじ!」
トニーとの話があまりに平行線のため、マリーは感情的に怒鳴ってしまった。トニーの中のシンが、あまりにも凝り固まりすぎて、マリーは苛ついてしまった。
そんなマリーの怒りを受け流したトニーは、ひとつ鼻を鳴らす。
「ふん、分からず屋はどっちだ。さあ、分かったら、さっさとここを出て行く準備をしろ」
「……」
そう言って、立ち上がったトニーにマリーはかける言葉がなかった。
マリーはトニーにシンのことを、保育園のことを理解して、認めて欲しい。
しかし、たとえ声をかけてシンのことを説明したとしても、トニーの心には届かないだろう。
だから、次の言葉が出なかった。
そんなマリーの手に暖かい手が重なる。
マリーはその手の持ち主であるシンを見た。
「任せろ」
「シン……」
シンはマリーを力づけるように笑いかけたあと、真剣な顔でトニーを呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ、親父」
それは父親に対し反抗心を心に秘めた息子ではなく、シン本来の一人の大人の男としての声だった。
トニーもその声に真剣な顔で、シンに向かい直した。
「まず、親父に黙って、ここを改築したことは謝る」
「ほう、珍しいな。お前が素直に謝るとは」
「ああ、好きな女にあそこまで言われれば、親父に対する気持ちなど小さいことだって思ってな……それで、その上でお願いする。別の場所に保育園をつくる間、ここを使わせてください。お願いします」
そう言って、シンは深々と頭を下げた。
それを見たマリーも同じように頭を下げた。
トニーは、ひとつ息を吐くと、もういちど座った。
「それで、他の場所につくると言っても、アテはあるのか?」
「……ないです。無いけど、俺が何とかする」
「お前と言うやつは……ひと月だ。ひと月、待ってやる。その間にどうにかしろ。それがワシができる最大の譲歩だ」
トニーはため息交じりで譲歩案を示した。
本来ならば、一切譲歩なく、明日には保育園は閉鎖され、元の迎賓館に戻されているだろう。
それは少しでもシンのことを認めたと言うことだろう。
それはマリーにとっても嬉しいことではあるが、新たに保育園となる場所を探さなければならない。
「なあ、マリー。そろそろ時間じゃないか?」
今、園児たちは大人しくお昼寝をしているため、トレーシーひとりでも園児を見ていられる。しかしそろそろ、お昼寝の終わる時間だ。
マリーもシンも戻らなければならない。
「そうね」
マリーはシンに応えた後、トニーに向き直った。
「トニー様、申し訳ありませんが、私たちはそろそろ保育に戻らなければなりません。詳しい話は後日、改めてさせてください」
「うむ、分かった」
「親父、少しくらい時間はあるだろう。保育園がどういうものか見て行かないか?」
ドアに向かうトニーの背中を、シンがやさしく呼び止めた。
その言葉にマリーは驚きの声を上げた。
「シン!?」
シンはまだ、この保育園をあきらめていないのだろうか?
嫌。
マリーはシンの顔を見て分かった。
それは、決して打算や計算による言葉ではなかった。
心の底から保育園と言うものがどういうものか、ただ、シンに見て欲しいだけだと。
それはトニーにも伝わったようだった。
「ああ、少しならな」




