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第26話 突然の訪問者

「シンはいる?」


 それは、ちょうど保育園のお昼寝タイムだった。

 玄関から美しく澄んだよく通り声が、シンを呼んだ。

 マリーにはその声に聞き覚えがあり、慌てて玄関に向かった。


「ローラ、今お昼寝タイムだから、大きな声を出さないで」

「なんで、あんたがここにいるのよ」

「何を言ってるのよ。ここは私の保育園よ。いるのが当たり前じゃない。それで、なんの用よ」


 鳥獣人の歌姫ローラが、普段着姿で保育園にやってきた。

 ローラは自称シンの婚約者である。それもシンをダメ男にして、養うとまで宣言するダメ男メーカーである。

 それが、シンの働いている保育園に来ると言うことは、シンを辞めさせようとしにきたのだろう。


「ちょっと、シンの話があるのよ。早く呼んできなさいよ」

「いま、シンは仕事中です。話があるなら、仕事が終わってからにしなさいよ」

「それじゃあ、遅いのよ。こっちは文字通り飛んできたんだから、さっさとシンを呼びなさい」


 そう言ってローラは、その美しい翼をパタパタを動かして見せた。

 この子は歌が上手くて、美しくて、その上、空まで飛べるんだ。性格ががアレじゃなければ、モテててしょうがないだろうな。とマリーが思っていると、トレーシーがやってきた。


「園長、どうかしましたか? あ、ローラじゃないですか? ワタシ、ファンなんです」

「ありがとうございます。新しい演目は二週間後に始まりますから、見に来てくださいね」

「そう言えば、昨日、最終日だったんですよね」

「ええ、今日からは次の演目の稽古があるんですよ」


 ローラは、歌姫のローラのスイッチが入り、ファンであるトレーシーと話し始めた。

 この間に、ローラが来たことをシンに伝えようと、奥に移動しようとした時、新たな来客が現れた。

 それは、レトリー家の家紋が入った豪華な馬車だった。御者は二人建てで、玄関に着いたとたん、一人の御者はうやうやしくドアを開けた。

 中から、初老の男性が出てきた。シンよりも一回り体が大きく、手にはステッキを持っている。

 その犬獣人の男性は、みけんに皺を寄せて険しい顔をして言った。


「なんだ、これは!! また、シンのイタズラか! あの馬鹿息子は!」

「ああ、間に合わなかった。あたし知らないわよ」


 ローラはその男性から隠れるように、保育園の奥に行ってしまった。

 残されたマリーは、その口ぶりからシンの父親だと理解した。

 それはつまり、この保育園の元となった迎賓館の持ち主を意味する。その上、どうやらシンはここを保育園にするのに、父親の許可を取っていないようだった。

 マリーは、第一印象を出しくじらないように先手を打った。

 クロエから教わった、獣人流の最上の礼をする。


「初めまして、トニー様。私はマリー・アーネットと申します」

「なんで、人間がここにいるんだ? シンはどこだ」


 いきなりレベッカに会って慌てた経験から、クロエからレトリー家について一通りのことを聞いておいたのが、ここで役に立った。

 そのため、状況の呑み込めないトニーとは対照的に、マリーは落ち着いて現状を把握することができた。

 シンの父親であり、レトリー家の現当主であるトニーが長期出張から帰ってきて、迎賓館の改造の件を聞き、様子を見に来たのだろう。

 マリーは伯爵令嬢であった経験を活かし、ゆっくりと、そして優雅にトニーに状況を説明する。


「捨て人になった私はシン様に拾っていただきました。その上、子供たちを預かる保育園を開くにあたり、多大な支援をいただきまして、大変ありがとうございます。おかげさまで、園児たちも増え、奥方様からも好評を得ております。このことにより、奥方様の子育ての負担が減り、旦那様方の家業の手伝いもはかどり、街の発展の一因を担えることを心から嬉しく思います」


 トニーにとって、一番重要であろう街の発展に保育園が必要だと理解すれば、無下に反対はしないであろう。マリーはこれまでの経緯を簡単に説明したうえで、トニーの反論を防ぐ手に出たのだった。

 しかし、当のトニーはマリーの話を聞き流しているようで、鼻で笑った後、シンを呼ぶように要求した。


「ワシはシンはどこだと聞いている。シンを呼べ」

「承知いたしました。奥の部屋でお待ちください。シン様をお呼びしてきます」


 マリーは元レトリー家のベビーシッターだったトレーシーに、トニーを任せてシンを呼びに行った。

 すると、当の本人は、園児たちとともに気持ち良さそうに昼寝をしていた。

 あまりにものんきで無邪気に昼寝をしてるシンと園児たちの姿を見えて、先ほどまで緊張していたマリーの心がほどけるのを感じる。

 そして、この保育園は絶対に守らなければと、気持ちを引き締めた。


「シン、起きて。お父様が来たわよ」

「へ? 何が来たって?」

「あなたのお父様、トニー様が来たのよ」


 寝ぼけ眼のシンは大きく伸びをしながら、マリーの言葉を反芻していた。

 そして、やっとその言葉の意味を理解した時、思わず大きな声を上げようとしたシンの口を、マリーの手が押えた。


「静かに、子供たちが起きちゃうでしょう」


 マリーの言葉に、シンは黙ってうんうんと頭を縦に振った。


「トレーシーが奥の部屋にトニー様をお連れしているから、行くわよ」

「ああ、分かった」

「それと、ローラも来てるから」

「なんで、ローラが?」

「知らないわよ。とりあえず、あまり待たせると心象が悪くなるから、さっさと行くわよ」


 こうして、シンとマリーはトニーが待つ部屋へと向かう。 

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